第31話 挑む"迷宮の絶望"
俺――グレイノースと《蒼天の翼》は、迷宮攻略の最終地点、最深部へと辿り着いた。重々しい扉を押し開いたその先で、俺たちは“あり得ない光景”と対峙することになる。
そこにいたのは、本来D級の迷宮に存在するはずのない――ドラゴン。
巨大な影がゆらりと動くたび、地面が震えるような錯覚すら覚える。喉の奥から冷たい空気が漏れ、背筋にぞわりとした悪寒が走った。
「……っ」
気づけば、俺の手は小刻みに震えていた。理解が追いつかない。恐怖と混乱で、思考が真っ白になりかける。
――だが。
ここで立ち止まれば、全員死ぬ。
その事実だけは、頭の奥底でしっかりと警鐘を鳴らしていた。俺は震える指を無理やり締め上げて、剣を握り直す。
グラッドから託されたこの剣は、まるで持ち主の意志が宿っているかのように温かく、その温もりが俺の怯えを静かに押し流していく。
……やるしか、ない
そして俺は、一気に叫んだ。
「俺が時間を稼ぐ!!みんなは逃げろ!!」
その声が反響した瞬間、フィーネの瞳がはっと見開かれる。迷いを断ち切ったかのように、踵を返し入り口へと駆けだした。
その背中を見送りながら、俺はゆっくりと剣を構え直す。迫りくる圧倒的な存在を前にしても、もう震えはなかった。
――ここで俺が踏ん張らなければ、誰も生き残れない。
そんな覚悟だけが、胸の奥で静かに燃えていた。 門へ駆け寄ったフィーネは、震える指で取っ手に触れ、必死に押し開こうとする。だが、扉はわずかに軋むだけで動かない。焦りを帯びた表情のまま、拳で何度も叩いた。
「……開いて……お願い、開いて……!」
願いにも似た声が虚しく響く。そして数度、叩いたところでフィーネは何かに気づいたように手を引き、振り返って叫んだ。
「ダメ!!門が開かない!結界が張られてる!!」
その言葉が部屋中にこだますると同時に、グラッドとアルの表情が一瞬で青ざめる。生気が抜けたように肩が落ち、フィーネ自身も唇を震わせていた。
そして――俺も、同じ絶望を胸に抱いた。
逃げ道がない。
目の前には、ドラゴン。
普通なら、ここで終わりだ。
……だが。
絶望なんて、今さらだ。
父が死んだあの日。全てを失ったように思えたあの瞬間から、俺はずっと闇の中でもがいてきた。それでも、俺はこのスキルと共に何度だって立ち上がってきた。
こんな場所で――終われるかよ。
俺は深く息を吸い、震えを振り払うようにドラゴンへと視線を向ける。起死回生の糸口を探し、一縷の望みに賭けてスキルを放った。
――《真眼》
視界が青白い光に満たされ、ドラゴンの情報が浮かび上がる……はずだった。
だが。
そこに現れた“何か”を見た瞬間、思わず声が漏れた。
「……なんだよ、これ……」
俺の期待は、一瞬で氷のように冷たく崩れ落ちた。
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【スキル】
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【加護】
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【技能】
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ステータスが見えない――視界に浮かぶはずの文字列が、そこに“ない”。
喉がひゅっと細くなる。
こんなこと、生まれて初めてだ。
何が起きているのか分からない。ただ、胸の奥で不吉な何かが静かに膨らんでいく。俺が混乱の渦に飲まれそうになっているその時だった。
――ズンッ、
低く、重く、まるで大地そのものが笑ったかのような声音が、頭蓋の内側に直接響き渡った。
「ハッハッハ……まさか、ステータスを覗ける人間がいるとはな」
瞬間、背筋を冷水が走るような感覚に襲われた。
な……ぜ、分かった……?
背後から気配が消えたかのような静けさが伝わってくる。グラッドも、フィーネも、アルも、固まったまま俺を見ていた。
その表情には、生気というものが一滴たりとも残っていない。
蒼白。
凝視。
震える指先。
――俺がステータスを見たことがバレたとか、そういう話ではない。
違う。
ドラゴンが、言葉を発した。
その“事実”に、全員が凍り付いていた。
本来、ドラゴンに人間と意思疎通できるほどの知性はない。あれらはただの災害であり、天災であり、討伐対象でしかない。
だが、長い年月を経た一部の個体は――知性を獲得し、進化し、格の違う“存在”へと至る。
そして
俺たちの目の前にいるのはまさしくその例外。
圧倒的な威圧感。存在そのものが放つ、世界がひれ伏すような気配。
――上位の竜。
息を飲む音すら飲み込まれるほどの静寂の中、俺たちはようやく理解する。
ここにいるのは、ただのドラゴンではない。
ひとつの国を滅ぼせる格の“存在”だ。
戻れない――。
ここで退けば、きっと誰かが死ぬ。
いや、全員が死ぬ。
喉の奥がひりつくほど乾き、心臓は耳元で爆撃のように鳴り続けている。恐怖で足は震え、理性は逃げ出したがっていた。
それでも。
それでも俺たち四人は、生きるために覚悟を決めた。
せめて――抗う。
最後の一瞬まで、諦めるつもりはない。
胸の奥で何かが燃え上がる。
それを掻き集めるように、俺は叫んだ。
「うおぉぉぉぉぉ!!」
自分を奮い立たせるための、渾身の咆哮だ。
するとすぐに、背後から重く心強い声が追いかけてきた。
「いくぞぉぉぉぉ!!」
グラッドだ。
彼は迷いを振り切ったかのように、大地を蹴って上位竜へと突進する。
その姿を見て、フィーネも、アルも、ぎゅっと武器を握りしめ、震えを押し殺しながら上位竜へ向けて構えた。
四人の意志が、一つになった瞬間だった。
だが、その様子を見た上位竜は――。
――グワァッハッハッハ!!
腹の底から響き渡る大笑いを放った。
「ハッハッハ! 我の姿を見てもなお挑むとは……!」
その金色の瞳が愉悦に輝く。巨躯の鱗がカチカチと打ち合い、次の瞬間、上位竜はゆっくりと前足を下ろし“戦闘体制”を取った。
そして、天へ突き抜けるほどの声で咆哮した。
「ならば……叡傑竜たる我が! 全力で貴様らを相手しよう!!」
――ドォンッ!!
世界そのものが震えたかのような衝撃が襲いかかる。その咆哮は、音ではなく圧力となって全身を打ち据えた。
頭が割れそうだ。
肺が押しつぶされそうだ。
細胞一つ一つが悲鳴を上げている。
恐怖――。
逃げ場のない恐怖が、俺の身体の隅々まで支配していくのを感じていた。
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明日も20時30分投稿予定になります!
第32話「挑む"叡傑竜との戦い"」
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