第22話 森人を守る少年の思い
俺は盗賊のボスと向かい合い静かに息を吸い込む。視界の中心に奴の姿を捉え……。
その刹那の好機を逃さぬよう全神経を研ぎ澄ませる。
そして——。
空気が震えた。
...........奴が動く。
地を蹴る音すら置き去りに、雷光の残滓のような残像を引きながら、一直線に俺へ迫る。
来る——!
その瞬間、俺は迷わず叫ぶように心でスキルを叩きつけた。
――《縮地》
――《瞬速》
――そして、《底力》
身体がきしむ。
だが、そんな負荷すら意識の外へ跳ね飛ばし、俺は前へ踏み込む。
《縮地》で一瞬にして距離を潰し、繋ぐように《瞬速》で加速し、《底力》が全身の筋肉を灼けるように燃え上がらせる。
速度と攻撃力を兼ね備えた一撃——
まさにこの瞬間のためにある。
「――ッ!!」
俺は全力の踏み込みで盗賊のボスに迫り、振り下ろした刃は、まるで世界から逃げ場所を奪うように、一直線に奴を斬り裂かんと走った。
だが——俺の渾身の一撃は……ほんの紙一重で空を斬った。
盗賊のボスは、まるで俺の動きを見透かしていたかのように身をひねる。
――速い!
俺の踏み込みより、わずかに奴の方が上だった。
振り上げられた刃が、視界いっぱいに迫る。
狙いは俺の顔面。
避けられない……間に合わない!
ここで死ぬわけにはいかない。
そんな本能が、冷たい恐怖よりも強く脳を支配した。俺は反射で――いや、生にしがみつくように、左腕を顔の前へ突き出す。
刃が肉を割いた。
重く、嫌な音が響き、熱い衝撃が腕を貫く。
「っ……ぐ!」
焼けるような痛みが弾ける。腕から流れる血が、じわりと地面に落ちる。
深い傷――確実に骨まで届いている。
歯を食いしばり、痛みに耐える。
腕に走る激痛を振り払うように、俺は息を吐き捨て――そのまま奴の顔面めがけて剣を突き出した。
だが次の瞬間、奴の輪郭が稲光のように揺らぎ、残像だけを置き去りにして俺の視界からかき消える。
またそれか……
奴の動きに対応するため、俺は即座に《縮地》と《瞬速》を重ねて発動する。地面を蹴った瞬間、視界が弾けるように流れ、
次の瞬間には――
ガキィンッ!!
宙でぶつかった俺たちの剣が、火花を散らして鳴り響いた。
刃と刃がきしむ。
互いの呼吸が交じり合うほどの距離で、殺意だけがぶつかり合う。
その時だった。
――ストン。
奴の足が、ほんの一瞬だけ止まった。
……今だ!
迷う暇などない。
俺は全身の力を一点に込め、叩きつけるように剣を振り下ろした。
手応えは、重く深く――確実だった。
鋭い斜線が走り、盗賊のボスの胴が裂ける。
一拍遅れて、血が地面へ落ちた。
そして――静寂。
奴はその場に立ったまま、何が起きたのか理解できないように目を見開き……ゆっくりと、前のめりに崩れ落ちていった。
ドサ――。
その音を聞いた瞬間、俺は長く息を吐き出す。乱れた呼吸を整えながら、ようやく剣を下ろした。
「……はぁ、はぁ、……っはぁ……」
肩で息をしながら、俺は盗賊のボスが倒れた場所を見下ろす。さっきの戦いで分かった――奴のあの不可解な移動スキルは、“連続使用”ができない。
事実、あの瞬間、俺を確実に仕留められたはずなのに、奴は距離を取るしかなかった。
一か八かだったが……
荒い呼吸を抑えながら、俺はゆっくり周囲を見渡した。まだ武器を構えたまま残る盗賊ども――その数は少なくない。
だが、引く気はなさそうだ。
だから俺は、一歩前に出て声を張り上げた。
「お前らのボスは倒れた! これ以上やる気がないなら――今すぐ武器を捨てて退け!」
しかし盗賊たちは、俺の言葉に逆上したように目を血走らせ、ぎらつく視線で俺を睨む。
武器を握り直す手は震えているが……引く気はゼロ。
「……まぁ、そうなるよな」
わかっていたことだ。
俺は痛む左腕を押さえつけながら、右手一本で剣を構え直す。
血が滴る。
視界がかすむ。
けれど――退く気は一切なかった。
そして俺が覚悟を決めたその瞬間だった。
バサッ……バサッ……!
無数の足音が夜気を震わせ、俺の背後に立つ影が増えていく。
敵か――そう思った刹那。
「よく耐えた、人間!」
低く、冷静な声。
振り向けばそこにいたのは――エルフの兵士たち。鋭い眼差しと弓と槍を構えた戦士たちが、俺の背後にずらりと並び立っていた。
エルフの兵士たちの中から、一人の女兵士が前へ進み出て、フェリシルへと声を掛けた。
「団長!遅れて申し訳ありません!避難はすべて完了しました!」
息を切らしながらも、真っ直ぐな眼差し。フェリシルはその肩へそっと手を置き、労うように微笑む。
「よくやった。助かった」
そのやり取りを背で聞きながら、俺は息を整える。背後にずらりと並ぶエルフの戦士たち――その圧倒的な存在感が、まるで身体の芯から力を満たしていくようだった。
安心が、波のように胸へ押し寄せる。
だから俺は、そのまま勢いに任せて叫んだ。
「来いよ! まとめて相手してやる!」
多勢に無勢――状況が一瞬でひっくり返ったことを悟った盗賊どもは、みるみる顔色を青くする。
「う、うあぁぁぁ!!」
ひとりの盗賊が悲鳴混じりに剣を投げ捨て、そのまま逃げ出した。それを皮切りに、残りの盗賊たちも雪崩を打つように背を向け、我先にと駆け去っていく。
俺たちの前には、もう盗賊の姿は一人も残っていなかった。少しだけ静まり返った広場に、背後から声が弾けるように響いた。
「やったぞ!」
「盗賊を追い払った!」
「俺たちの勝利だ!」
喜びに満ちたエルフたちの声。泣き、抱き合い、笑う姿――その光景を目にして、俺の胸にじんわりと温かいものが流れ込む。
フェリシルもまた、仲間たちの喜びを見て微笑んでいた。
痛む腕も、重い体も、今はすべて忘れてしまった。勝利の余韻に浸る――そう感じる瞬間、俺は心から思った。
「村を、守れたんだ……」
自分の力では守れなかったあの日の後悔が、少しずつ霧のように晴れていく。
まだ夜は深く、静かに輝く月が村を包む。
夜空を見上げると、風が心地よく肌を撫でる。まるで俺の胸の奥の重みをさらっていくようだった。
明日は20時30分投稿です!
明日は、グレイノースとメルナが村へ帰還!
おたのしみください!




