第34話 挑む"叡傑竜と裏切り"
俺、グレイノースは周囲を冷静に見渡す。
目の前に立つ叡傑竜はまだ生きている。グラッドは完全に戦意を喪失し、肩を落として立ち尽くしている。フィーネとアルも、疲労と魔力の消耗で、体全体に限界の色を滲ませていた。あれだけの魔法とスキルを使い果たした後では、もはや魔力も残っていないのだろう。そんな彼らの姿を見て、俺の中で覚悟はすでに決まっていた。
俺は戦闘で疲弊するフィーネに優しく声をかける。
「フィーネ、あの氷の槍、一発でいい…打てるか?」
フィーネは一瞬迷ったように目を伏せたが、静かに頷いた。
「なら…特大のを、奴に向かって頼む!」
俺は深く息を吸い込み、剣に力を込め、再び走り出す。
ーー《縮地》
ーー《瞬足》
ーー《雷走》
体中に雷光が纏い、突風を伴って俺の足が地面を切り裂く。進む先、叡傑竜は口の中で炎を蓄え、俺の突進を迎え撃つように構える。
俺の背後では、フィーネが全身の魔力を集中させ、巨大な氷の塊を完成させていた。
ーー魔法《氷の大槍》
その瞬間、鋭く尖った氷の塊が、まるで俺を追いかけるかのように頭上を走る。氷の塊が光を帯び、《雷走》で加速する俺の上空を滑る。
俺はそれを視線で追った。
そして、次の瞬間——
ーー《転移》
俺は目に写った氷の塊に手を翳す。
目にも止まらぬ速度で、頭上を走る氷の槍が忽然と消え去り、周囲に残ったのは、わずかに立ち込める氷の冷気と、静寂だけ。
そして、その静寂の中で、俺が地面を蹴り上げ飛び上がる音だけが響き渡った。周囲の空気は張り詰め、まるで時間さえ止まったかのように、俺の動きが鮮明に刻まれていく。叡傑竜は、宙を舞う俺を待ち構えていたかのように口を大きく開く。その口から見えるのは、熾烈に溢れ出す炎の塊。放たれる炎の熱が、空気を揺らす。俺は恐怖を押し殺し、自分の手を思い切ってその口の中に突っ込んだ。
灼熱の炎が皮膚を焼き、激痛が全身を貫く。痛みで視界が滲むが、俺は歯を食いしばる。
そして——覚悟を決め、スキルを発動する。
ーー《転移》
次の瞬間、先ほど転移で消したフィーネの氷の槍は叡傑竜の口の中で姿を現す。その冷たく鋭い刃先が、叡傑竜の頭部を内側から貫いた。
「……ッ、が……っ……!」
俺は、叡傑竜の顎を勢いよく蹴り上げ、その反動を利用して距離を取りながら地面へと着地した。焼けつくような痛みが左腕を走るが、それでも視線だけは逸らさない。
ゆっくりと——本当にゆっくりと、俺は叡傑竜の巨体を見上げた。背後ではグラッド、フィーネ、アルの三人も、まるで神に祈るかのように固唾を呑んで見守っているのが分かる。
数秒の沈黙。
息を吸うことすら苦しいほどの緊張が場を支配する。叡傑竜は、ぴくりとも動かない。その巨体が、まるで時間から切り離されたように静止していた。
そして——
叡傑竜の瞳がぐるりとひっくり返り、白目を剥いた。
次の瞬間。
地響きを立てて、その場に崩れ落ちる。全身から力が抜ける音がした。背後からは、張り詰めていた糸が切れたように、三人の歓喜が爆発する。
「よっ……よっしゃああああああッ!!!」
その声が迷宮全体に響き渡る。俺は焼け焦げた左腕を右腕で支えながら、ゆっくりと倒れた叡傑竜へ歩み寄った。
勝った……本当に勝てたんだ……!
