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第14話 最強と呼ばれる騎士の褒美



 アウルオンは、目の前に突き出された木剣(ぼっけん)の先をしばし見つめた後、ゆっくりと俺の方へ視線を向けた。

 

 そして、高らかに笑った。


「いやぁ……完敗だ!さすが、ゴブリン・キングを一人で倒すだけはあるな!」


 彼は立ち上がり、服についた(ほこり)や汚れを丁寧に払う。

 その仕草(しぐさ)さえ、どこか騎士らしい品格を感じさせる。


「特に、君の剣の太刀筋(たちすじ)は目を見張(みは)るものがある。長年の研鑽(けんさん)(にじ)み出ているよ」


 素直に褒めているつもりなのだろうが、俺は少し納得がいかなかった。


「アウルオン……あんた、手加減してただろ? スキルを一切使ってなかった。だけど、俺はスキルを使って勝った……純粋な勝利じゃない」


 俺の指摘に、アウルオンは笑顔のまま首をかしげる。


「君は真面目だな。……僕は初めから、スキルを使うなとは言っていないよ」


 その表情は柔らかく、しかし真剣だった。


「それに、確かに僕は君に少し油断していた。でもね、その油断が戦場では命取りになることもある。だから、これは正しい君の勝利だ」


 ゆっくりと差し伸べられる手。俺は迷わず、それをしっかり握る。


「君と手合わせできて良かった。自分の強さに酔い、少し傲慢(ごうまん)になっていたかもしれない」


 握った手の温もりに、認められた実感が少しずつ胸に広がる。


「今後、僕のことをライエルと呼んでくれ。敬称も不要だ!」


 ――素直に、少し誇らしい気持ちになった。


 その余韻(よいん)に浸りながらも、俺は本題を思い出す。


「ところで......あの時の話なんだけど……」


 俺たちは近くの段差に腰をかけ、ライエルが静かに口を開く。


「君が言っていた物と同じかは分からないが……もしかしたら、それは“祝福”のことかもしれないな」


 俺は思わず、繰り返すように問い返した。


「“祝福”……?」


 ライエルの話では、“祝福”とは、生まれ落ちた瞬間に魂へ刻まれる特別な力のことを指すという。それは神々の気紛(きまぐ)れであり、同時に女神の深い慈愛でもある――そんな伝承が昔から語り継がれている。

 その力が芽吹く時は人ごとに違い、生涯(しょうがい)その気配すら感じずに終える者も珍しくない。だが、祝福に覚醒した者は例外なく、この世界に名を残すほどの偉業を成すのだと、彼は静かに告げた。


 その話を聞いた俺は、腕を組み、じっと考え込む。


「――“祝福”か……」


 俺の固有スキル"真眼"も、もしかしてこの“祝福”に含まれるものなのか。それとも、別の"何か"なのか……。


 ここに来て、まだ数日しか経っていない。

 それでも、耳にする言葉は尽く断片的で、手に取れる真実はどこにも見えない。

 まるで霧の中を歩いているかのように、頭の中は疑問でいっぱいだった。


 考え込む俺の前に、ラウルオン――いや、改めライエルがそっと何かを差し出してきた。


 ――それは小さなカードのような物。


 手に取ると、ひんやりとした紙とも鉄とも違う不思議な感触が指先に伝わる。

 俺はじっとそのカードを見つめ、眉を寄せた。


「これ……なに?」


 問いかける俺に、ライエルは目を大きく見開き、思わず驚きを隠せない様子だ。


「え……!? 驚いた! 君、冒険者登録証ってものを知らないのか!?」


 俺はようやく理解する――これが、“冒険者登録証”というものなのか。だが、疑問は尽きない。


「なんで……俺に、これが……?」


 ライエルは、柔らかな笑みを浮かべ、静かに答えた。


「それは……君のものだよ」


 頭の中で疑問符(ぎもんふ)乱舞(らんぶ)する。本来、登録証は村のギルド支部や、町や大都市にある冒険者ギルドでしか発行されないはずだ。 それに、俺自身、冒険者登録をした覚えはない。


