剣聖の憂鬱 − 受け継がれる称号 −
本編、本日20時投稿です!
本編見なくても最後まで楽しめるので、ぜひ最後までお付き合いください!
私の名前、ライエル=アウルオン。
ラナリエ王国に名を轟かす騎士団。その頂点に立つ「騎士団長」である。
人々は畏敬と期待を込めて私をこう呼ぶ。
“剣聖”――と。
だが、剣聖である私の人生は......皮肉にも......“退屈”そのものだ。
努力して名を上げた騎士も――
戦場で名を馳せた戦士も――
私の前に立てば、皆同じ―――力の差を前に膝をつく。剣を交える前に諦めの色を浮かべるのだ。
強くなりたいと願って剣を握ってきたはずなのに、頂点に立った途端、景色はあまりにも単調で、刺激という刺激が消えてしまった。
「私と……本気で斬り結べる者はいないのか」
そんな虚無にも似た思いを抱えながら、淡々と日々の務めをこなしていたある日――
――私の前に、ひとりの少年が姿を現した。
少年の名は――グレイノース=リオンハーツ。
初めて対面した日。
彼は他の誰とも違っていた。
どれほど圧倒的な力の差を前にしても、膝をつかず、退かず、諦めるという選択を取らなかった。
荒い息を吐きながら、それでもなお前へと踏み出す。その必死さ、その目の奥に宿る強い意志が、胸を焼くように伝わってくる。
――ああ。
気づけば私は、"剣聖"の力ではなく、ただ一人の剣士として。純粋な技だけで彼と“勝負”したくなっていた。
そして迎えた決着の瞬間。
――結果は、私の敗北だった。
剣聖としての誇りが揺らぐほど悔しかった。だがそれ以上に、胸の奥が晴れ渡るような清々しさを覚えていた。
グレイノースの旅立ちを静かに見送ったあと――呼び出されるままに私は“剣聖”として魔物討伐に関する会議へと出席した。
重厚な扉の向こうには、ギルド長、組合幹部、そして名の知れたパーティーリーダーたちが勢ぞろいしている。
だが――こうした会議は、いつも同じ結末だ。開口一番から罵声が飛び交い、互いに責任を押し付け、挙げ句、好き放題に持論をぶつけあう。
誰もが”自分こそ正しい”と思っている。
ゆえに、議論がまとまるはずもなく、時間だけが虚しく消えていくのだ。
結局、今回も建設的な案はひとつも出ず、疲労だけが積み重なったまま会議は散会となった。
重い溜息をつきながら廊下を歩くうちに、ふと、あの少年の言葉が脳裏をよぎる。
――“聖神の儀の前に授かる力”。
グレイノースが真っ直ぐな瞳で言っていたあの言葉が、どうにも気になって仕方がなかった。気分転換も兼ねて、私はそのまま城の書庫へ向かった。
古い木の匂いと静寂が満ちる空間に足を踏み入れ、棚を探りながら思う。
確かに“祝福”という言葉は耳にしたことがある。だが――その本質について、私自身、ほとんど知らない。剣聖として生きてきた私だが、世界にはまだ、知らぬことが多すぎる――そんな思いが胸の奥で静かに広がっていった。
分厚い書物をいくつも積み上げ、古文書まで広げていた時だった。
「ライエル、こんなところにいたのね?」
涼やかな声が静寂を破る。
振り返ると、そこには王女――リアナ=ラヴァニウス様の姿があった。
私は本を閉じ、深く膝をつき忠誠の礼を取る。
「王女様、こんな場所までどうされましたか?」
するとリアナ様は、ふてくされたように頬をぷくりと膨らませ、少しだけ視線をそらしながら訴えかけてきた。
「もう……! ライエルってば!二人きりの時は“リアナ”って呼んでって何度も言ってるでしょ?」
その可愛らしい叱責に、私はつい困ったように眉を寄せる。
リアナ――いや、リアナ王女と俺の付き合いは長い。幼き日々、城の庭で一緒に走り回っていた頃からだ。
私の父が先代の騎士団長を務めていたこともあり、王城で過ごす時間は必然的に多かった。
その父が魔物討伐へ赴いている間、俺たちをよく見てくれていたのが――現王、セリオディアン・ラヴァニウス陛下である。
あの頃から変わらず、リアナは私にとって特別な存在だった。
けれど――
今や私は騎士団長、彼女はこの国の王女。軽々しく名前で呼ぶなど、本来許されることではない。
それでも――昔と同じ距離で話しかけてくれる彼女の存在が、少しだけ心を温かくしていた。
「それで……リアナ。何でこんなところに?」
何気なく投げた問いにリアナは小さく肩を震わせた。ほんのりと頬を赤く染め、視線をさまよわせながら――
「……ライエルに会いたかったから、だよ」
その一言を口にするやいなや、彼女の顔がさらに真っ赤に染まり、両手でぱっと自分の頬を覆い隠してしまった。まっすぐな気持ちを隠しきれずに溢れさせる姿は、正直、胸が温かくなるほど可愛らしい。
――だが。
その純粋さを見るたび、私の脳裏には別の人物がよぎってしまう。
……王の顔が重なる
最近の国王――セリオディアン陛下の視線は、どこか刺さるように鋭い。
明らかに“嫉妬”と呼べる何かが混じっているのを、私は感じていた。
思えば、ここ最近リアナは反抗期とも言えるほど王を避けている。親子としての距離は広がるばかりなのに、私には昔と変わらず、むしろ前より近い距離感で接してくる。
そのせいか……王がこちらを見る視線が、本当に痛い。
「リアナ、君の気持ちは……その、嬉しいんだけどな。最近、王の視線がどうにも痛くて……正直つらい」
冗談めかして言うと、リアナは手で顔を隠したまま、くすっと笑い声を漏らした。
「最強って呼ばれてるライエルが、お父様に怯えるなんて……ほんと変なの。あなたは、この国――いえ、この世界でたった一人の"剣聖"なのよ?もっと胸を張りなさい!」
リアナの言葉は、真っ直ぐで、優しくて、時に胸に刺さる。
"剣聖"のスキルを持つ者。
それは、その時代にただひとり。
剣聖が死ねば、次の誰かへとその力は継承される――ゆえに、“唯一無二”という称号は、誇張でも何でもなく、世界の理そのものだ。
憂鬱を感じる私にリアナは"元気出しなさい"と言わんばかりに力強く背を叩いた。
「……いってぇっ!」
思わず変な声が漏れる。
リアナは悪びれもせず、むしろ満足げに微笑んでいた。痛みに顔をしかめていると――その場の空気を裂くように、ひざまずいた騎士が一人、私の前へ現れた。
「アウルオン様!王がお呼びです!」
突然の報せに胸がざわついたが、私はすぐに気持ちを切り替え、深く息を吸った。
「……分かった。今向かう」
リアナへ小さく会釈し、振り返れば彼女がそっと私の背中を見つめているのが、視界の端に映ったその眼差しに後押しされるように、私は静かに歩き出す。
――剣聖として。
――そして、ひとりの騎士として。
今日もまた、果たすべき役目が私を待っている。
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本編20時投稿です!
ぜひ、お付き合いください!
明日も10時に1本投稿します!




