外伝 長老の回想《過去の英雄②》
ワシ――ヨルフェン=グレイスリーフは、セリオの背中が森に消えていくのを静かに見届け、ゆっくりと村へ歩を戻していた。だがその途中、血相を変えた若いエルフの男が、息を切らして駆け込んでくる。
「そ、村長っ……!!と、盗賊です……!数人の盗賊が村の中に……!!」
その言葉に、胸の奥が凍りつく。ワシは目を見開き、男ととも急いで村へと戻る。
そして――目に飛び込んできた光景に、思わず言葉を失った。
混乱する村。
逃げ惑うエルフたち。
叫び声、泣き声、怒号。
そして、ワシの目の前ではエルフの子供が盗賊に追い詰められ、今まさに刃が振り下ろされようとしていた。
「くっ……!」
ワシは咄嗟に手のひらへ魔力を集中させ、詠唱を走らせる。
だが――
「な……に?発動しない……!?魔法が……封じられておる……!」
老いた身体よりも、予想外の事態への動揺で足が震える。
その瞬間――
「うおおおおおっ!!」
エルフの男が、風を裂く勢いで盗賊に飛びかかった。盗賊の男と体が触れ、盗賊とエルフの男は地面に倒れ込む。エルフの男は地面に倒れ込む子供へ向けて、喉が裂けるほどの声を張り上げた。
「逃げろ!いいから早く、安全な場所まで!」
必死の叫び。
しかしその背後で、立ち上がった盗賊が憎悪に満ちた目を向ける。握りしめたナイフの切っ先が、震えるエルフの男へとゆっくり向けられた。
ワシの目に映るのは、恐怖で強張ったエルフの顔。ワシの耳に響くのは、逃げ惑う村人たちの絶望の叫び。
――終わった。
その一瞬、ワシはこの村の運命を悟った。
だが。
刹那、盗賊の身体を横薙ぎに切り裂く一閃が走った。闇を割るように現れた“影”に、思わず声が漏れる。
「お主……セリオ……なぜ戻ってきおった……?」
現れたセリオは、血の滴る剣を迷いなく背の鞘へ納め、倒れたエルフの男の腕を掴み立たせる。
「早く、逃げな!」
そう言ってエルフを送り出した彼は、すぐさまワシのもとへ駆け寄ってきた。地獄のような惨状の中、セリオは場違いなほど明るい笑みを浮かべて言った。
「おっさん、ほら! あんたもさっさと逃げろって!」
その無邪気な余裕に、ワシは思わず怒鳴り返す。
「馬鹿者!お主こそ逃げんか!盗賊はまだ他にも――それに、その剣一本では――!」
しかしワシの言葉を断ち切るように、二人の盗賊が姿を現し、凶暴な気配をまとってセリオへと飛びかかってくる。
セリオは一歩も退かず、大剣を振るう。まず一人を斬り払い、その勢いを殺さぬまま、もう一人へと刃を走らせる。
だが――。
次の瞬間、盗賊の体が淡い光を帯びた。
「……っ!?」
大剣が男の身体に触れた瞬間、刃はまるで岩を叩きつけたような鈍い衝撃を返し、そのまま粉々に砕け散った。
――《硬化》
男はそのスキルで、セリオの渾身の一撃を完全に打ち砕いたのだ。
武器を失ったはずのセリオだが、その表情には焦りどころか、妙な余裕が漂っていた。
「……あっちゃー」
砕け散った大剣の残骸を見つめ、セリオはむしろ愉快そうに口角を上げる。そして、手に残った折れた柄を無造作に地面へと放り投げた。
――《次元収納》。
低く呟いた瞬間、セリオの背後の空間が“裂けた”。黒い亀裂が走り、世界そのものに穴が開いたかのような、光をも飲み込む闇が生まれる。
そこから姿を現す一振りの剣。
赤黒く禍々しいオーラを纏い、まるで地獄の炎を封じ込めたような大剣――。
――炎帝剣インビジブル=クリムゾン。
セリオは当然のようにその柄を掴み、次元の“鞘”から抜き取るように引き抜いた。あまりにも異質な光景に、盗賊は息を呑み、言葉すら失って立ちすくむ。
セリオはちらりと、先ほど投げ捨てた自分の大剣の残骸へ視線を向け、ぼそりと呟いた。
