第21話 森人が逃げる闇の正体
俺、グレイノース=リオンハーツは、エルフの村に現れた盗賊を倒すべく、立ち上がった。直感が騒めく、エルフの戦士ーーフェリシルが危ない。
俺は、その直感に身を任せる用に暗い村道を踏み砕くように走り抜け、中央広場へと飛び込んだ。
その瞬間――胸が、ぎゅっと掴まれたように痛む。
広場の中央、月明かりに照らされて立っていたのは、血に染まったフェリシルの背中だった。
肩は大きく上下し、立っているのが奇跡に思えるほど満身創痍だ。フェルシルの隣には横たわるセリヴァンの姿もあった。遠目から微かに息があるのが分かる。
「フェリシル!!セリヴァンさん!」
思わず喉が裂けるほど叫んだが、その声は、二人の耳には届かない。フェリシルの視線はただ一人――目の前に立つ男へと向けられていた。
その男は、信じられないほど無造作に、エルフの子供を片手でぶら下げていた。まるで荷物を扱うように、命を――軽々と。
その男の背後には仲間と思われる数名の影。
武器を持ち、笑い、余裕の顔。
だが、その中に――俺は見覚えのある顔を見つけた。
森でメルナを襲った連中。そして、俺の目の前から逃げた細身の男。
細身の男は俺の姿を見た瞬間、ビクリと肩を震わせ、顔色を変えた。そして慌てて俺を指さし、裏返った声で叫ぶ。
「ボ、ボス!あいつです!俺たちの仕事を邪魔して、アニキを殺したのはあいつなんっすよ!!」
“ボス”と呼ばれた男は、フェリシルと対峙したまま、まるで余裕そのものといった動きで剣をクルクルと回し始める。手首のスナップだけで円を描き、そのまま先端を俺へと向け――にやりと笑った。
「へぇ……あんたがそうか。」
その口調は挑発そのもの。だが、すぐに嘲りを含んだ薄い笑みへと変わった。
「ま、いいさ。あんたのおかげで“とんでもねぇ"お宝”が手に入ったんだ。」
……何を言っている?
意味が分からず眉をひそめる俺を横目に、奴は細身の男を親指で指した。
「こいつがな……あんたがエルフの村へ連れてかれるのを偶然見ててよ。だから尾けさせたんだ。」
そして奴は、満足げに肩を震わせ、笑い声を漏らした。
「で――見つけちまったんだよ。ここは、俺たちか“商売始めて以来”の大豊作だ!」
誇らしげに喋り散らす盗賊のボスは、勝ち誇った笑みを浮かべる。その不快な笑い声は、まるで村中に響き渡るようだった。
その声を断ち切るように、俺は静かに言った。
「不愉快だ……もう、黙れ。」
フェリシルの横を通り抜け、俺はゆっくりと奴に向かってへ歩み出す。俺に気づいたフェリシルが、必死に手を伸ばして叫ぶ。
「まてっ!」
だが、俺は振り返らず短く返した。
「大丈夫だ……分かってる。」
フェリシル――エルフの兵士長ですら手も足も出なかった理由は明白だ。
目の前のエルフの子供を“盾”にしていたからだ。
クズが……。
込み上げる怒りが、手の先まで震えを走らせる。
子供を盾に.....ね.......
