第27話 ここが鍛冶屋!?
ラディナ村で、故郷アルデン村の村長――トリストン=ハウスとの思わぬ再会を果たした俺、グレイノース=リオンハーツ。
翌日、旅立ちの準備を進める中で、トリストンはふと俺の腰に下げられた剣に視線を落とした。
「……そのマグナスの剣。刃こぼれが、ずいぶんと酷いな」
その言葉に、俺はハッとし、父から託された剣を両手で持ち上げる。光の下で改めて確認すると、刃は欠け、ところどころ鈍く黒ずんでいた。
長年、研ぎもせずに無我夢中で魔物と戦ってきたツケ――そう言われれば納得するしかない。
だが、この剣は父の形見だ。
折れてしまっても、きっと俺は手放さない。
そんな思いが胸に渦巻いた。俺の迷いを見透かしたように、トリストンが優しく口を開く。
「心配するな。刃を直すだけだ。剣を捨てるわけじゃない。腕のいい鍛冶屋がこの村におる……紹介しよう」
鍛冶屋……?
案内されるまま、俺はトリストンの後を追った。
そして辿り着いた先を見て、思わず固まる。
……え、ここって
そこは、つい昨日――俺がパンの香りにつられて飛び込んだ、あのパン屋だった。ドアから漂う香ばしい匂い、棚に並ぶ焼きたてのパン。
どこをどう見ても、ただのパン屋だ。しかしトリストンは当然のように扉を開け、中へ入る。
「ここが、ラディナ村一の鍛冶屋だ」
「……パン屋じゃなないのか……!?」
驚きに声が裏返る俺をよそに、奥から店主が朗らかに笑いながら現れた。
「おう、坊主!また来たかと思ったら……紹介ってのは、こいつかい?」
パン職人の姿しか知らなかった店主。その手には、今度は焼きたてのパンではなく、鍛冶用の分厚い革手袋が握られていた。
パンの香りと鉄の匂いが入り混じる、不思議な空間、ここが、ラディナ村の“パン屋兼鍛冶屋”。
俺は、思わず息を呑んだ。
ラディナ村は小さな村だ。冒険者の往来も少なく、鍛冶一本では食べていけない。そんな事情から、この“パン屋兼鍛冶屋”という不思議な形に落ち着いたらしい。
改めて店主を見ると、なるほど納得する部分が多い。焼き立てパンの香りの中に立つその身体は、場違いなほど逞しかった。日焼けした太い腕、鍛え上げられた背中。どう見ても、ただのパン職人ではない。
だが、俺が不安そうにその男――バルク=レンブロウを見つめていると、彼は胸を張って豪快に笑った。
「はっはっは!そんな目すんなよ坊主!俺は昔、アルセリオンで騎士団御用達の鍛冶をやってたんだ。腕前だけは本物だぜ!」
アルセリオンの……鍛冶師?
王都で鍛冶を務めるとなれば、相当な実力の持ち主だ。
――だが、本当にこのパン屋の主人が……?
疑いが完全に晴れたわけではない。しかしバルクのまっすぐな眼差しは、冗談や誇張をまるで感じさせなかった。
「ま、信じられねぇなら仕事を見りゃいい。その剣、ちゃんと見てやるよ」
差し出した俺の父の剣を、バルクは丁寧に両手で受け取り、重さとバランスを確かめるようにゆっくりと振った。
「ふむ……刃こぼれは酷ぇが、芯はまだ死んでねぇ。いい剣だ……大事にされてたのが分かる」
まるで剣と会話でもしているかのような仕草だった。その様子を見て、俺の胸にあった不安が少しずつ溶けていく。
「任せとけ、坊主。この剣、必ず戦える姿に戻してやる。あんたの親父さんにも恥じねぇようにな」
バルクの言葉は力強く、そして温かかった。
パン屋……いや、鍛冶屋の男、バルク=レンブロウに俺は父の剣を託すことに決めた。
すると、バルクはふいに俺の右手へ鋭い視線を向けた。まるで何か、とんでもない宝物でも見つけたかのような目だ。
「おい、坊主……その籠手、ちょっと見せてくれるか?」
低く抑えた声。さっきまで豪快に笑っていた男の声音とは思えない緊張感に、思わず息を呑む。
「え、あ……はい」
俺は父の形見である籠手を外し、慎重にバルクへ手渡す。バルクは受け取ると同時に、真剣そのものの表情になった。
天井の光へと籠手を掲げ、細部まで見逃すまいと目を凝らす。金属の表面に光が反射し、淡い蒼色がふっと揺れた。
その瞬間、バルクは驚愕の声を漏らした。
「……こりゃあ、驚いた。ミスリルじゃねぇか」
え……ミスリル?
思わず聞き返した俺に、バルクはゆっくりと頷きながら視線を戻す。
「おい坊主……もしよけりゃだ。この籠手――お前の剣の一部に使わせてもらえねぇか?」
突然の提案に、胸が大きく揺れる。
ミスリル――それは冒険者なら誰もが喉から手が出るほど欲しがる、希少金属中の希少金属。王族の武具にようやく使われるほどで、一般人が手に入れるなどほぼ不可能。
そんな貴重な素材を、父は……俺のために残してくれた。
だが、剣に使うということは、この籠手そのものは、もう戻ってこない。
確かに、このミスリルを使えば、父から受け継いだ剣は、今よりもずっと強く、折れにくいものになる。頭では分かっている。
だが、それでも胸の奥がざわつく。籠手は父の形見。その形が失われるのは、やはり怖かった。
父がこの剣に託したものを思えば……。
俺は、しばらくのあいだ拳を握りしめ、深く息を吸い込んでから――はっきりと告げた。
「お願いします!」
その声には、迷いはもうなかった。父から預かった剣が折れてしまう未来のほうが、よほど怖い。ならば、この籠手の力を剣に宿し、父の想いごと強くしていくほうがいい。そう思い、俺は決意を込めて頭を下げた。
バルクは一瞬、俺の顔をじっと見つめ――次の瞬間、満面の笑みを浮かべる。
「よっしゃあ!任せておけ!」
豪快な声が鍛冶屋に響き渡り、思わず肩の力が抜ける。その叫びには、職人としての自信と覚悟がにじんでいた。
「完成までは……そうだな、三日ってところだ!」
「三日……!」
「ああ。それまでの間、ラディナ村でゆっくりしてな。坊主の剣、最高の一振りに仕上げてやる」
バルクの言葉に、胸の奥がじんと熱くなる。俺は深く頭を下げ、鍛冶屋を後にした。夕暮れの風が俺の頬を撫でる。どこか、旅立ちを急かすような空気だった。
三日間の待ち時間。父の形見が生まれ変わるその日まで、俺はラディナ村で静かに過ごすことにした。
剣が戻ってきたら、いよいよ本格的に旅が始まる。行き先は――モデリスク王国。
父の消息を追うための、最初の大きな一歩。覚悟を固めるように、俺はゆっくりと空を見上げた。
モデリスク王国への旅立ちに備えてーー。
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ヨルフェンの過去を描いた話です!
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蒼天の翼のメンバーと村で再開したグレイは彼らと共に迷宮に挑みます!
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