「これ……安かったけど、けっこう気に入ってたんだよなぁ」
その穏やかな声音とは裏腹に、彼の腕が振り下ろす炎帝剣は容赦がない。燃え盛る赤き刃は、盗賊の男の《硬化》をものともせず、まるで紙を裂くように身体を縦へ裂き――。
一瞬のうちに、盗賊を真っ二つへと斬り裂いた。
セリオは、倒れ伏す二人の盗賊に静かに視線を落とした。その表情には恐れも焦りもない。まるで、この程度は些事でしかないと言わんばかりの冷静さだった。
「おっさん!俺は平気だって!ほら――相棒がついてるからな!」
紅蓮の光を放つ《炎帝剣インビジブル=クリムゾン》をちらりと見て、セリオは少年らしい眩しい笑顔をこちらへ向けてくる。
「この村は俺が守るよ!一食の恩義ってやつだ!」
そう言い放つと同時に、セリオは残った盗賊の方へ駆けだした。
――そこから先は、まさに一瞬の出来事だった。 エルフたちの悲鳴が、逆に盗賊たちの断末魔へと変わっていく。紅蓮の軌跡が森の闇に閃き、次の瞬間には盗賊が一人、また一人と崩れ落ちた。
あまりの強さに、ワシはただ立ち尽くし、少年の背中を見守ることしかできなかった。気づけば、村の広場には盗賊の死体の山が静かに積み重なっていた。
戦いが終わると、エルフたちは口々にセリオへ感謝を述べ、その夜は日付が変わるまで宴が続いた。
笑い声が響き、焚き火の炎が揺れ、セリオの姿はまるで英雄そのものだった。
そして、旅立ちの朝。
セリオは荷物を背負い、振り返って言った。
「おっさん、みんな。本当に最高の時間だったよ」
エルフたちもまた、同じ気持ちだと伝え、彼に感謝を返す。そのやり取りは、まるで昔からの仲間のようだった。
セリオは小さく息を吸い、真っ直ぐ前を見据える。
「俺は、この国の奴隷制度が気に食わない!だから、俺は、いつか……みんなのために、この国を変えてみせるよ!」
村の者たちは、まだ幼い少年の大言壮語だと思った。だが――その瞳には、不思議なほどの説得力と、未来を照らす光が宿っていた。
やがて、セリオは村を後にした。
その後――彼は国王となり、宣言どおり奴隷制度を撤廃する法を成立させた。
たった一晩の出会い。だがあの夜のことを、ワシたちは生涯忘れることはない。
敬意と尊敬を込めて、ワシらエルフは少年を、王ではなく――エルフの村の英雄 と呼ぶことにしよう。
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ーーそして、現在。
セリオに似た、どこか懐かしい雰囲気を纏う少年――グレイノースは、セリオと同じくこの村を救い終え、今まさに新たな旅路へと足を踏み出そうとしていた。
別れ際、グレイノースは、静かに口を開いた。
「……もしさ、冒険のどこかで“昔この村を救った英雄”に出会うことがあったら……その時は、あんたらのこと、ちゃんと伝えておくよ」
その言葉の余韻に、少し言葉を失いながらも、ワシは心の奥で思った。
セリオはこの国の王――。
グレイノースが冒険者として旅を続けるなら、いつかどこかで、再び彼と出会う日が来るだろう。
いや、もしかすると、もう既に出会っているのかもしれない。
彼がセリオと会えたその時には、再びセリオに感謝の言葉を伝えよう――。
ワシはグレイノースに向かって、穏やかに微笑む。
「……ふふ、よろしく頼むよ」
グレイノースは力強く頷き、迷いなく歩き出す。その背中が、朝日に照らされて赤く輝き、まるで新たな英雄譚の幕開けを告げるかのようだった――。
長老と国王との出会いいかがだったでしょうか?
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