――スキル《縮地》――《瞬速》
《縮地》と《瞬速》を同時に発動した瞬間、体の奥底から魔力が抜け落ちていく感覚が走った。
だが――それ以上に。
俺の体は、まるで重力そのものから解き放たれたように軽かった。風すら置き去りにする勢いで踏み込むと、奴が一度まばたきした
その刹那。
俺はすでに、奴の眼前へと迫っていた。
俺は迷いなく、奴の手首めがけて剣を振り下ろす。
一閃。
鋭い金属音とともに、盗賊のボスの腕が裂け、鮮血が弧を描いた。力が抜け、子供を支えていた腕が沈む。
その一瞬を逃さず、俺はエルフの子供を抱き上げ、さらにダメ押しとばかりに奴の懐へ蹴りを叩き込む。
鈍い衝撃音。
盗賊のボスの体は弾き飛ばされ、地面へ倒れ込む。奴を蹴り飛ばした勢いのまま、俺は一直線にフェリシルのもとへ駆け寄った。
呆然と目を見開くフェリシルへ、俺はエルフの子供をそっと託す。
「頼む……!」
フェリシルは我に返ったように子供を両腕でしっかり抱きとめ、小さく力強く頷いた。
そして俺は再び倒れ伏す盗賊のボスに視線を戻す。
地に転がる奴は、虚空を見たまま目を見開き――そして唐突に、けたたましく笑い出した。
「ハッ、ハハハッ!」
狂気じみた笑いとともに立ち上がった盗賊のボス。奴はこちらへ向き直り、切れた腕から滴る血を舌でぬぐう。
「面白ぇじゃねぇか……」
その声音、その目――そこに宿るのは、根拠のない自信ではなく、“確信”の光だった。
嫌な予感が、背筋を走る。
次の瞬間――奴の輪郭が、ぐにゃりと揺らいだ。
「ッ――!」
気づいた時にはもう遅かった。
奴は音もなく俺の真横へ現れ、俺の首めがけて一閃を放っていた。
俺は考えるより早く体が動いていた。
奴が放った刃――それを剣の腹で受け、火花が弾ける。
直後、奴の姿が再び揺らぐ。
まるで残像を残すように、輪郭がふっと滲む。
――後ろか
瞬間、背中に殺気.......
振り向きざま、俺は迫り来る斬撃を再び剣で受け止める。金属が火花を散らし、互いの腕に衝撃が走った。
すると奴は、驚愕と興奮が混ざった声で笑う。
「ヒューッ!それも受け止めるのかよ!」
その表情はまるで.......“遊び”でもしているかのようだった。
次の瞬間、奴の身体がまた揺らぐ。
まるで空間そのものを一歩で飛び越えるかのように距離を取り、俺と向かい合った。
…… “何かのスキル” を使っている?
俺は呼吸を整えるように、そしてほんのわずかな時間を稼ぐためにも、奴に問いをぶつけた。
「あんたら……盗賊なんかじゃないだろ。その身のこなし……冒険者、なんじゃないのか?」
静寂が落ちる。
風さえ止まったような空気の中で、奴は"にやり"と口を開いた。
「へぇ……気づくとは思わなかったなぁ」
奴は、まるで種明かしを楽しむ手品師のように、にやりと笑った。
その声音は軽い。だが、言葉に滲む悪意は底知れない。
「俺たちはな、隣国モデリスクの“冒険者”だよ」
その一言で、空気が一段冷たくなった気がした。
「けどよ――冒険者なんて真面目にやるより、女や子供を奴隷商に売った方が、よっぽど儲かるって気づいちまってなぁ」
ただ、愉しむように男は言った。
“事実を語るだけ”の様子に俺の胸の奥で何かが軋む。
怒りか、嫌悪か、それとも呆れか。
……言葉が、出なかった。
奴はそんな俺の沈黙さえ楽しむように、さらに続ける。
「けどよ、モデリスクの人間にはすっかり警戒されちまってさ。子供どころか、女の一人も攫えねぇ。だから……こっちに来たわけだ」
脳裏に浮かぶ、ライエルの言葉。
“あそこは少し、良くない噂がある"そう語っていたあの真剣な表情。
――全部、事実なのか
なら、国は何をしてる?
国境は?
なぜ、こんな連中が簡単に.......
混乱と怒りが入り混じる中、俺の口からこぼれ落ちたのは、ただ一つ、答えを求めずにいられない問いだった。
「……なぜ俺に、全部話した?」
奴は、喉の奥から嗤い声を漏らす。
「決まってんだろ。ここで――」
奴が、ゆっくりと一歩踏み出した。
その瞳は、獲物を仕留める寸前の獣のように細められ、冷たい光を宿している。
「――お前をここで殺すからだよ!」
低く響く声とともに、盗賊のボスの剣先が俺へと向けられる。
その瞬間、俺は確信した。
次の一撃で――全てが決まる。
夜風が背中を撫でる。
けれど、その冷たさすら感じない。
胸の奥で燃え上がるのは、ただひとつ。
あいつらへの、燃えるような怒りだけだった――
読んで頂きありがとうございます!
明日は、盗賊との決着です!
次回「 第22話 森人を守る少年の思い」
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