第七章 交わる影 ― 時の狭間に立つ者たち ―
朝の始まりを告げる光が、白瀬家の庭を淡く照らしていた。
葉の表面に光が反射し、まるで小さな星が散っているようにゆらめく。
離れの縁側に座った紗菜は、タブレットに映る登校用の自動運転シャトルを見つめていた。
透明なドアが開き、AIが柔らかい声で告げる。
「白瀬紗菜さん。今日も安全な登校を。」
紗菜は乗り込む直前、ちらりと離れの方を見た。
障子越しに見える影――桐生遼は、すでに起きている。
(……今日も、大丈夫でありますように)
胸の奥に小さな祈りを残して、紗菜はシャトルに乗り込んだ。
そのころ遼は、ゆっくりと庭を歩いていた。
まだ完全ではないが、体はほぼ回復している。
風に揺れる木漏れ日を見上げていると、空を横切る細い光が目に入った。
――ドローンだ。
白い光の点が、規則的に空を走っている。
「……監視か」
彼の声は小さく、しかし確かな不安を含んでいた。
放課後。
紗菜が帰宅してシャトルを降りた瞬間、制服のポケットのスマホが震えた。
【トレンド更新:#ゼロ戦の青年(急上昇)】
うんざりするほど見慣れた通知。
けれど、開かずにはいられない。
再び炎上していた。
遼らしき影をAIが解析して、勝手に「生成映像」と断定した投稿。
逆に「本物だ」と主張する人の長文考察。
紗菜のあの投稿の切り抜き動画。
(どうして……どうして消えてくれないの)
胸がぎゅっと締め付けられる。
家に入る前、何気なく空を見上げた。
今日も、ドローンが二機、規則的な軌道で移動している。
(……なんで、こんなに増えたの?)
嫌な予感が胸に刺さったまま、紗菜は玄関へ向かった。
離れに戻ると、遼は机の前で硬い表情をしていた。
壁のホログラムテレビでは、国会の中継が流れている。
議長の声、ざわつく議場――
その中で、一人の若い議員が壇上に立った。
天野蓮。
紗菜は小さく息を飲む。
「旧軍機の残骸から“操縦者の痕跡がない”という報告が出ています。
しかし政府は、恐怖や憶測ではなく、科学と人間性に基づいた対応をすべきです」
言葉は静かで、しかし強い。
「信じるかどうかより、“何を信じるべきか”。
国が向き合うべきなのは、そこだと思っています」
遼は無言のまま画面を見つめていた。
まるで、何かを思い出すような横顔だった。
「……遼さん?」
遼はゆっくりと息を吐き、言った。
「……あの男は、強い目をしているな。
戦場で、生き残る者の目だ」
その言葉が、紗菜の胸に深く刺さった。
夕方。
縁側で風に当たっていた紗菜の端末が急に警告を上げた。
【AI防犯システム:来訪者検知】
【識別不能の人物。注意が必要です】
紗菜の心臓が跳ねた。
慌ててモニターをタップすると、門の映像が映る。
スーツ姿の男――前回とは違う人物だ。
冷静で、表情が読めない。
(……どうしよう……)
震える手でドアを開けると、男は柔らかく微笑んだ。
「白瀬紗菜さんですね。防衛省・情報統制班の者です」
紗菜の喉が、ごくりと鳴る。
「旧軍機の残骸について続報がありまして……
調査にご協力いただければと思い、お伺いしました」
ゆっくりと、しかし確実に距離を詰めてくる。
「この近辺で“体温の異常反応”が検知されましてね。
念のため、確認を――」
その瞬間。
離れの影が、かすかに揺れた。
(やばい……!)
「ち、父は今出張で! 私も何も……!」
紗菜の声は震えていたが、男は微笑を崩さない。
「そうですか。それでは、また改めて伺います」
名刺を置き、静かに去っていく男。
その背中が見えなくなった瞬間、紗菜は膝から崩れ落ちた。
離れの障子が開いた。
遼が立っていた。
「……俺の、せいだ」
落ち着いた声の裏に、深い罪悪感が滲む。
紗菜は首を振った。
「違う……違うよ……!
遼さんが悪いんじゃない……!」
目の奥が熱くなる。
遼がそっと視線を伏せ、言った。
「俺は……ここにいるべきじゃないのかもしれない」
「いていいよ……
“いてほしい”んだよ……」
紗菜の声は震えていたが、はっきりとした強さがあった。
夜。
庭に座り込んだ紗菜の隣で、遼も静かに空を見ている。
月明かりに照らされた二人の影が寄り添う。
「君が助けてくれた理由を、俺は……まだ見つけられない」
遼がかすれた声で言う。
紗菜はゆっくりと答えた。
「……きっと、“今を知るため”に来たんだよ」
遼の表情が、少しだけ緩んだ。
「なら……
もう少しだけ、この空を見ていてもいいか?」
紗菜は静かに頷いた。
遠くの空をドローンが通り過ぎる。
監視の光と、星の光が、ゆっくりと交差していった。
その頃――。
都内の議員会館。
天野蓮は一人、窓の外の夜景を見つめていた。
ホログラムで流れるニュースには、例の残骸が映っている。
蓮は小さく呟いた。
「……もし本当に“時代の迷子”がいるのなら。
その命は、国のものじゃない」
窓に映る彼の瞳は、
未来を信じた青年と同じ光を宿していた。