胸の奥から熱いものが溢れ出し、噛みしめるようにその巨体を見下ろす。
死んでいる。
間違いなく、俺たちの勝利だ。
仲間と喜びを分かち合おうと、俺は振り向いた。
その瞬間——
「え……?」
思わず、喉が勝手に震えた。俺の視界に飛び込んできたのは、信じがたい光景だった。
地面に並ぶように倒れ伏したフィーネとアル。フィーネの白い服は深紅に染まり、腹部から溢れ出した血が地面に広がっている。震える指で傷口を押さえながら、苦痛に顔を歪めていた。
アルは――動かない。
一切、微動だにしない。
その周囲だけ地面が真っ赤に染まり、まるで時間が止まってしまったかのような静寂があった。
「……え……?」
言葉というより、ただ漏れた息に近い。理解が追いつかず、俺は足がすくんだまま、その場に立ち尽くした。
――その瞬間。
背中に、焼けた鉄塊を叩き込まれたような鈍痛が突き抜けた。
「ッ……あ、ぐ……ッ!!」
肺から空気が押し出され、地面に崩れ落ちる。痛みが波となって脳を揺らし、視界がぐらりと歪む。
なんとか振り向こうと首を動かす。
霞む視界の中で、俺はそれを“見てしまった”。
「グ、ラ……ッ……ド……?」
目の前に立つ男――グラッドは、握った剣をべったりと赤く染めていた。その刃先から滴る血が、地面に落ちて広がる。そして、その口元は……綻んでいた。あの陽気で、真っ直ぐで、頼れる男が――薄く笑っていた。
理解不能。
信じたくない。
だが目の前の光景が、容赦なく事実を突きつける。胸の奥が一気に冷え、背筋を氷でなぞられたような感覚が走る。
――なんでだ。
さっきまで、共に戦っていた。
命を預け合っていた。
笑っていた。
背中を預けていた。
なのに、どうして……?
崩れゆく意識の中、俺の脳裏ではグラッドと過ごした時間が、壊れた映写機のように次々と勝手に流れ始めた。楽しかった時間も、戦いの中で肩を並べた瞬間も――すべてが、まるで皮肉な走馬灯のように。
俺は、喉の奥から絞り出すように声をぶつけた。
「な……なんでだよ!!!」
叫びは虚しく空気を震わせるだけで、グラッドの心には一片も届いていないようだった。グラッドは、崩れ落ちた叡傑竜の巨体へ歩み寄ると、まるでそこに何が眠っているのか確信していたかのように迷いなく剣を突き立てた。
肉を裂く鈍い音が響き、叡傑竜の体内から――赤く、禍々しい光を放つ“玉”が姿を見せる。
血と蒸気をまとったその球体を、グラッドは両手でそっとすくい上げた。まるで宝箱から秘宝を掘り当てた子供のように。いや、それ以上に歪んだ歓喜を湛えて。その目は興奮で爛々と輝き、頬の筋肉が引き攣るように笑みが浮かんでいた。
「元々はなぁ……ここに来るまでにお前らを殺す予定だったんだよ」
俺を見下ろす視線は、仲間に向けるものではない。虫けらを見るような、絶対的な侮蔑を滲ませた目だった。
「だから、A級迷宮をD級ってギルドに偽って報告した。お前らみてぇな雑魚でも連れ込めるようにな」
背中の傷が灼けるように痛む。心臓の鼓動と痛みが同期して、意識が波のように揺れていく。呼吸をするたび、肺の奥に鋭い痛みが走った。それでも、グラッドの声だけは最悪なほどはっきり聞こえてくる。
「メルナってガキはよ……売れば結構な金になったかもしれなかったのによ。テメェが邪魔して全部台無しだ」
軽く笑いながら、心底つまらなさそうに吐き捨てる。
「蒼天の翼も、俺の素性を隠すにはちょうどいいパーティだった。だがな……アルは薄々気づきやがってよ。フィーネは正義感強すぎて鬱陶しいしよ……」
ついさっきまで互いの背中を預け、共に死線を越えてきた仲間たち。その姿を、グラッドはまるで使い捨ての道具を見るように笑っていた。
倒れた俺に向ける視線。
血まみれのフィーネを朝笑う眼。
もう動かないアルを見下ろす目。
そこに“仲間”という感情は一つもない。
あるのはただ――徹底した軽蔑と、薄ら寒い嘲笑だけだった。
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