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第98話 歪められた姿




 俺、グレイノース=リオンハーツは、《転移》を発動させた。視界が切り替わった瞬間、俺はラナリア王国、王都アルセリオンの玉座に腰掛けるセリオディアン王の、真横に立つ。

 目の前にいる一人の小さな子供。その首に嵌められた首輪が、禍々しい魔力を宿し、不気味な光を放っていた。

 俺は考えるよりも早く、《絶対障壁》を解き放つ。不可侵の防壁が展開され、俺とセリオディアン王を守るように包み込む。その直後、首輪が爆ぜ、豪炎が玉座の間を呑み込んだ。


 やがて――。


 炎が引き、焼け焦げた空気の中、玉座の間に重苦しい沈黙が落ちる。


 その瞬間、玉座の間に声が響き渡る。


「陛下!!!」


 切迫した叫びとともに、鎧姿の騎士が駆け寄ってくる。

 俺とセリオディアン王のもとへと駆け寄ってきたその男――ライエル=アウルオンは、玉座に無事座るセリオディアン王の姿を確認した瞬間、はっきりと安堵の色を浮かべた。


「……よかった……」


 絞り出すようなその一言には、心底からの安堵が滲んでいた。


 だが次の瞬間、ライエルの視線が俺へと向けられ、目を見開く。


「なぜ……君が……。いや、それよりも――助かった!本当に……君がいなければ、今頃……」


 そこから先の言葉は続かなかった。


 想像してしまったのだろう。

 起こり得た最悪の未来を。


 ライエルは俯き、唇を強く噛み締める。そして、ゆっくりと視線を落とし、床に横たわる小さな影へと目を向けた。


 焼け焦げ、動かぬその姿。


「……なんて、酷いことを……」


 震える声で、ライエルは呟く。


「……こんな、小さな子供に……」


 その言葉は、玉座の間に重く落ちた。


 俺もまた、自然と視線を床へと向ける。


(これが……モデリスク王が、しようとしていたこと……)


 胸の奥に、じわじわと、言葉にできない感情が広がっていく。


 怒り。悔恨。無力感。


 ――助けられなかった。


 その事実が、何よりも重かった。


 俺は一歩、また一歩と歩み寄り、子供の傍に膝をつく。片膝を地につけ、そっと、その小さな胸に手を当てた。


 もう、温もりは感じられない。


(助けられなくて……ごめんな……)


 胸の奥でそう繰り返しながら、俺はゆっくりと立ち上がった。そして、自然と視線はライエルへと向かう。ライエルは、まるで時間が止まったかのように、その場に立ち尽くしていた。

 視線は、床に横たわる子供の亡骸から一切離れない。その横顔に浮かぶ感情は、これまでに見たことのないものだった。悲しみでも、動揺でもない――純粋で、冷え切った怒り。


「……ライエル……」


 声をかけると、ライエルはわずかに肩を震わせ、静かに頷いた。だが、それでも視線は亡骸から離れない。


「ロナンから……報告は受けている……」


 低く、抑えた声。感情を必死に押し殺しているのが、痛いほど伝わってくる。


「大体の事情は理解している……。だが……」


 一瞬、言葉が途切れる。

 その沈黙が、玉座の間に重く落ちた。


「……これで、終わりではないだろう……」


 その言葉に、俺は思わず息を呑んだ。まるで、この先に待つ更なる惨事を、すでに見通しているかのような声音だった。


 ライエルは、ようやく視線を上げる。


「この国でな……この子以外にも、数名……誘拐されていた子供たちが、保護されたらしい……」


 そこまで言って、ライエルは言葉を切った。だが、それ以上を口にする必要はなかった。この光景を見た今なら、続きは容易に想像できてしまう。


 ――首輪。

 ――爆発。

 ――使い捨て。


 胸の奥が、きしむように痛んだ。


 ライエルは、再び低い声で続ける。


「それと……ロナンからの追加報告だ……」


 怒りを孕んだ瞳が、鋭く細められる。


「カルバンの地下では……強化人間を作る実験も行われていたらしい……」


 その言葉に、背筋が冷たくなる。


「最近……この街に、モデリスクの冒険者が増えているという話もある……」


 俺の口から、思わず声が漏れた。


「それって……まさか……」


 ライエルの沈黙が、何よりも雄弁にその答えを語っていた。そして静かに、しかし確かな覚悟を込めて頷いた。


 ――その瞬間だった。


 ドドドドッ!


