外伝 長老の回想《過去の英雄①》
ワシの名は――ヨルフェン=グレイスリーフ。
このエルフの村に生きる者たちにとって、年長者としての役目は重い。村長である息子や、騎士団長を務める孫娘に日々助言を与え、村の安寧を見守るのが、ワシの務めだ。
だが――今、この村は、かつてない窮地に立たされている。突如として、盗賊の集団が村へと押し寄せてきたのだ。老いた体では剣を取ることもままならず、ワシにできるのはただ、見守ることだけだった。
その時、奇跡のように、この村を訪れていた一人の少年が立ち上がった。
村を自分の故郷のように心配し、恐れず前に踏み出すその姿は、かつてワシが知る、この村を守ってくれた一人の少年の背中と重なって見える。駆け出すその後ろ姿を見ているとあの日の少年との記憶を思い出す。
あれは、ワシがまだ村長だった頃。
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ーーーーーーー今から50年ほど前
その日ワシは、いつもの日課で村を散歩していた。"セレンディア大森林"特有の穏やかな風が頬を撫で、葉擦れの音が心地よく響く。
平和――たしかに、あの瞬間までは、間違いなく平和だったのだ。
だが、村の中央へ差し掛かった時だ。ふと視界の端に、不自然に転がる“何か”が映った。
いや……“誰か”だ。
胸騒ぎを覚え、ワシは老体に鞭を打って駆け寄った。
「おい! 大丈夫か!?」
倒れていた少年は、まるで苦悶に耐えるかのように体を震わせながら、か細い声を漏らした。
「う……う……う……」
必死に、何かを伝えようとしておる。ワシは耳を近づけ、少年の唇の動きを追った。
そして――彼は絞り出すように言った。
「……腹、減った……」
……あぁ、なんということじゃ。
その顔はあまりにも悲痛で、見ておれんほどで――放っておけば本当に飢え死にしてしまいそうな有様だった。
「まったく……こんなところで倒れるとは。ほれ、ついて来い!」
ワシは少年に肩を貸し、自宅へと連れ帰った。そして、腹を満たすための温かい食事を出す。
少年は、まさに獣が水を求めるような勢いで食事にむしゃぶりついていた。その食べっぷりたるや――まるで胃袋の底が異次元にでもつながっておるのではないか、と疑いたくなるほどだ。
そして、皿をきれいに平らげると、少年は満面の笑みを浮かべた。
「おっさん!ありがとうな!」
あまりに真っ直ぐな礼に、ワシは自然と頬が緩んだ。助けてやってよかった、と心の底から思える笑顔だ。
だが、どうしても気になるものがあった。
背中に背負われた巨大な大剣――。
ワシは、少年の食後の満足感が抜けきらぬうちに問いかけた。
「お主……冒険者か?」
少年は胸を拳でトントンと叩き誇らしげな声で答える。
「おう!俺は冒険者のセリオって言うんだ!よろしくな!」
あまりに活気のある声に、ワシは軽く目を見開き、それから名乗り返した。
「自己紹介が遅れてすまんの……ワシはヨルフェン。この村の村長を務めておる」
そう名乗りつつ、ワシは改めてセリオの顔をまじまじと見る。人間の少年は、どう見ても悪人には見えない。しかし、ワシは食器を片づけながら、セリオへ忠告するように口を開いた。
「――腹が満ちたなら、早めに村を出ていきなさい」
その一言に、セリオは目を丸くして固まる。驚いた顔を見て、ワシはすぐに言葉を補った。
「ここはエルフの村でな。村の者たちは皆、人間に強い嫌悪を抱いとる。悪いことは言わん……見つかる前に離れた方が賢明じゃ。」
その言葉を聞いたセリオは、何かを察したように眉を寄せ、優しい表情のまま小さく呟いた。
「それって……」
セリオが核心に触れようとした、その瞬間――ドンッ!と家の扉が激しく叩かれ、あたりに緊張が走った。ワシは咄嗟にセリオへ「静かに」と目で合図を送り、そっと扉へ向かって歩く。
そして、深呼吸を一つ置いて扉を開けた。
そこには、厳しい表情をしたエルフの男たちが数名、ワシの前に立っていた。すると、先頭に立っていたエルフの男が、鋭い声で口を開いた。
「村長!この村に“人間の男”が入り込んだらしい!さっき、村の婆さんがそう言っていてな.......何か知らないか?」
その言葉を聞いた瞬間、ワシの脳裏にセリオの顔がよぎる。だが、ここで正直に答えるわけにはいかん。ワシは、自然を装いながら肩をすくめて言った。
「さぁな……ワシは何も見とらんが.......」
男たちは互いに顔を見合わせ、険しい表情でしばし考え込む。やが一人のエルフが再び口を開いた。
「……そうか。もし見かけたら、すぐ知らせてくれ。」
短くそう告げると、彼らは緊張した面持ちのまま、慌ただしく駆け足で去っていった。
ワシは静かに扉を閉め、背を預けるようにして小さく息をついた。そして振り返り、部屋の奥に身を潜めているセリオへ視線を向ける。
「……今のを聞いておったじゃろ。あの様子では、ここにいれば命の保証はできん。裏口まで案内する。誰にも見つからんうちに出ていくんじゃ。」
セリオは真剣な面持ちでワシの言葉を受け止め、ゆっくりとうなずいた。
「……おっさん。本当に世話になった。ありがとな!」
そのまっすぐな感謝の言葉に、ワシの胸が少しだけ温かくなる。ワシは足音を殺しながら、村の裏手へと続く細道を案内した。
周囲に人影がないのを確かめ、最後にもう一度だけ彼の背中を見つめる。
「さあ、行きんしゃい。魔物に気をつけるんだよ」
セリオは軽く手を振り、森の奥へと駆けていった。ワシはその姿が見えなくなるまで、静かに見送り続けた。
――しかし、その時のワシはまだ気づいていなかった。村の外れ、木々の陰からこちらを"うかがう影”の存在に。
「み、見つけた……! エルフの村だ!!」
興奮に震える声が森に響き、そいつは獣のように駆け出していった。
不穏な気配だけを残して。
そう――この時、静かだった村に落ちる“悲劇”の幕が、まさに今、静かに上がったのだ。
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