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第10話 平穏と呼ばれる安らぎの時




 目の前に立つ、大きな背中――。

 父、マグナス=リオンハーツが満身創痍(まんしんそうい)の体で、それでも俺を守るように、大剣を前へ突き出していた。


『逃げろ! グレイ!!』


 声は(かす)れているのに、決意だけは鋼のように強い。父はその身を削りながら、俺の知らない“何か”へと突き進んでいく。


 ――俺は、その場で立ち尽くすことしかできない。


 無力だった......。


『父さぁぁぁぁん!!!』


 喉が裂けるほど叫んだ瞬間――世界が裏返るように意識が引き戻された。


 ―――――


 ―――――


 ―――俺は勢いよく目を開く。


 視界に飛び込んできたのは、見覚えのない天井(てんい)。知らない部屋。そして、身体が沈み込むほどフカフカのベッド。


 急いで上体を起こし、周囲を確かめる。


 白を基調とした広い室内。

 触れたら傷がつきそうな高級品の家具。

 空気にはほのかに甘い花の香り。


 そして―――部屋の入口には、メイド服の女性が一人、完全に固まったまま俺を見ていた。


 王城......いや......。

 

 それ以上の“特別な場所”を感じさせる空気。


「ここ、どこなんだ?」


 呟いたその瞬間。メイドの女性の目が、ぱちんと大きく見開かれ――


「えっ……えっえ!?ええええええーーっ!!?」


 耳が跳ねるほどの悲鳴を上げ、ドアをバンッ!と開け放ち、廊下へ全力疾走で消えていく。一人取り残された俺は、状況が飲み込めず、ただベッドの上でぽつんと茫然(ぼうぜん)と座り込む。


 その数分後――――ドタドタドタッ!!


 まるで小さな地震のような足音とともに、数人が慌ただしく部屋へ雪崩れ込んできた。先頭にいたのは、ローブをまとった初老の男性。立派な(ひげ)を揺らしながら、鋭い目でこちらを確認している。その横には――黄金の鎧を身にまとった騎士。


 俺を救ってくれた、あの人だ。


 さらにその後ろには、無数の兵士たちがずらりと並び、まるで何かの警備隊のように部屋へなだれ込んでくる。その光景に目を奪われ、戸惑っていると、黄金の鎧を纏った騎士が、俺の目の前に堂々と立った。


「初めまして!私はこのラナリア王国を守護する騎士。王都アルセリオンの騎士団長を務めている!ライエル=アウルオンだ! よろしくな!」


 金髪のその男は、眩しいほどの爽やかな笑顔で手を差し伸べる。俺は迷わずその手を取り握る。


「俺は、グレイノース=リオンハーツです!助けてくださり、本当にありがとうございます!」


 その凛々(りり)しい風貌(ふうぼう)に、自然と背筋が伸びる。普段、敬語なんてほとんど使わない俺の口も、今日はぎこちなく震えていた。


 ――ん?王都アルセリオン?

 まさか.......?


 俺はゆっくりと、初老(しょろう)の男性に視線を向ける。よく見ると、威厳(いげん)に満ちた雰囲気が漂っていた。そして、初老の男性はゆっくりと俺に近付く。


 周囲にいた者たちも、一斉に膝をつく。


「我は、この国ラナリアの王セリオディアン=ラヴァニウスだ―――」


 その名を聞いた俺は口を開いたまま唖然とした。


 やっぱり....... 。


 驚きと衝撃が、全身を走り抜ける。


「は......初めまして!俺……いや、私はグレイノース=リオンハーツと、も、申します!」


 慌ててベッドの上で正座し、頭を深く下げる。

長年、父と剣の稽古ばかりしてきた俺に、正しい作法など身についているはずもない。


 これで本当に合っているのか―――胸が不安で押し潰されそうだ。


 ラヴァニウス王の視線が、目に見えぬ圧力のように俺の胸を突き刺す。その重みに自然と背筋が伸び全身の力が引き締まる。俺をみる国王の顔が一瞬だけ強張ったように見えた。


 少しでも非礼があれば―――し、死刑.....。


 頭の中でその言葉が何度も反響する。額からは冷や汗がじわりと伝い、手のひらまで湿っていく。

 目の前に立つ国王――ラヴァニウスの視線は、とても重く、無言の圧力となって俺を押さえつける気がした。その静寂の中、国王はゆっくりと口を開いた。言葉は低く、しかし確かな威厳を伴い、部屋中に静かに響く。


