決してトイレを使ってはいけない部屋
しいなここみさま主催の「この部屋で○○してはいけない企画」参加作品となります。
親友の美沙が一日だけマンションの部屋を留守にするというので、私が留守番をすることになった。
留守番とはいっても、実はお願いしたのは私の方だ。 彼女の豪華な超高層マンションの部屋にぜひとも住んでみたかったのだ。
「置いてあるものは動かさないでね。 ゲーム機は好きに使っていいわよ。 蛇口も好きにひねってね。 猫とも好きに遊んで。 スマホも見ていいわよ。 オ・ナラだってその辺にしていいし、カブトムシで遊んだって構わないわ」
私を連れて、美沙は部屋の中を案内してくれた。 のはいいんだけど、その許可は何なの? 言われなかったら私に蛇口をひねる権利はなかったのかとか、私はスマホも弄っちゃダメだったのかと思うと、ちょっと早まったかな、なんて思わなくもない。 というか、何でカブトムシ?
「汚したらちゃんと掃除してね? ベッドのシーツは私が帰るまでに取り替えて」
「男なんか連れ込まないわよ」
私はそんなつもりは本当にないのだ。 むしろそんな目で見ていたのか、親友。
私はちょっぴり悲しくなった。
「ただ、いつもの安アパートとは違う暮らしがしてみたいだけだから」
美沙はキッチンへ案内すると、大きな冷蔵庫を開けた。
ウチに置いてあるのとは違う、大容量観音開きのお高い冷蔵庫。 一人暮らしでこんなの必要ないんじゃないの?
「中に入ってる食料品、自由に食べていいわよ。 賞味期限の近いものから片付けてね?」
開けられた冷蔵庫の中を見て、私は盛大に驚いた。
「高級食品がいっぱい! これ、好きに食べていいの?」
「うん」
ああ、彼女は親友だ。 紛う事なき親友なのだ。 私は歓喜した!
「えいどりああああああああぁぁぁぁぁん!!!」
「…………防音にはなってるけど、変な噂の立ちそうな事は止めてね?」
呆れた様に言いながら美沙がリビングに戻ったので私もその後を追う。 この気持ちを理解してくれないの、親友。 解せぬ。
「それともうひとつだけこの部屋でして欲しくない事があるの」
「家具の配置換えなんてしないけど、それ以外にって事?」
「うん。 そこのトイレは使わないで欲しいの」
「……………………え?」
脳みそがその言葉をうまく聞き取れなかった様だ。 トイレを使うなと聞こえたが、そんなわけはないだろう?
「そこのトイレは使っちゃダメ」
だが美沙の言った言葉は無情にも同じものだった。
「………………え? 何で? え? 何かの変態プレイ?」
故障中と聞かずに、プレイが出てくる私も大概どうにかしている気がするわ。
「何でよ。
私も使ってないの。 使うのなら一階のトイレを使って」
一階には管理人室の近くに集合トイレがある。 何故かある。 不思議だがある。
「美沙…………ここ二十四階よ?」
「知ってるわ。 頑張ってね」
「使ったら…………どうなるの?」
私の言葉に美沙は恐ろしい程目を細めて、口元だけで微笑んで見せた。
「どうなると、思う?」
その時の彼女の瞳に、私は心底恐怖した訳で……ぶっちゃけちびりそうでした!
美沙はそれだけ言い残すと、一日分とは思えない程バカでかいトラベルバックを引いて部屋を出て行った。 何処に行くんだ、親友。 ここにいる友人はそんな事も聞いてなかったよ、親友。
ともあれ、私は早速冷蔵庫を開けた。
素晴らしいお宝をさっき発見していたのだ。
金座万引屋のフルーツタルトである。
シャインマスカットを始め、お高い旬のフルーツを「これでもか!これでもか!」という程ふんだんに使い、クリームは北海道産生乳と老舗メーカーの和三盆などから作ったきめ細かく滑らかなクレーム・フランジパンヌをたっぷりと。 そんなタルトは定価が五桁近いというとんでもない代物だ。
これを、喰う!
言質は取ったのだ。 ならば遠慮など無用!
切るのももどかしく私は大口を開け、
「うんまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!」
私の雄叫びが木霊し、猫が逃げていった。
それは美沙の仕掛けた罠だったのだろうか?
このタルト、賞味期限が過ぎてるわ!! 一週間ほどなっ!
美味しかったのに! ちょっと酸味が利いてる気がしたけど!
ぎゅるるるるっ
くっ……。
脂汗が止まらない……!
ぎゅるるるるるるるっ
おなかを押さえてもどうにもならず、お尻を押さえて足を進める……!
これで、この状態で一階に辿り着けるのっ!?
――無理!! 絶対もれるっ!!
(美沙! ごめんっ!)
私はトイレに駆け込んだ!
使っていなかったというそのトイレに猛烈なゲリダ豪雨が吹き荒れる。 まるで新雪を踏み荒らす様なその行為に私は興奮を……覚える事もなくただひたすらに雨が止むのを祈っていた。
猛烈で強烈なその豪雨は私のお尻に深刻なダメージを与えてきたのだ。
(これが……自然災害……ああ……堤防が、決壊する……)
そんな訳の解らない感想がちらっちらっと脳裏を過ぎっていく。
だが、雨は何時か止むものだ。
私はゲリダ豪雨による警報が止んだのを確認し、ようやく一息吐く。
被害は甚大だった。
特に美沙が帰ってきたときのことを考えると気が重い。
だけど、今は身を休めよう。
戦いは終わったのだ。
私はウォシュレットのおしりボタンを押した。
――ズドンッ!!!
「はう!!!!!?????」
何かがお尻に突き刺さる様な痛みに私は混乱した。
これは――水流か!? 水流がまるで水竜の如くとんでもない勢いで突き上げてくる!
――止めなければ!
そう思った時、水の勢いは更に強くなった。
――ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド……!!!!!
猛烈な勢いの水が私のお尻を「これでもか!これでもか!」と突き上げる。 ああ、こんな「これでもか!」なんていらないのに……!
「あ……あああああああああああああっ!!!!!!!!」
気づけばわたしは空を飛んでいた。
水の、あまりに強いその勢いは私の身体を持ち上げ、天井を貫き、私を二十四階以上の高さから放り出したのだ!
可愛らしい、しかし激流に飲まれ真っ赤にはれ上がったお尻を丸出しにしたまま落下する私の耳元に、美沙の声が聞こえた気がした。
「だから使っちゃダメって言ったのに」
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