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第25話 恩人と呼ぶ村長との再会




 俺――グレイノース=リオンハーツは、盗賊の手からメルナを救い出し、エルフたちと肩を並べながら長い森を抜け、ようやくラディナ村へたどり着いた。


 メルナと父親が涙をこぼしながら抱き合う姿を見届け、その余韻(よいん)に浸っていると……メルナの父である男性が、俺と《蒼天の翼》のメンバーへと歩み寄ってきた。


「私はメルナの父で、この村の村長をしているバルドと言う。この度は娘を助けてくれて、本当にありがとう......」


 言葉の端々(はしばし)(こら)えきれない感情が滲み、バルドの目には涙が浮かんでいた。

 その姿を見た瞬間、胸の奥がじんわりと温かくなる。


 ――あ、そうだ。


 ふと思い出して、俺は後ろを振り返った。


「エルフの兵士たちが、協力してくれたんだ」


 ……しかし。


 俺の視界にあの優秀なエルフ兵士たちの姿はどこにもなかった。さっきまで確かにすぐ後ろにいたはずなのに、森に溶けるように気配すら残っていない。


「えっ……あれ?いない……?」


 俺の言葉に、バルドが驚いたように目を丸くし、ぽつりと呟いた。


「驚いた……君たち、エルフに会ったのか!彼らは人前に姿を見せることを何より避けると聞いていたが.....まさか、会える人間がいたとは.....」


 その声には、驚きと、尊敬と、ほんの少しの羨望(せんぼう)が混じっていた。

 確かに――エルフは滅多に人と接触しない。それでも彼らは、俺たちに力を貸し、最後には何も言わず森の中へと消えていった。

 静かに揺れる木々の向こうから、かすかに風だけが返事をしているような気がした。


 森の風が静かに揺れていく感覚が薄れ、現実へと意識が戻った頃――俺は改めてバルド村長へ向き直り、丁寧に挨拶をした。

 俺の名を聞いた瞬間、バルドの表情がぱっと明るくなる。


「君がグレイノース君か!トリストンから話は聞いているよ!本当に大変だったみたいだね」


 その声は温かく、まるで長い旅から帰った息子を労うようだった。バルドは大きな手で俺の肩をぽん、と優しく叩くと、次に《蒼天の翼》の仲間たちへ視線を向けた。


「君たちも……よくぞメルナを守ってくれた! 本当にありがとう」


 グラッドたちが照れくさそうに頭をかく横で、バルドはもう一度、俺へと視線を戻した。

 その目には、深い感謝と、どこか安心したような安堵が宿っている。


「トリストンなら、今は村の避難所にいる。……君には、きっと会いたがっているはずだ。行ってあげなさい」


 その静かながらも強い想いのこもった言葉に、胸が熱くなる。


 ――トリストン。

 

 ずっと心配をかけたままだった村長。

 あの人に、無事を伝えられる。


 気づけば、俺の足は自然と走り出していた。村の中へと続く道を、どこか懐かしい風を切りながら駆け抜けていく。


 再会の瞬間を胸に描きながら俺は走った。


 村の中へ駆け込み、息を整えたその時――ふと、ある重大な事実に気づいてしまった。


 ……俺、村長の避難場所……知らない。


 勇ましく走り出した勢いはどこへやら、急ブレーキをかけた俺は村の中央でぽつんと立ち尽くす。

 

 右を見ても左を見ても、見知らぬ家々が立ち並んでおり、ここがどこかすらわからない。どうしたものかと頭を抱えつつ歩いていると、ふわりと柔らかい香りが鼻先をかすめた。


 ……いい匂いだ。


 甘くて、どこか懐かしくて、空っぽの胃袋を刺激するような――焼きたてのパンの香り。思わずグゥと腹が鳴り、俺の足は吸い寄せられるように香りの元へ向かっていた。


 気づけば、パン屋の扉を開けていた。


 店内は温かな空気に満ちていて、ぎっしりと並ぶパンの山からは湯気が立ち昇っている。自然とショーケースに顔を寄せ、じぃっと見つめてしまう。

 そんな俺を見つけた店主が、にやりと嬉しそうに声をかけてきた。


「坊主!どうだ、うまそうだろ?もしよかったらひとつ、試してみるか?」


 そう言って手に取ったのは、焼きたてのふかふかのパン。香りが一気に広がり、耐えきれず俺の口元からつーっと(よだれ)()れそうになる。


「……っ!」


 これは、買うしかない。


 ――というわけで、俺は迷うことなくパンを購入した。


 まずは腹ごしらえ。

 村長探しは……パンを食べてからだ。


 パンの代金を渡しながら店主とやり取りしていると、ふと彼が俺の顔を覗き込むようにして言葉を落とした。


 「そういえば坊主、あんた……この辺じゃ見ない顔だな?」


 唐突な問いだったが、俺は迷うことなく答えた。


 「うん……その、ちょっと人を探してて。避難所ってどこにあるか分からないかな?」


 だが店主は「うーん」と眉を寄せ、腕を組みながら困ったように首を傾げた。


 「避難所かぁ……悪いな坊主。この村、規模の割に避難所がやたらと多くてよ。案内しようにも ‘誰を探してるか’ くらい分からねぇとなんとも……名前とか分からねぇか?」


 胸の中に灯った希望に、俺は口を開いた。


 村長の名前は、トリストン――


「――トリストンさん!!」


 俺の声と、店主の声が重なった……いや、重なるどころか、店主の方が一足先に叫んだ。


 ん....んん??


 店主の表情はさっきまでの困った顔じゃなく、すっかり柔らかい営業スマイルだ。


 「いつもありがとうございます!」


 ……え?


 気配を感じ、俺はゆっくりと首を後ろへ回した。そこに立っていたのは、四十代ほどに見える堂々とした男性。落ち着いた雰囲気をまとい、けれどどこか親しみやすい、そんな空気を纏った人物だった。


 俺の喉から、思わず言葉が漏れた。


 「そ、村長……?」


 その瞬間、男――トリストン・ハウスも、驚いたように目を大きく見開き、足を止めた。

 まるで互いの存在を、ようやく現実として認識したように。

 

 パン屋の暖かな香りの中で、俺と村長の視線がしっかりと噛み合ったのだ。



最後までお付き合いありがとうございます!

まもなく、物語は大きく動き出します!


次回「第26話 恩人から聞く親友の行方」

幼馴染のあの子が今何してるのか!?

明日も20時30分投稿です!


お楽しみください!

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