「他の者は皆下がってよい……ライエルは残っていてくれ」


 その瞬間、俺は思わず息を止めた。騎士もメイドも、一瞬の間を置き、全員頭を下げながら部屋を出ていく。


 残されたのは.....国王、アウルオン、そして俺だけ――。


 沈黙が部屋を包む。時間が止まったように、の鼓動だけがやけに大きく感じられる。

 

 だが、次の瞬間――

 

 国王の口から豪快な笑い声が響いた。


「はっはっはっっはっはっ!」


 その声は今までの重圧を打ち消すかのように明るく響き、部屋の空気を一気に変える。

 その状況に、俺は目を見開くばかり――。


「え……あ、あれ……え?」


 戸惑いで言葉が詰まり、頭の中が真っ白になる。国王は深く息を吐き、柔らかい表情で口を開く。


「すまん、すまん……そう気張(きば)らず、楽にしてくれ」


 俺の体から、緊張の糸がゆっくりとほどけていくのを感じた。俺は思わず大きく息をつき、肩の力に抜く。隣に立つライエル=アウルオンは、笑いを必死に(こら)えながら涙目で口を開く。


「王、少し、くっく……からかいすぎですよ」


 ラヴァニウス王はにこやかに笑い、ライエルに向かって言った。


「いやぁ……思っていたより、グレイハーツの反応が面白くてな……」


 その後、国王の視線がゆっくりと俺に向けられる。そして、懐かしそうに微笑みながら口を開いた。


「やはり、マグナスに……似ているな……」


 その一言に、俺の胸は跳ね上がるようにざわめいた。驚きを隠せず、思わず食い入るように国王の顔を見つめて問いかける。


「え……!!父さんを、知ってるの!?」


 国王は静かに(うなず)き、柔らかく微笑む。その瞳には、俺と父の面影(おもかげ)を重ねるような温かい光が宿っていた。

 王は、遠くを見つめるようにゆっくりと言葉を紡ぐ。


「マグナスも冒険者になり立ての頃、ワシに会った時、緊張してまったく同じような反応をしておったな……」


 王の声には、昔を思い出すような温かな気配が差していた。わずかに目を細め、口元を押さえて微笑を堪える姿は、王であるはずなのに、まるで父親のような柔らかさを帯びていた。


 俺の父、マグナス=リオンハーツ。


 厳格で、凛々(りり)しい父の姿しか知らなかった俺にとって、その一瞬は未知の一面に触れたようで、胸の奥が少し暖かくなる。


「それにしても……一人でゴブリン・キングを倒すとは……マグナスの子らしいな……」


 その微笑みは――まるで父を知る者だけが向けられる、深い(ぬく)もりを(ふく)んだものだった。王は、どこか(なつ)かしむような目で俺を見つめている。

 俺は、自然と笑みが(あふ)れた。父の背中を追い求めて鍛錬してきた自分を、誰かに認められたような気がした。


「今後の騎士団の育成の参考にしたくてな……」


 王は視線を俺に向け、真剣な眼差しで続ける。


「どんな戦法で、どんなスキルを使って倒したのか、教えてはくれんかな?」


 俺の胸は張り裂けそうに高鳴る。


 スキル《転移》――まだ完全に理解していない、俺自身の力。その全貌(ぜんぼう)を、王に話していいのか。話したとしても、どうやって伝えればいいのか。


 口を開きたくても、すぐに言葉が出てこない。俺はその場で迷い、言葉を探し、悩んでいた。



本日も読んで頂きありがとうございます!

見づらいので今日から各話タイトル見直していきます


読んでくださった方、ブックマーク評価ありがとうございます!


これからも毎日投稿していくのでよろしくお願いします!

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