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第16話 旅路と呼ばれる冒険の開幕




 俺は頬から垂れる血を手の甲で拭った。男の弱者を見下す余裕の表情に嫌悪感を抱く。


 一太刀(ひとたち)を受けた瞬間に俺は悟った。


 ――この男、遅い。


 俺は軽く地面を踏み込み、前へ滑り込むように(ふところ)(もぐ)る。男の目が、理解の遅れたまま大きく見開かれた。

 

 時間が遅延(ちえん)して見える。


 俺のほうが、ずっと速い。


 俺は腰に手を伸ばし――あえて剣を抜かない。


 引き抜いたのは、刃ではなく“(さや)”のままの剣。殺すつもりなんてない。

 だからこそ、これで十分だ。


「遅いんだよ……」


 次の瞬間、全身の力を一点に込め、延髄(えんずい)めがけて振り下ろす。鈍い衝撃音が路地裏に響く。

 男の体がびくりと震え、そのまま糸が切れたように崩れ落ちた。三人の仲間は、倒れた男を見て顔を青ざめさせ、逃げ出そうと背を向ける。

 俺は、静かに、しかし鋭く声を放つ。


「まてっ!!!」


 ビクリと肩が揺れ、三人はおずおずと振り返る。恐怖と警戒と混乱が入り混じった表情で、俺を見つめる。


「美味しいご飯屋、教えてくれないか?」


 ……沈黙。

 次の瞬間、三人の緊張した顔が、ふっと緩む。


「い、いいっすよ!」

「ま、任せてくださいっす!」

「美味いとこあるっす!」


 ぺこぺこと頭を下げながら、彼らは俺の前を歩き出し、目的の食事処(しょくじどころ)へ案内してくれた。

 席に着けば、さっきまでの殺気立った空気が嘘みたいに消える。ラル、マル、カル――見た目は強面(こわもて)なのに、驚くほど気のいい三人だ。

 夕暮れまで続いた冒険談は、どれも笑えるものばかりで。不思議なもので、最後には俺も自然と笑っていた。


 ―――そして、


 朝日が王国を照らす頃。俺は、父の真実を追う旅路(たびじ)へ、静かに歩み出す。

 王国の巨大な門の前に立ち見上げる。石造りの巨門は、まるでこの国そのものの重厚(じゅうこう)さを象徴(しょうちょう)するようだった。

 俺の背後には、ライエルと数名の騎士、そして侍女(じじょ)と執事たちが並び、旅立つ俺を見送ってくれている。朝の冷たい風が吹き抜け、緊張と期待が胸の奥で静かに混じり合った。

 ライエルが一歩近づき、心配そうに眉を下げる。


「本当に馬車は使わなくていいのか? それに……荷物も少ないし……」


 俺はその不安を払うように笑い返した。


「大丈夫です。歩いて、いろんな景色を見ておきたいんです。それに荷物は……ほら」


 ――《転移》


 掌が光り、俺の足元に金貨、食料、生活用品が一気に現れる。地面に散らばるほどの荷物に、侍女も執事も、騎士たちでさえ「おおっ」と小さく声を漏らした。

 ライエルは目を丸くし、苦笑しながら言う。


「そういえば……君には、あの奇天烈(きてれつ)なスキルがあったんだったな」


 そう言って軽く笑うが、すぐにまた真剣な顔に戻る。


「……本当に王からの褒美(ほうび)はいらなかったのかい?」


 王からの褒美。皆の前で告げられたあの温かな言葉。思い出すだけで、申し訳ない気持ちが胸の奥で込み上げてくる。


 ――――三十分ほど前


 ――――


 ―――


 俺は、玉座の間に呼ばれた。高い天井(てんい)、張りつめた空気。膝をつき、深く頭を下げると、玉座に腰かけたラヴァニウス王が静かに口を開く。


「グレイノースよ……楽にしてよいぞ。」


 昨日の茶目(ちゃめ)()ある王の姿が嘘のようだった。家臣(かしん)たちの視線が並ぶ中、王としての威厳を(まと)うその姿に、自然と背筋が伸びる。

 やがて、王が言葉を継いだ。


「渡したい物があってな……」


 合図(あいず)を受けた家臣の一人が、(うやうや)しく俺の前へと歩み出る。両手に載せられたのは、掌ほどの金色のメダル。

 煌々と輝くそれには、ラナリア王家の紋章が刻まれていた。


「そなたが、モデリスク王国へ向かうと聞いてな。

国王エルディオンは、私の古くからの友人だ。それは王家の紋章。もし何かあれば、エルディオンにそれを見せるといい。必ず力になってくれよう。」


 王の声音には、(わず)かな不安が(ひそ)んでいた。


 そして次の瞬間――。


 王の背後に、黒い裂け目のような“穴”が生まれる。そこからゆっくりと現れたのは、巨大な赤い大剣。禍々(まがまが)しいほどの威圧感を放ち、炎のような輝きを(まと)っていた。


 "次元収納"のスキル……?

