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第二章 青すぎる空

――風が、違う。


 桐生遼は、ふと目を開けた。

 白く霞む光の中で、視界が揺れる。

 金属の匂いと、焦げたオイルの臭気が鼻を突いた。

 耳鳴り。

 ……そして、静寂。


 「……生きてる?」


 震える手で操縦桿を握る。

 零戦の計器はすべて狂っていた。高度計は空回りし、羅針盤は意味を成さない。

 だが、空は――。


 空は、あまりにも青すぎた。


 彼の知る戦時の空は、煙と火の色に満ちていた。

 いま見上げるその蒼は、限りなく澄み切っていて、雲ひとつない。

 まるで、誰も戦っていない世界のように。


 遼は呆然としながら、雲の切れ間から地上を見下ろした。


 「……なんだ、あれは……」


 彼の眼下に広がっていたのは、見たこともない巨大な都市だった。

 建物は天を突くほど高く、道路の上には無数の光が流れている。

 まるで、空そのものが街になったかのようだった。

 地平には、ガラスのように輝く湾と、空を飛ぶ無数の機械――。


 「……飛行機? いや、違う……翼が、ない……」


 遼の零戦のエンジンが悲鳴を上げた。

 油圧が落ち、針が赤に振り切れる。

 燃料は、もう尽きる。


 「くそっ――!」

 彼はスロットルを引き、機体を制御しようとした。

 が、コクピットが激しく揺れ、左翼が軋む音を立てた。


 眼前に迫る山影。

 遼は歯を食いしばり、機首を無理やり上げた。


 「……頼む、もう少しだけ、飛んでくれ!」


 零戦は木々をなぎ倒しながら斜面に突っ込んだ。

 爆発音。

 衝撃。

 そして、闇。


 どれほど時間が経っただろう。

 微かな風の音と、木漏れ日。

 遼は顔に触れる草の感触で、ようやく意識を取り戻した。


 「……ここは……」


 周囲には、静かな森。

 小鳥の声と、風に揺れる葉の音。

 だが、そこにあるはずの“戦争の匂い”がない。

 爆音も、警報も、死の気配も――何もなかった。


 遼はふらつきながら立ち上がり、機体の残骸を見つめた。

 翼は折れ、プロペラは地面に埋まっている。

 しかし、不思議なことに、爆発の痕はなかった。


 「……ここは、いったい……」


 そのとき。


 背後から、草を踏む音がした。


 「きゃっ……!?」


 振り返ると、そこに一人の少女が立っていた。

 制服姿。肩まで伸びた髪。

 目を丸くして、遼と零戦を交互に見つめている。


 「……あの、それ……映画の撮影ですか?」


 「……え?」


 少女は一歩近づき、手に持った端末を構えた。

 「すご……ホンモノみたい……!」


 遼は意味がわからず、戸惑ったまま口を開いた。

 「君……ここは、どこだ? ここは鹿屋か?」

 「かのや……? えっと……ここは、富士の山の近くですけど……」


 富士。

 彼の頭に、一瞬で血が上った。


 「富士山……!? どうして俺は、こんなところに……!」


 少女は慌てて両手を振った。

 「ちょ、ちょっと待って! ケガしてるじゃないですか!」

 そう言って駆け寄り、彼の腕を掴んだ。


 その手の温かさが、現実を引き戻した。


 「私は――白瀬紗菜。近くの高校に通ってます。あなたは……?」

 遼は唇を震わせながら、答えた。

 「桐生……桐生遼だ。」

 「キリュウ……リョウ?」


 彼女の声が、どこか懐かしく響いた。


 「……ここは……日本、なんだな。」

 「え? もちろん。……でも、変な人ですね。」


 遼はふと空を見上げた。

 青い、どこまでも青い空。

 その空には、かつて彼が命を賭して守ろうとした国が、確かに生きていた。


 「……生きて……いたんだな……」


 その呟きは、風に溶けていった。

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