 切り裂くような激しい足音が玉座の間に広がる。一人の衛兵が、息を切らし、顔を青ざめさせたまま駆け込んできた。

 俺、ライエル、そしてセリオディアン王三人の視線が、同時にその衛兵へと集まる。


「ほ、報告です!」


 喉を震わせながら、衛兵は叫ぶ。


「城下の方で……冒険者による暴動が発生しています!!」


 その言葉を聞いた瞬間、俺の体は考えるより先に動いていた。


「――っ!」


 セリオディアン王やライエルの視線を振り切るように、俺は玉座の間を飛び出す。報告に来た衛兵の脇をすり抜け、長い廊下を一直線に駆け抜けた。

 夜の王宮は、松明の灯りだけが頼りなく揺れている。その光を置き去りにするように、俺は城門を抜け、石畳の階段を駆け下り、城下へと足を踏み入れた。


 ――夜の街。


 静けさのはずの時間帯に、異様なざわめきが満ちている。そして、最初に俺の視界に飛び込んできたのは――路上で、たった一人、剣を構えた衛兵が、暴徒と思しき人影と対峙している光景だった。

 街灯の乏しい夜の中、暴徒の顔は影に沈み、表情は読み取れない。だが、その異様な静けさが、逆に恐怖を煽っていた。


 衛兵は、明らかに怯えた声で叫ぶ。


「う、動くな!!」


 しかし、その警告を無視するかのように、暴徒は一歩、また一歩と、ゆっくりと距離を詰めていく。

 追い詰められた衛兵は、意を決したように剣を振り上げた。


 ――だが。


 暴徒は、その刃を素手で掴み取った。


「な――っ!?」


 驚愕する暇すら与えず、暴徒はそのまま衛兵を突き飛ばす。鈍い音と共に、衛兵は腰を落として地面に崩れた。


 夜の石畳に響く、荒い息。


 そして――


 暴徒は、奪い取った剣を、静かに、無言のまま衛兵へと振りかざした。


(まずい……!)


 背筋を走る嫌な予感と同時に、俺は即座に判断する。


 ――スキル《瞬速》


 魔力が脚へと流れ込み、世界が一瞬、引き伸ばされたように遅くなる。次の瞬間、俺の体は夜気を裂き、一直線に飛び出していた。


 腰を落としたまま動けずにいる衛兵のその眼前で、暴徒が振り下ろした剣を、俺は迷いなく腰の鞘から抜いた《幻装剣》で受け止める。


 キィィィン――!!


 甲高い金属音が、夜の街に響き渡った。衝撃を腕で受け止め、そのまま剣を弾き返す。

 暴徒は反射的に後方へと跳び、獣のような動きで距離を取った。


 ――静寂。


 一瞬だけ、夜が息を潜めた。


 そして、月明かりが雲間から差し込み、暗がりに立つ暴徒の顔を照らす。


 その姿を目にした瞬間、俺は――


 息を呑んだ。


 紫色に変色した肌。

 異様に見開かれ、血走った瞳孔。

 口元から覗く、鋭く突き出た牙。

 

 そして――


 頭部から生えた、はっきりとした二本の角。


 人の形をしている。

 だが、人ではない。


 脳裏に、噂としてしか聞いたことのない存在が浮かぶ。


「……魔族……だと……」


 呟きは、夜の闇に吸い込まれるように消えた。

 初めて目の当たりにする“魔族”の姿に、心臓が強く脈打つ。剣を握る手が、わずかに震えた。


 恐怖か。

 それとも、未知への本能的な警戒か。


 生唾を飲み込み、俺は視線を逸らさずに構えを取る。


 真夜中の街。灯りの少ない路地に、月明かりだけが淡く差し込む。


 コツ……コツ……


 魔族が、ゆっくりと――


 まるで獲物をいたぶるように、少しずつ、少しずつ近づいてくる。その足音だけが、異様に大きく響いていた。




ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


次回

第99話 意思なき刃


【明日19時】に更新予定です。


引き続き

モデリスク王国 侵攻編を進めていきます!


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