少女《メルナ》の小さな冒険
今回、少女メルナ視点の物語です。
次回ついに、盗賊のボスとの戦いが決着!
本編20時投稿します!
あたし――メルナの住むラディナ村には、数日前から見慣れない人たちが何人かやって来ていた。
聞けば、その人たちの村は魔物に襲われてしまい、パパ……このラディナ村の村長であるパパが、彼らの村長さんと古い知り合いらしく、その縁で避難してきたんだって。
今日はそのパパのお手伝いで、村の端にある畑まで来ていた。避難してきた人たちに温かいご飯を出すため、いつもよりたくさん野菜を収穫しなきゃいけない。
――でも、それくらいどうってことない。村のためだもん、頑張らなきゃ。
そう思って、畑でしゃがみ込んでいたその時だった。
突然、何かがあたしの視界を覆い隠した。
狭い。暗い。痛い。
体がギュッと掴まれて、どこかへ運ばれていく感覚。息が詰まるほどの恐怖で、声も出なかった。
そして――視界に光が差し込んだ瞬間。
あたしは、まったく知らない場所に立っていた。
周囲を見回すと、空さえ見えないほど木々が生い茂る、深くて暗い森林が広がっている。風の音も聞こえない。不気味なくらい静かな森だった。
あたしの目の前には、見たこともない男の人が四人、まるで獲物を見つけた肉食獣みたいな目つきで立っていた。
そのうちの一人が、ギラリと光るナイフをあたしに突きつけ、低い声で言い放つ。
「さっさと鉄格子の馬車に乗れ」
喉がひゅっと詰まって、息を吸うことすら怖かった。足は震えてるのに、逃げ出す勇気は一ミリも湧かない。
あたしは言われるがままに鉄格子の中へ押し込まれ、カチャン、と冷たい音が後ろで鳴った。
鉄格子の中、あたしは必死に膝を抱え込み、小さく丸くなる。馬車はゴトゴトと揺れ、毎回その揺れが、あたしの不安を胃の奥からかき混ぜてくる。
ここからどこへ連れて行かれるのか、どうなるのか――考えるだけで胸が苦しくなった。
その時、馬車の奥から、男たちの低い笑い声が聞こえてきた。
「モデリスクに着いたらよ……このガキ、売り飛ばしてひと稼ぎだ!」
ゲスな笑い声が木々の間に響き、あたしの背筋はぞくりと凍りついた。
“売られる”
その言葉が、頭の中で何度も反響する。
その瞬間に理解した。
この人たちは人攫いの盗賊だ。
どこに? 誰に?
なにをされるの?
わからない。全部が怖い。
涙が出そうなのを必死にこらえながら、あたしはひたすら俯いた。
でも、心のどこかで、小さな声が叫んでいた。
――逃げなきゃ。このままじゃダメ。
その思いは、私の中で光を探っていた。
少し馬車が揺れながら進んだところで、ふと頭の中にある考えが閃いた。
「……トイレ、行きたい!!」
思わず、私は力いっぱい声を張り上げた。
「トイレ行きたいー!!」
何度も、何度も叫ぶ。
声は小さな森の空間を震わせ、馬車の外にまで響いた。
すると、鉄格子の向こうで無言だった男たちの動きが止まる。馬車の軋む音と共に、重い足音が近づいてくるのが分かった。
「……おい、出ろ」
一人の盗賊が、少し呆れたような表情で鉄格子の扉を開け、淡々と告げる。
「そこらへんで用を足せ」
あたしは言われるままに鉄格子から外に出る。木々の影に身を隠すように移動し、心臓の鼓動が耳にまで響くのを感じた。
――逃げるなら、今しかない……!
