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第95話 不穏な来訪


※三人の若き国王の時代を越え、物語は再び現在へ




 私――ライエル=アウルオンは、ラナリア王国の王、セリオディアン=ラヴァニウス陛下が座す玉座の間に立っていた。高くそびえる天井、整然と並ぶ柱、静まり返った空気。その中央で、私は副騎士団長ロナンから託された、モデリスク王国に関する調査報告を、陛下へと伝えていた。


「ロナンからの報告によりますと――」


 私は一度言葉を区切り、内容を噛みしめるように続ける。


「モデリスク王国の王都カルバン、その城の地下に、大規模な研究施設が確認されたとのことです。そこでは、多数の人間が拘束されており……」


 玉座の間に、重い沈黙が落ちる。


「魔物の血液を用いた人体実験。用途不明の未知の魔導具の数々。いずれも記録にも残されていない危険な代物ばかりだったようです」


 私は視線を逸らさず、淡々と続けた。


「ロナンの推測では――これらの研究には、モデリスク王自身が関与している可能性が高いとのことでした」


 その瞬間、セリオディアン陛下の肩が、わずかに揺れた。


「また……」


 私は言葉を選びながら、続ける。


「カルバンにて、ロナンはグレイノース=リオンハーツと接触したとも報告しております」


 その名を聞いた瞬間、陛下は深く項垂れるように俯いた。玉座に座すその背中が、ひどく重く見えた。


「最近、ラナリア近郊で立て続けに発生している誘拐事件……そして、裏で流通している禁止魔導具の売買も、この件と無関係ではないと考えられます」


 私の言葉を聞き終えた陛下は、ゆっくりと息を吐き、大きくため息をついた。

 そして、静かに顔を上げ、私へと視線を向ける。


「……そうか」


 その声には、王としての威厳よりも、深い悔恨が滲んでいた。


「だとすると……グレイノースが心配だな」


 陛下は、どこか遠くを見るような目をして続ける。


「私はな、マグナスの死には……どうしても腑に落ちぬものがあった」


 玉座の間に、低い声が響く。


「あれほどの男だ。戦場も、修羅場も潜り抜けてきた男が……ああも容易く命を落とすとは、到底思えなかった」


 拳を、そっと握り締める。


「グレイノースが、父の死の理由を探るために冒険に出ると聞いた時……私は、痛いほどその気持ちが分かってしまった」


 一瞬、言葉が詰まる。


「真実を、自分の手で掴まなければ前に進めない。……その想いを、止めることができなかった」


 陛下は、静かに続けた。


「エルディオンなら、何かを知っているはずだ。そう思い、グレイノースが望むままに、モデリスクへ行かせた……」


 そして、力なく首を振る。


「だが結果として、あの子を……返って危険な目に遭わせてしまったようだ」


 自責の念が、はっきりと声に滲んでいた。


「私が、安易にモデリスクへ行かせたからだ……」


 王としてではなく、ひとりの男としての後悔。その重さを、私は痛いほど理解していた。


 だからこそ――


 私は一歩前に進み、陛下を諭すように、静かに口を開いた。


「いいえ、陛下……」


 私は一歩、玉座の前に進み、静かに首を振った。


「仮に責任があるとするなら、それは陛下お一人のものではありません。……私にも責任があります」


 自分の胸に、拳を当てる。


「モデリスク王国に不穏な噂が流れていることは、私も承知していました。それでも……彼の覚悟の強さを前に、止めることができなかった」


 一瞬、言葉を区切り、そして私は顔を上げた。曇りがちな陛下の表情を、少しでも晴らすように。


「ですが、どうかご安心ください!」


 意識して、声を明るく張る。


「グレイ……いえ、グレイノースは、陛下が思っている以上の実力者です!」


 胸を張り、思い出す。


「何せ――この私から、一本取ったほどですから!」


 その言葉に、セリオディアン陛下ははっと顔を上げた。わずかに目を細め、興味深そうな表情で私を見る。


「ほぉ……」


 低く、含みのある声。


「お主から、一本取った……とな?」


 確かめるような口調に、私は迷いなく頷いた。


「はい。彼の戦いのセンスには、正直、目を見張るものがありました。間合いの詰め方、攻防の切り替え、状況判断――剣を握る者として、あれほどのセンスを持つ者はそう多くありません」


