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第15話 旅路と呼ばれる冒険の準備



 俺は試合の後、ライエルから"冒険の準備する前に冒険者ギルドに寄るように"と言われていた。その言葉を胸に、城下町(じょうかまち)まで足を運ぶ。

 活気(かっき)あふれる通りを抜け、目の前にそびえる大きな木造の建物――冒険者ギルドの扉を押し開けた。

 中に入った瞬間、むわっとした熱気と、鍛え上げられた屈強な男たちの視線がいっせいにこちらに向く。


 汗の匂い。

 油の匂い。

 革鎧(かわよろい)のきしむ音。


 その場の空気に思わず身を引き締めた。すると受付カウンターにいた女性が、ぱっと柔らかな()みを浮かべて言った。


「ようこそ、冒険者ギルドへ!まずは登録証をご提示くださいね」


 俺はポケットから冒険者登録証を取り出し、受付にそっと置く。女性はそれに目を落とした瞬間、ピタリと動きを止め、そして目を丸くした。


「……あなたが、グレイノース=リオンハーツ様?」


 俺を上から下まで何度も見て、確認するように首をかしげる。すぐに納得したように小さく息をつき、続けて言った。


「ライエル=アウルオン様から、お話は伺っています」


 そのままカウンターの奥へ行き、戻ってきた時――彼女の腕には、俺の腰ほどもある巨大な麻袋(あさぶくろ)が抱えられていた。


 ドスンッ!


 ずしりと鈍い音を立てて、俺の目の前に置かれる。


「こちらが今回の討伐報酬となります!」


 麻袋(あさぶくろ)の口がわずかに開いており、中から輝く金貨がぎっしりと覗いていた。一瞬、呼吸を忘れ、喉が勝手に鳴った。


「あ、あの……金額、間違えてませんか?普通、報酬ってこんなに……?」


 おそるおそる聞くと、受付の女性は興奮気味に身を乗り出してくる。


「本来、E級にこれほどの報酬はありえません!ただ今回は……」


 彼女は勢いよく指を一本立てた。


「ひとりで討伐した“という事実”が特例として認められたのです!」


 彼女(いわ)く、通常、報酬は討伐証明――つまりモンスターの目玉や核をギルドに持ち帰ることで支払われる。だが、今回俺が倒した大型モンスターは国が保管し、後ほどギルドへ正式に引き渡される手続きになったらしい。


「大規模討伐級のモンスターを単独で仕留めるなんて……前例がありません!ギルドも王国も、リオンハーツ様の実力を無視できなかったのでしょう!」


 そう言って、受付の女性は(ほこ)らしげに笑った。まるで自分が討伐してきたかのような喜びようで、その無邪気さが妙に可笑(おか)しくて、思わず俺もクスッと笑ってしまう。その笑いに気づいたのか、受付の女性は頬を赤くして咳払いを一つ。

 そして、ふと思い出したように手帳を取り出し、改めて口を開いた。


「それではリオンハーツ様。冒険者として必要なルールを簡単にご説明しますね」


 俺は姿勢を正し、耳を(かたむ)ける。


「まず、冒険者にはEからAまで五つのランクがあります。依頼の達成度や、国・ギルドへの貢献度などによって“ランクポイント”が蓄積(ちくせき)され、一定のポイントに到達すると昇格できます」


 流れるように説明する彼女の声は、とても聞き取りやすい。


「逆に依頼失敗が続くとポイントは下がり、最悪の場合、冒険者資格の剥奪処分(はくだつしょぶん)となります……。資格が剥奪(はくだつ)された場合は、三年間、再登録ができません」


「三年……」


 思わず小さくつぶやく。軽い気持ちで()()っていい仕事ではない――そう実感する。そんなふうに真剣に説明を聞いていた時だった。

 ギルド奥のテーブルから"どすん"と椅子を引く音。視線を向けると、場慣れした雰囲気のベテラン冒険者らしき男がこちらへと歩いてくる。体つきは岩のようにゴツく、片腕には細かい傷跡がいくつも走っている。その眼光(がんこう)は、俺の横に置かれた巨大な麻袋へと吸い寄せられるように向けられた。

 まるで、“金の匂い”に釣られた獣のような視線。ギラギラと(あさ)ましい欲を隠そうともせず、男は口角(こうかく)を吊り上げた。


「――ずいぶんと景気のいい報酬じゃねぇか、坊主」


 低く、喉を鳴らすような声で言いながら、ゆっくりと距離を詰めてくる。

 受付の女性の表情が強張(こわば)り、周囲の冒険者は、面白そうにこちらへ視線を向け始めた。ギルドの空気がじわりと重くなる中、屈強(くっきょう)な男は、口の(はし)だけを吊り上げて、にやけた。


