表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/30

第17話 旅路で出会う一人の少女




 俺は耳を澄まし、声のする方へと走り続けた。進めば進むほど、その少女の叫びは鮮明(せんめい)になっていく。

 やがて――遠目に“それ”が見えた。木々の隙間から(のぞ)いた光景。粗雑(そざつ)鉄格子(てつごうし)の馬車。男が四人、一人の少女の腕を掴み、無理やり押し込もうとしている。俺は反射的に足を(ゆる)め、木陰(こかげ)へ滑り込んだ。荒い息を殺しながら、そっと様子を伺う。


 男は四人……盗賊か? 

 いや、何者でもいい。

 放っておく選択肢はない。


 心臓がうるさいほど脈打つ。だが足は静かに、確実に前へ出る。二人は少女を押し込もうとし、残りの二人は馬車の中で何かをしている。そのうち一人が、ふと俺に気づき、首を(かし)げた。


 ――今だ。


 四対一。

 まともにやって勝てる相手じゃない。

 だが、“油断”を突くなら話は別だ。


 俺は地面を蹴り、一直線に飛び込む。


 ーー《真眼》


 移動の一瞬。揺れる視界の中で写った男のステータスの"瞬速(しゅんそく)"の文字。俺は躊躇(ちゅうちょ)なく、そのスキルを自分のステータスへ


 ――《転移》


 次の瞬間、男がスキルを発動するが……何も起きない。


「……あれ?」


 戸惑いの声が漏れた、その一拍(いっぱく)(すき)。迷いはなかった。


 一閃……男の首が落ちる。


 その光景を見たもう一人の男が腰の剣へ手を伸ばすが――


 ーースキル《瞬速》


 身体が風のように軽くなる。視界のすべてが引き伸ばされたように遅く見える。

 男の背後へ一瞬で回り込み、胴を真横一文字に薙ぐ。(やいば)が肉を裂く感触のあと、男の身体はゆっくりと地面へ崩れ落ちた。


「……体が....軽い」


 思わず声が漏れた。新しいスキル"瞬速"の感覚がまだ身体に残っている。

 その余韻(よいん)を断ち切るように、鉄格子の中から怒声(どせい)が響いた。


「おい!!何してる!早くその子供を連れてこい!中の準備はできたぞ!」


 鉄格子の馬車から出てきた男は、その光景を見て(つば)の呑む


 首を失った仲間。

 胴を両断された仲間。

 転がる二つの死体。


 その惨状(さんじょう)を見た男は、一瞬で状況を理解した。そして、ゆっくりと俺へ視線を向ける。


「……お前が、やったのか?」


 俺は静かに(うなず)いた。頷く俺の姿を見た男は考える間もなく、罵声を上げる。


「なら……死ねぇ!!」


 その怒号(どごう)とともに男が腰の剣を抜き、一直線に突っ込んでくる。刃は迷いなく俺の心臓へ向けられていた。


 だが―――俺はその剣先を片手で弾く。


 構えが緩い。

 (わき)も甘い。


 感情で振ってる……負ける気は――しない。


 (はじ)いた勢いのまま、俺は男の顔面へ剣を振り下ろす。男は咄嗟(とっさ)に剣を横にして受け止めた。金属がぶつかり十字(じゅうじ)の形を描く。


 ギリ……ギリ……。


 俺の剣が、じわじわと男の剣を押し込んでいく。


「お前……やるな。だがな……」


 男の身体が(あわ)く光った。

 次の瞬間、逆に俺の手が押される感覚。


 これは……スキル?


 その違和感の正体を見定めるようにーー《真眼》を発動。表示されたステータスに、見慣れないスキル名が浮かぶ。


【スキル】・底力


 やっぱりか……長引けば押し切られる


 その一瞬の逡巡(しゅんじゅん)を突くように、男が力任せに剣を弾いた。


「くっ――!」


 続けざまに、雨のような連撃が襲いかかる。剣先が光の残像を描きながら降り注ぐ。

 だが、この程度の剣筋――父との稽古で、嫌というほど味わっている。

 俺は一本一本、正確に受け流し、()いでいく。


 でも……補正された腕力が厄介だ。


 押し切るなら、速さで――


 ーー《瞬速》


 視界が伸び、俺の体に足に力が漲る。俺は男の連撃のわずかな隙間をすり抜け、その(ふところ)(すべ)り込む。

 横薙(よこな)ぎに、一直線――。

 鋭い斬撃が男の胴を割り、血しぶきが()を描いた。

 男はそのまま膝を折り、地面へ崩れ落ちる。その光景を見た、残ったひとり――細身の男が、目を見開き叫んだ。


「ア、アニキ!!」


 だが、次の瞬間。血を浴びた俺の姿を見た途端、声の質が変わった。

 恐怖に押し潰されるような悲鳴。


「ひっ……ひいいいっ!!」


 細身の男は(かかと)を返すと、一度も振り返らずに森の奥へと逃げ込んでいった。残されたのは、三人の男の死体。血の臭いが、いやに濃く感じられた。


 ……俺が、やったんだ


 胸の奥がじくりと痛む。

 初めて、明確に人を殺した。

 誰かを助けるため――そう理由を並べ立てても、胸に広がるこの感覚は消えない。


 嫌悪(けんお)

 憎悪(ぞうお)


 そして…………吐き気。


 喉が痙攣(けいれん)しそうになるのを必死に押さえ、俺は深く息を吐く。


 ……気持ち悪い


 このまま崩れ落ちそうになる自分を叱りつけるように、剣を強く振るった。刃についた血飛沫(ちしぶき)が地面に落ち、赤黒い点を作る。


 カチリ


 音を立てて剣を(さや)に収めた時――視線を感じた。

 鉄格子の前で、助けた少女がじっと俺を見ていた。


 青ざめた顔。

 震える肩。

 そして、まるで“化け物”を見たような怯えの目。


 あれ??