 言葉を選びながら、続ける。


「それに……彼の剣術も、見事でした」


 その瞬間、私の中に、戦いの記憶が鮮明に蘇る。


「型に囚われない、我流の部分は確かにありました。ですが、その根幹には……」


 私は、はっきりと口にした。


「ラナリア騎士団で用いられる、アルセリオン流剣術を確かに感じました……」


 その瞬間だった。


 陛下の口元が、わずかに――本当にわずかだが、嬉しそうに緩んだのを、私は見逃さなかった。


「陛下……」


 静かに、だがはっきりと問いかける。


「彼に剣を教えた、グレイノースの父君――マグナス殿は、一体何者なのですか?」


 陛下は一瞬、言葉を失ったように視線を宙へと向けた。遠い記憶を手繰り寄せるように、ゆっくりと息を吐く。


「ああ……マグナスはな――」


 その時だった。


 ――バンッ!!


 雷鳴のような音と共に、玉座の間の大扉が勢いよく開かれた。


 私と陛下は、思わず同時にそちらへと視線を向ける。そこに立っていたのは、鎧姿の衛兵だった。息を切らし、肩で荒く呼吸をしながら、明らかに切迫した様子で立ち尽くしている。

 ただならぬ気配に、私の背筋が自然と強張る。陛下もまた、険しい表情で玉座から身を乗り出した。


 衛兵は喉を鳴らし、震える声を押し殺すようにして――


「た、大変です、陛下!!」


 焦りを滲ませた強い口調で、そう叫んだ。その声は、ただ事ではない事態の到来を、はっきりと告げていた。


「申し訳ありません!急ぎ、緊急のご報告があります!」


 衛兵の切迫した声が、玉座の間に鋭く響いた。

 私と陛下は同時に眉をひそめ、その場の空気が一段と張り詰める。


「先ほど――誘拐されてモデリスク王国から逃げてきたと言う者たちが城門前で保護されました!この国の子供たちも含まれているとのことです……」


 その報告が口にされた瞬間、玉座の間から音が消えたかのように、空気が凍りついた。


「そして……その子供たちの中の一人が、どうしても陛下に直接お伝えしたいことがあると申しております」


 衛兵は一瞬だけ言葉を切り、覚悟を決めたように続けた。


「無礼を承知の上での願いですが……その者を、玉座の間へお通ししてもよろしいでしょうか?」


 その問いに、陛下は一瞬目を見開いた。だが、すぐに王としての冷静さを取り戻し、低く、しかし力強く命じる。


「かまわん。――すぐに通せ」


 即断だった。

 迷いは一切ない。


「はっ!」


 衛兵は深く敬礼すると、踵を返し、慌ただしい足取りで玉座の間を後にした。


 扉が閉まった後、私は無意識のうちに小さく息を吐いていた。


「一体……モデリスクで、何が起きているというのでしょうか……」


 自分でも気づかぬほど低い声だった。それに応えるように、陛下は腕を組み、ゆっくりと視線を落とす。


「分からん……」


 苦々しさを滲ませた声。


「エルディオンが、何を考えているのか……それが見えぬ。加えて、最近は城下にモデリスク出身の冒険者が増えているという報告もある」


 陛下は一度、私を見る。


「偶然とは思えん。だが……」


 再び視線を前へ戻し、静かに言葉を結んだ。


「すべては、モデリスクから逃げてきたというその子供の話を聞けば、はっきりするだろう」


 その言葉が、玉座の間に重く響いた。


 私と陛下の間に、再び沈黙が落ちる。

 だが先ほどとは違う。


 この沈黙は――

 

 嵐の前の、不吉な静けさのように私は感じていた。





ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


次回

第96話 無垢の代償


【明日19時】に更新予定です。


引き続き

モデリスク王国 侵攻編を進めていきます!


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