「その重たそうなの……俺が“代わりに預かって”おいてやろうか?」


 低い声。

 押し殺したような笑い声。

 その瞳には明らかに“奪う”意図が滲んでいた。


 受付の女性が不安げに俺を見上げ、慌てて口を開く。


「り、リオンハーツさ――」


 何か忠告しようとしたその時、俺は男の動きを制するように、(てのひら)を男の顔の前に広げた。


「あ……大丈夫です」


 俺の言葉に、男の目が見開かれた。


 「は?」と言いたげな、理解が追いついていない顔。俺は静かに麻袋へ掌を(かざ)す。深く息を吸い、心の中で(つむ)ぐ。


 ーーー《転移》


 空気が震え、淡い光が()らめいた。次の瞬間、麻袋(あさぶくろ)は、跡形(あとかた)もなく()き消える。風も、影すら残らず。ただ消える。

 ギルド内のざわめきが、スッと引いていく。屈強な男が固まったまま、視線だけで俺を追った。周りの冒険者も、まるで息を呑んだように静止している。

 

 ――沈黙。


 一瞬のうちに、空気が凍りつく。そして誰よりも驚いていたのは、目の前の男だった。


「……アイテム……ボックス……?」


 声には、先ほどの余裕も皮肉もなかった。ただ純粋な驚きと、理解できないものへの警戒。俺は淡々と答える。


「預ける必要、ないですよね」


 それだけ言うと、驚きで固まっている受付の女性へ軽く頭を下げる。


「お姉さん、ありがとうございました!」


 穏やかに礼を述べて、俺は(かかと)を返す。


 ──その瞬間。


 屈強な男の表情がわずかに歪んだ。さっきまでのニヤついた余裕は消え失せ、代わりに浮かんだのは、“見下された”と(さと)った時に沸き上がる、(にご)った怒気(どき)。まるで胸の奥を殴られたような顔をして、男のこめかみに青筋(あおすじ)が走る。俺への怒りが伝わるほどに男の目はギラリと俺を睨みつけていた。

 周囲の冒険者たちもその不穏な空気に気づき息を呑む。その重たい視線を背中に感じながら、俺はあえて振り返らず、静かに歩き出した。

 俺がギルドを出るその瞬間まで、あの男の視線は一度たりとも外れなかった。

 

 小さく、低く――


「……舐めやがって」

 

 そう男が呟いたように聞こえた。

 

 冒険者同士の無用な争いは御法度(ごはっと)。下手をすれば資格剥奪もありえる。だからこそ、あいつはギルドの中では俺に手を出さない。

 ギルドを後にした俺は、明日の旅立ちに備えて市場を回り、食料や日用品を買い(そろ)えては"転移"で収納していく。

 だが――ギルドを出てからずっと、ひりつくような視線を背中に感じていた。俺は気配を確かめつつ、あえて人通りのない路地裏へと足を向ける。そして、ゆっくりと立ち止まった。

 直後、背後から荒々しい声が響く。


「おい坊主!さっきはよくも恥かかせてくれたな!」


 ギルドで絡んできたあの男。その後ろには三人の仲間。ピンク色のモヒカンと黄色のモヒカン、緑色のモヒカン。すごく(おぼ)えやすい三人組だ。男は()()の剣を、俺に見せつけるように構えた。


「――冒険者の厳しさ、教えてやるよ」


 男は見下すように、侮るように笑う。

 

 ……丁度(ちょうど)いい。


 ライエルとの戦いのあと、“普通の冒険者”との実力差がどれほどか知りたいと思っていた。

 だが、無闇(むやみ)に返り討ちにして資格を失うのは困る。

 

 ――だからこそ、この瞬間を待っていた。

 

 屈強な男は怒号とともに距離を詰め、剣を振り下ろした。刃が俺の皮膚をかすめ、血が一筋落ちる。男は勝ち(ほこ)ったように笑った。


「ビビって動けねぇか? ……その金、置いていけ。命だけは助けてやるよ」


 怖い? 動けない?――違う。


 “あえて”だ。


 資格を失わずに戦うために必要なのは――大義名分(たいぎめいぶん)


 俺はゆっくりと顔を上げた。


 こいつらは理解していない……

 狩る側だと思う自分たちが

 

 実は狩られる側である事を――――



明日は20時投稿です!


王のグレイノースを思いやる気持ちが暴走!?

次回「旅路と呼ばれる冒険の開幕」


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