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第28話 迷宮と呼ぶ未知への誘い

 



 鍛冶屋バルクに父の剣を預けた翌日。

 俺──グレイノースは、旅立ちの準備も兼ねてラディナ村をゆっくり散策していた。


「こうして歩くと……案外いろんな店があるんだな。」


 昨日まで気づかなかった景色が新鮮に見える。村人たちの活気に触れながら通りを進んでいると、ふと前方に見覚えのある三人組が歩いてくるのが目に入った。

 真ん中の大柄な男が、俺を見つけた途端、満面の笑みで手を振ってきた。


「よう! グレイノースじゃねぇか!」


 彼は、共にメルナを救った冒険者パーティ《蒼天の翼》の戦士──グラッドだ。


 その後ろでは、

 弓使いの青年アルが片手を軽く挙げて、


「ヨッスー!」


 と、気さくに挨拶し、


 さらに魔導士のフィーネが柔らかく手を振って、


「やっほー、少年くん!」


 と、笑顔を向けてきた。


 そして、勢いそのままにグラッドが俺の肩をガシッと掴む。


「え、ちょっ……なに?」


 突然の接触に戸惑う俺。しかしグラッドは気にする様子もなく、ますます嬉しそうに口を開いた。


「ちょうど探してたんだよ! 良いところにいたな!」


 ……探してた?


 俺の頭は一瞬で混乱の渦に放り込まれた。混乱して固まっている俺を見て、グラッドは"まぁ落ち着けって"とでも言うように手をひらひら振りながら説明を始めた。


「実はな……

この村の近くに“迷宮”が生まれてな。俺たちはその攻略依頼を受けようと思ってたんだが――」


 迷宮......別名ダンジョンとも呼ばれる、魔王の遺物。

 この世界に魔王が存在していた頃、魔王自身が造り出したと言われているが、その真意は誰にも分からない。ただひとつ確かなのは、“放置しておけば魔物があふれ、周囲の村や町を襲う危険地帯になる”ということだ。

 だからこそ、冒険者への迷宮攻略依頼は今でも定期的に発生する。だが、迷宮が危険なだけではないことも、皆が知っていた。内部には強大な魔物、そして古代の武器や宝物が眠っている。

 実力を試したい者、一攫千金を狙う者……迷宮は冒険者にとって、ある意味夢の詰まった場所でもある。

 本来なら、魔王が勇者に討たれた時点で全ての迷宮は消失するはずだった。だが現実には、なぜか魔王の死後も新たな迷宮が各地で発生している。

 それが、今なお冒険者業界を賑わせている最大の謎でもある。

 そんなことを考えながら黙り込んでいると、グラッドが口を開いた。


「今回生まれた迷宮はランク自体は“D級”なんだが……依頼の条件人数が"4人"なんだよ。俺たち3人じゃ受けられなくてな。だから臨時でパーティーを組んでくれる奴を探してたんだ」


 つまり――


 “お前、空いてるか?”


 グラッドの目が、そう言っていた。


 迷宮には、その内部に満ちる魔力の濃度や危険度によってランクが設定されている。

 EからAまでの五段階──上にいくほど魔物は凶悪になり、仕掛けも複雑になる。

 まずEランク。ここは、最低でもDランク冒険者が一人は必要だ。DならCランク冒険者が、CならB……といった具合に、迷宮の危険度より"格上の冒険者"がパーティーにいなければ、そもそも攻略依頼を受けることすらできない。

 

 人数の規定もある。

 

 基本は三人か四人──これは冒険者の生還率を上げるためのギルド側の安全基準で、地域ごとに多少の違いはあるが、少人数で挑むことは許されない。


 俺はしばらく黙って考え込んだ。


 確かに──悪くない話だ。


 メルナを救った時もそうだったが、俺にはまだ集団戦の経験が圧倒的に足りていない。

 これから父さんの真相を追って各地を巡るなら、色んな戦い方に慣れておく必要がある。迷宮は、そのための絶好の舞台かもしれない。

 そして──俺は大きく頷いた。


「……分かった。一緒に行こう!」


 その瞬間、グラッドの顔が花が咲いたように明るくなった。


「よし!言うと思ったぜ!」


 満面の笑みを浮かべながら、彼は俺の肩にがっしりと腕を回してくる。

 

 ……相変わらず力が強い。肩が外れそうだ。


 すると後ろから、アルとフィーネも満面の笑みで手を振ってきた。


「よろしくっす!」


「一緒に頑張ろうね!」


 その声に、自然と胸の内が温かくなるのを感じた。


 こうして──俺たちの“迷宮攻略”が始まった。


 ――その時、ふと胸の奥がひやりとした。


 そういえば。

 今の俺、武器が無い……


 しかも、父の剣は鍛冶屋に預けたばかり。

 ついでに言えば、旅の準備で金もほとんど使い果たしている。


 ……つまり、丸腰で無一文。今の状態で迷宮に行くなんて無謀すぎる。


 俺は小さく咳払いして、グラッドに打ち明けた。


「実は……その……武器も金も、今は無くて……」


 グラッドは少しと眉を上げたが、事情を聞くと腕を組んで俯き、何か考え込むように唸り始めた。


 数秒後──


「……あっ!」


 突然、ぱっと顔を上げる。

 まるで頭上で光が弾けたような、そんな表情だった。


「そういえばフィーネ!俺の古い剣、空間収納に入れてたよな!」


「え?あっ!うん、あるよ!」


 フィーネはポンと手を打ち、すぐにスキル《空間収納》を発動する。空気がゆらりと歪み、目の前の空間が縦に裂けるように広がった。

 その裂け目に、フィーネが静かに腕を差し入れる。


「はい、これ!」


 彼女が取り出したのは、使い込まれて古びているものの、剣身だけは驚くほどきれいに手入れされた一本のロングソード。

 それをフィーネがグラッドに手渡し、グラッドはにかっと笑った後、俺へ差し出してきた。


「これ、使え!もう俺じゃ使わないし、お前になら託せる!」


 俺は、グラッドの差し出した剣をそっと両手で受け取った。

 手にした瞬間、(つか)の傷みとは裏腹に、剣身からはひんやりとした鋭さが伝わってくる。長い時を共に戦ってきた重みと、持ち主の手入れの丁寧さが確かに刻まれていた。


「……ありがとう」


 ――必ず、大切に使おう。


 胸の奥にそんな想いが浮かぶ。


「これで準備は整ったな」


 グラッドが満足そうに笑い、フィーネとアルも軽く頷く。《蒼天の翼》の三人と視線が交わり、互いに前へ進む覚悟を確認し合った。

 俺たちは荷物を整え、迷宮の入口へと足を向ける。吐く息が(わず)かに緊張を帯び、空気の温度すら違って感じられる。

 だが、剣を握る手は不思議と軽かった。


「よし、行こうか!」


 グラッドの言葉に小さく呟き、俺は《蒼天の翼》と肩を並べて歩き出した。

 この時の俺は――この迷宮で、どれほどの試練が待ち受けているのか。そして、それが俺の運命を大きく揺さぶる出来事になることなど、知る由もなかった。



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