プロローグ ― 遙か彼方の空へ ―
風が、頬を撫でていった。
鹿児島・鹿屋の夜は、思いのほか静かだった。遠くの海鳴りと、風に揺れる竹の音。
空には満天の星が広がり、その光は、今にも落ちてきそうなほどに近かった。
桐生遼は、格納庫の脇に腰を下ろし、夜空を見上げていた。
星々の向こうに、どんな未来があるのだろうか。
世界は焼け、仲間たちは笑いながら明日を捨てていく。
――だが、それでもなお、心のどこかで「明日」を信じていた。
「おい、まだ寝てねぇのか、遼!」
背後から声が飛んだ。渡瀬司――同郷であり、同期の特攻隊員。
陽気な声とは裏腹に、その瞳の奥には、確かな覚悟が宿っていた。
「寝られるわけないだろ。……明日だぞ。」
「だから寝とけって。寝不足で突っ込む特攻隊員がいたら笑いもんだ。」
司は無理に笑ってみせる。その笑顔を、遼はまぶしそうに見つめた。
「なぁ司。お前、怖くないのか?」
「怖ぇよ。当たり前だ。でもな……」
司は夜空を指差した。
「俺たちの命も、未来で誰かが笑えるなら、無駄じゃねぇ。」
その言葉に、遼は静かに頷いた。
彼の胸の奥で、何かがそっと灯った気がした。
――もし、生まれ変われるなら。
――戦争のない日本を、この目で見てみたい。
その祈りは、誰にも聞こえないほど小さな声だった。
けれど、確かに空の彼方へと届いていた。