 それに、あの剣……なんだよ……!?


「これは、かつて私が冒険者であった頃の相棒。

炎帝剣(えんていけん)インビジブル=クリムゾン。自身の魔力に呼応(こおう)し燃え上がる、決して折れぬ剣だ。

これならそなたの力に――」


 俺は慌てて言葉を挟む。


「お、お待ちください王様!」


 目が飛び出るかと思った。

 そんな代物(しろもの)、絶対に庶民(しょみん)が触っていいやつじゃないだろ。


 それに、それに俺は――


「俺は、いや私は魔力が少なく.....仮にあっても……そんな凄すぎるもの、受け取れません!」


 王はほんの少し残念そうに目を伏せた。だがすぐに顔を上げ、黒い裂け目に手を入れ、何かを探すような素振りを見せた。


「ならば、この神聖槍(しんせいそう)――」


「い、いや!! 本当に大丈夫です!!」


 俺は全力で(さえぎ)った。


「父から受け継いだ剣があります。俺には、それで十分なんです!」


 王は、再び落ち着いた表情に戻り、静かに言う。


「そうか……。あのマグナスが亡くなったと聞いた時、私は思ったのだ。“お主には死んでほしくない”とな。……親心だと思ってくれ。」


 胸の奥が熱くなる。父がどれほど信頼されていたのか、痛いほど伝わった。

 だからこそ、俺も強く言い返した。


「大丈夫です! 俺には夢があります!父のような冒険者になる。その夢を叶えるまでは、絶対に死ねません!」


 王は、ゆっくりと、優しく頷いた。


「そうか……。ならばせめて、ここで誓おう。ラナリア王国は、グレイノース=リオンハーツを全面的に支援する、と。」


 その言葉だけで、胸が震えるほど嬉しかった。

俺は深く頭を下げた。


 ―――


 ――――そして今


 その時の記憶が蘇る中、俺はライエルに穏やかに言葉を返す。


「あんな、禍々しい物……受け取れないよ。

それに――王様からのあの言葉だけで、十分すぎるくらい嬉しかったんだ」


 朝の澄んだ空気の中、俺はゆっくりと顔を上げ、ライエルの瞳を真正面から見つめる。王の言葉を胸の奥でそっと反芻しながら。

 俺の表情を読み取ったのか、ライエルはひとつ息をつき、納得したように真剣な眼差しで口を開いた。


「……そうか。なら、道中でベルディナ村に寄るといい。君の故郷の村の人たちも、そこへ避難して身を寄せているらしい」


 そう言いながら、ライエルは地図を広げ、指先でルートをなぞって示してくれる。


「何かあったら、迷わずここに戻ってくるといい。いいな?」


 差し出されたライエルの手。朝の光を受けてその手は温かく、頼もしかった。

 俺はしっかりとその手を握り返す――無言の握手。そこには、言葉以上の想いが確かに宿っていた。俺はライエルに深く頭を下げると、ゆっくりと国門へと歩き出した。

 背後には、ついさっきまでいた王都アルセリオン。胸の奥では、別れの余韻と――それ以上に、これから始まる“初めての冒険”への期待が静かに弾んでいた。

 朝の光が大地を照らし、まだ冷たい風が頬を撫でる。


 かなり歩いた頃、俺の背を見送るライエルに、一人の騎士が膝をつき、静かに声をかける。


「“剣聖”……まもなく作戦会議のお時間です」


 ライエルは、いつもと違う険しい顔つきで、王城の方へ視線を向けた。


「そうか……では行こうか……」


 俺には、その会話は届かない。遥か遠くを歩く俺の耳に、彼らの声は一切届かず、俺はただ黙々(もくもく)と足を進めていた。


 ――この時、俺はまだ知らなかった。


 あの時の俺は、彼の膨大なステータスの情報量に圧倒され、細かく見る余裕などなかった。だから、“剣聖”の表記がそこにあることにも、気づいていなかったのだ。

 俺が、彼が“剣聖”であることを知るのは、まだ先の話。


 俺は国を背にしながら、一歩、また一歩と足を進める。心は、不思議なくらい軽かった。

 未知の景色が、自分を待っている気がした。


 ―――


 ――――――


 王都を出でしばらく歩くと、深い森に足を踏み入れた。

 セレンディア大森林――その名の通り、太く高い樹々が空を(まと)い、()の光さえ届きにくい場所だ。葉のざわめき、木の(きし)む音、遠くで獣がうなる声。

 歩けど歩けど、静寂の中で響くのは自分の足音だけ――と思ったその瞬間、かすかに、遠くから女の子の声が風に乗って届いた。


「……いやだ……だれか……助けて……」


 声は風にかき消されそうで、はっきりとは聞き取れない。けれど、確かに誰かが危険に陥っていると直感させる、切羽詰(せっぱつ)まった響きだった。

 自然と体が反応する。足が勝手に動き、声の方向へ駆け出していた。



明日も20時投稿です!


次回は、ついに◯◯登場!

「旅路で出会う一人の少女」


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