 俺は、助けたはずの少女の――まるで怯え切った小動物のような表情に、思わず言葉を失った。


 ……え、なんでそんな顔を……


 自分でも驚くほど戸惑っているのが分かった。慌てて頬についた血を袖で拭い取り、できる限り“普通”の顔を作ろうとする。刺激しないように、深く息を整え、ゆっくりと少女に近づいた。


 俺の足音ひとつでさえ恐怖を与える。

 それが、痛いほど分かったから――。


 少女の前で膝をつき、そっと目線の高さを合わせる。敵意なんてない。ただそれだけを伝えたくて。

 震える小さな頭へ、ためらいがちに手を伸ばす。

そして、そっと触れた。


「……頑張ったな」


 その一言を置いた瞬間。少女の瞳が大きく揺れ、(せき)を切るように涙が溢れた。


「……う、うわぁぁぁあん……!」


 胸の奥が(きし)むほどの泣き声だった。恐怖なのか、安堵(あんど)なのか……それとも、俺が怖いのか――分からない。

 ただ、その小さな体が震えるのを前に、俺はどうしようもなく動揺した。


「ご、ごめん!怖かったよな!本当にごめん!悪かった!」


 何度謝っても、泣き止む気配はない。


 ――そして、ふとよぎる。


 いや、もしかして……これって。


「……もしかして、お腹……空いてたりする?」


 少女は涙をぽたぽた(こぼ)したまま、小さく、小さく頷いた。


 マジか……泣いてた理由?

 いやいや、そんな訳あるかっ!


 俺は唖然として言葉を失う。森の木々の間を通り抜ける風が静かに鳴り、どこからか鳥が――**アホー……アホー……**と、くぐもった声を落とした気がした。

 まるで俺に"違うだろ"と伝えるように、そのわずかな(あざけ)りめいた響きに、思わず空を見上げる。

 込み上げかけた悲しみを、胸の奥で無理やり振り払い――すぐに俺は"転移"でパンを数個取り出し、少女へ差し出した。


「ほら。食べな」


 少女はこくりと頷き、パンへ手を伸ばす。その小さな姿を確認したあと、俺は彼女の視線を盗むようにして、倒れた三つの死体へ歩み寄った。


 ステータスの確認。

 だが、傍目(はため)には――


 ……完全に死体を(あさ)る怪しい奴に見えるよな


 小さな子供に見せられる光景じゃない。気配を殺して一体ずつ確認していく。


取得スキル

〈縮地〉〈底力〉〈忍耐〉


加護

〈攻撃強化〉×2〈魔力強化〉〈体力強化〉

〈防御強化〉〈俊敏強化〉


「……まあ、このくらいか」


 俺の"転移"は片手が空いていないと使えず、発動にも若干のラグがある。だから、咄嗟の対応が難しい。


 それにしても――


 "瞬速"はかなり使える……。

 魔力消費がバカみたいに重いけど


 そんなことを考えながら、ふと横目で少女を見る。少女はパンを口いっぱいに頬張り、涙のあとも忘れたように幸せそうな顔をしていた。

 その表情に、俺の肩の力も自然と抜けていく。

 

 パンを食べ終えた少女――メルナと名乗った――と共に、俺たちはラディナ村へ向け森を抜ける為、歩き出した。


 道中、メルナはぽつりぽつりと言葉を漏らす。メルナはラディナ村の子供で彼女を襲ったのは冒険者。冒険者はメルナを奴隷商へ売るつもりだったという。奴隷制度はこの国では何年も前に廃止されていたはずだ。


 なのに――なぜ。


 胸の奥に疑問が生まれた、そのとき。


 ヒュッ――。


 風を裂く音が、俺の耳元を滑り抜けた。


「……っ!」


 思わず足を止める。足元には、鋭い鉄の矢尻をつけた一本の矢。俺は矢が飛んできた方向――(なな)め上へと視線を向ける。


 木の上。

 

 そこには弓を構え、こちらを射抜(いぬ)くように見下ろす人影。


 だが――人じゃない。耳が、尖っている。


「……エルフ……!?」


 瞬間、周囲の気配がざわりと揺れた。

 慌てて周囲を見渡す。

 木々の上、枝の影、(みき)の陰――そこかしこに数えきれない数の弓兵(きゅうへい)が潜み、鋭い矢を一斉にこちらへ向けている。


 俺とメルナは……


 エルフの軍勢に完全に包囲されていた――




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