 その矛盾に戸惑い、ライエルの顔を見て問いかけようとしたその瞬間――彼の口から、先に答えが告げられた。


「私と、王が勝手に登録しました……」


 俺が喜ぶ顔を想像したのか......ライエルはほんのり笑みをこぼす。


 その笑顔は、なんというか――いやいやいや、待てよ……。冒険者登録って、確か試験とか必要だよな?俺、そんなの受けてないんだけど……。


 額に()(あせ)(つた)い落ちる。


「ちょ、ちょっと待って! いくら王と騎士団長とは言え、個人を勝手に冒険者登録するって不味くない!?それに、俺、試験も受けてないよ!?」


 その言葉を待ってました、とでも言うように、ライエルは息を弾ませながら口を開く。


「そう、本来はね……。でも、君はゴブリン・キングを一人で倒した。その功績(こうせき)だけで、冒険者としての資格は十分にあると判断したんだ」


 彼、ライエルは静かに目線を登録証に落とす。そして、柔らかく、しかし確信に満ちた声で言った。


「間違いなく、それは君のものだよ」


 ――今日から、俺は冒険者。


 まさか、こんな日が来るなんて.......


 戦うスキルのない俺は一生、冒険者になれないと思っていた。ふと、胸の奥に温かいものが広がる。

 これで、少しだけ父に近づけた――そんな気がした。


 父への想いと共に、遠くから響く騎士たちの剣と剣がぶつかり合う稽古音が耳に届く。


カンッ――カンッ――


 乾いた(はがね)の音は、王宮の広場に反響し、胸の奥に懐かしい感覚を呼び覚ました。その音を聞くと、あの日のことが頭をよぎる――あの日、父は王都の騎士たちと共に旅立っていった。


 俺は自然と周囲を見渡す。


 中庭で稽古に励む騎士たちは銀色の鎧を身にまとっている........だが、父と共に歩く騎士たちは皆、金色の鎧だった。


「なぁ、ライエル……」


 自然と出た声に、少し力がこもる。


「俺の父さんは、死ぬ前に、全員が金色の鎧を着た騎士たちとどこかへ行ったんだ……」


 俺の真剣な眼差しに、ライエルは珍しく眉を寄せ、しばらく黙って考え込む。普段の余裕ある表情は消え、静かに俺を見つめたままだった。


 そして、ためらうように静かに口を開く。


「ここから北西の方に、モデリスク王国という国がある。そこの王都カルヴァンの騎士たちは皆、金色の鎧を着ていると聞いた気がする……」


 今更ながら、俺は父の死の真相を知りたいと思った。力のなかった俺には、そんな考えさえ浮かばなかったが、今は違う。


 “転移”と“真眼”という力が、俺にはある。


 俺の決意のような空気を感じ取ったライエルは、眉を少しひそめ、いつもの余裕ある表情を少し抑えたまま、静かに口を開いた。

 その声には、普段の軽やかさはなく、重みと慎重さが混ざった響きがあった。


「もし、モデリスクに行くなら、気をつけた方がいい……あそこは少し、良くない噂がある」


噂……?


「あの国は自由交易を掲げる一方、今では廃止されたはずの奴隷制度が、裏で行われているという話もある。禁止された魔道具(まどうぐ)の取引も、(ひそ)かに行われているとか……」


 ライエルの声には、俺を(あん)じる重みが(にじ)んでいた。しかし、俺の決意は揺るがない。


 父に何があったのか、俺は知りたいのだ。


 ライエルは、まるで朝日に照らされた黄金の光のように、優しく俺を包み込む笑みを浮かべた。

 俺はゆっくりと深く息を吸い込み、胸の奥で静かに燃える決意を全身に感じながら立ち上がった。


 父の真実を自分の目で――そして自分の手で確かめるために......




本日20時も投稿予定です!

次回「旅路と呼ばれる冒険の準備」


グレイノースがギルド協会へ!?

ベタベタな展開になります!


お見逃しなく!!

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