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第六章 揺れる青 ― 秘密の行方 ―

朝の光が、庭の木々をやさしく照らしていた。

 蝉の声がかすかに混じる。夏が近い――そう感じさせる匂いだった。


 縁側に腰を下ろした紗菜は、麦茶の入ったコップを両手で包みながら、

 離れの方へ目をやった。

 木戸が少し開いていて、その向こうに遼の姿が見える。


 彼はゆっくりと庭の砂利道を歩いていた。

 まだ足取りは不安定だが、以前よりずっと穏やかな表情をしている。

 朝の光を受けたその横顔には、どこか懐かしい静けさがあった。


 「……おはようございます」

 紗菜が声をかけると、遼は一瞬まぶしそうに目を細め、

 「おはよう」とだけ答えた。


 庭の風鈴が鳴る。

 穏やかな風が吹き抜ける中、遼は手にしたスマホを見つめていた。

 紗菜が貸したものだ。

 だが、操作方法を教えても、どうしてもぎこちない。


 「……これで人と話せるのか?」

 「うん。画面越しに、顔も見ながらね」

 「……戦の時代に、こんなものがあったら……」

 遼は苦笑しながら、息を吐いた。

 「君たちは、これを“平和”と呼ぶのか?」


 紗菜は少しだけ考えて、

 「ええ。でも……きっと、完璧じゃないです」と答えた。


 遼は静かに笑った。

 その表情は、ほんの少しだけ寂しそうだった。


 ――昼下がり。


 リビングのテレビから、ニュースの音が流れる。

 > 《静岡県山中で発見された旧軍機の残骸。

 > 搭乗者のDNA反応、一致せず――防衛省「不明者の痕跡なし」》


 紗菜は安堵の息をもらした。

 「……よかった……見つかってない」

 しかし、遼の顔はかたくなっていた。


 「……見つかっていない、か。

 “わからないもの”ほど、軍は恐れる。

 存在を確かめられぬなら、消そうとする。」


 その言葉に、紗菜は息を呑んだ。

 ニュースの画面には、笑顔のキャスターが映っていたが、

 彼の瞳には遠い戦場の影が映っているようだった。


 放課後。

 紗菜のスマホが震えた。

 友人からのメッセージには、「#ゼロ戦の青年」が添えられていた。


 ――SNS上で再び話題になっていたのだ。

 投稿が転載され、動画に切り取られ、知らぬ誰かの手で加工されていく。

 「フェイクじゃないの?」「あの人、どこから来たの?」

 コメント欄が無数の推測で埋め尽くされていた。


 紗菜は唇を噛み、スマホを伏せた。

 (私の……せいだ)

 ただの小さなつぶやきのつもりだった。

 けれど今、それは世界のどこかで波紋を生んでいる。


 夜のニュースが、静かなリビングを照らした。

 そこには、街頭に立つ一人の若い政治家の姿があった。


 一人の記者が蓮に問う


  記者:「“ゼロ戦の青年”の噂について、どうお考えですか?」

  蓮:「信じるかどうかよりも――

     “何を信じたいか”が、大事なんです。」


 拍手が起こり、画面越しに人々の笑顔が映る。

 紗菜は、テレビを見つめたままつぶやいた。

 「……この人、知ってる気がする」


 その横顔を見ていた遼が、静かに問う。

 「……あの男は?」

 「天野蓮。共生党の党首。まだ三十代前半です。」

 「……若いな」

 遼の声に、少しだけ感情が混じった。

 それは、遠い戦場で仲間を失った男の、どこか誇らしい響きだった。


 その夜。

 玄関前に、車のライトが差し込んだ。

 紗菜はカーテンの隙間から外を見る。

 一人のスーツ姿の男が門の前に立っている。


 「防衛省の者ですが……白瀬鷹臣先生のご家族の方ですか?」

 心臓が跳ねた。

 男は穏やかな笑みを浮かべながら言葉を続けた。

 「旧軍関連の調査で、この辺りに不明者の痕跡があると伺いまして……

  ご協力をお願いできればと。」


 「……父は、今、出張中で……」

 「そうですか。失礼しました。」


 男が去ったあとも、しばらく外灯の光が消えなかった。

 その間、紗菜はドアにもたれかかり、呼吸を整えようとしていた。


 離れでは、遼が静かに身を潜めていた。

 彼は、何も言わず、ただ闇の中で手を握りしめていた。


 ――夜更け。


 庭には、風が吹いていた。

 月が白く輝き、木々の影が揺れている。


 縁側に並んで座った二人は、しばらく言葉を交わさなかった。


 「……君が助けてくれた意味を、俺はまだ見つけられていない。」

 遼の声は、かすかに震えていた。

 紗菜は空を見上げたまま答えた。

 「きっと、あなたは“今を知るため”に来たんだと思います。」


 遼はゆっくりと微笑んだ。

 「……なら、もう少しだけ、この空を見ていたい。」


 風がふっと止み、夜の音が戻る。

 遠くの街の明かりが、まるで星のように滲んでいた。


 テレビのニュースが、無人のリビングで流れている。

 > 《共生党、支持率上昇。若者層からの共感拡大――》


 誰もいない部屋で、画面の光だけが静かに瞬いていた。


 ――時代は、静かに、しかし確実に動き出していた。


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