恐怖に体が硬直しそうになるのを必死に抑え、私は足を前に踏み出す。そして、全身の力を振り絞って走り出した。
木々のざわめきが、あたしの逃げる決意を後押しするかのように風に揺れる。心の奥底では、冷や汗と同時に、小さな希望の火が灯った気がした。
だけど、その小さな希望は、あっという間に打ち砕かれた。
鋭い手が、すかさずあたしの腕を掴む。
「何、逃げようとしてんだ??」
叫び声が、あたしの喉からほとばしる。
「嫌だ!嫌だ!離して!」
けれど、盗賊は全く容赦なく、あたしの腕をがっしりと掴み、無理やり鉄格子の中へ引き戻そうとする。
その傍ら、もう一人の盗賊が馬車から降りてきて、まるで追撃するかのように迫る。
もうダメだ……。
絶望が胸を締め付け、体の震えが止まらない。
でも、そのとき——奇跡は、一瞬の間に訪れた。
まばたきする間に、二人の盗賊が、何もできぬままその場に倒れ込んだのだ。
あたしは目を見開き、何が起きたのか理解できずに、ただ立ちすくむ。恐怖でガチガチに固まった体に、わずかに希望の光が差し込むのを感じた。
恐る恐る視線を上げると、そこには一人の少年が立っていた。
その瞳はあたしを心配そうに見つめ、そして、残る盗賊たちにも向けられた鋭い視線——まるで怒涛の嵐のように敵を切り裂いていった。
あたしは、恐怖がふっと安心に変わった瞬間、涙が止まらなくなって、その場で声をあげて号泣した。男の子は、困ったように眉を寄せながらあたしを宥めようとするけれど、涙は止まらない。
お腹がグゥ……と鳴った。
恥ずかしいけれど、正直な体の声。
その時、男の子は何を思ったのか、小さな手であたしにパンを差し出した。思わず手を伸ばし、受け取り、口に頬張る。
あたしの胸に、じんわりと温かいものが広がった。嬉しくて、安心で、涙はもう止まらず、頬をつたってぽたぽたと落ちる。
男の子の笑顔も、少し照れた顔も、全部があたしの心をぎゅっと包み込む。
やっと落ち着いたあたしは、深呼吸してから小さな声で自己紹介をした。
「……あたし、メルナ。よろしくね」
男の子——グレイノースお兄ちゃんは、にっこり笑ってあたしに言った。
「わかった、メルナ。村まで、ちゃんと送っていくよ」
そうして、あたしとお兄ちゃんはゆっくりと、けれど確かな足取りで、ラディナ村へと向かって歩き出した。
道中、もちろん危険もあった。
エルフの人にお兄ちゃんが攫われたり、盗賊の団体に襲われたりもした。
でも、もう怖くなかった。
お兄ちゃんがいてくれるから
そして、ようやく村に辿り着いたあたしを、外で待っていたパパが優しく抱きしめてくれる。
その暖かさに、あたしの涙は止まらず、声を震わせて号泣した。きっとその声は、森の奥まで響いていたに違いない——
でも、あたしはもう一人じゃない。
怖くて泣いていた自分も、もうすぐ笑える未来のために歩き出すのだと思えた。
あたしの隣には、頼もしく守ってくれるグレイノースお兄ちゃんがいてくれる。
パパの温かい声が、村のみんなの笑い声が、まるで今日の小さな冒険の終わりを告げるかのように、耳元で柔らかく響いていた。
胸の奥がじんわりと温かくなって、涙と一緒に笑顔がこぼれる。怖かった、辛かった、でも――嬉しかった。今日の出来事すべてが、あたしの心に宝物として刻まれていく。
「ありがとう……お兄ちゃん」
小さな声でつぶやくと、グレイノースお兄ちゃんはそっと頷いて、あたしの手をぎゅっと握り返してくれた。
その温かさが、今日の冒険の終わりを優しく教えてくれる。
あたしの小さな冒険はこれでおしまい。
でも――この村で過ごす日々は、きっとこの先も続いていく。
夕暮れの風が頬を撫でるたびに、そう思えて、少しだけ胸がくすぐったくなった。
いかがでしたか?
本日20時投稿の本編もぜひ見てください!




