ドレスも宝石もいりません。土地をくださいお父様
春爛漫。薔薇が盛りを迎えんとする中庭での我が公爵家でのお茶会。
婚約者そっちのけで妹のアンジェリカと談笑する第二王子 レイモンド。
魚が死んだ目でそれを見る私 、メアリー スカイスクレイパーだったが。我慢に我慢を重ねた忍耐が切れ。扇子をぎりぎりと握りしめて椅子から立ち上がり。扇子を振り上げようとしたその時。
私の頭の中に一気に知らない人の記憶が入ってきたの。
「あっ………」
「「「メアリーお嬢様!」」」
立ち眩みで回る世界。やってきた衝撃と固い地面の感触に、私は倒れて気絶したらしい事だけがわかった。
◇ ◇
自室で目が覚めた時には、もう夕方。誰もいない部屋の中で私が、前世で日本人女性だったと思い出したの。私はいわゆる喪女で恋愛に興味が無く小説ばかり読んでいた。歴史小説が、特に平安時代の歴史物が大好きだった。
なのに。今の私はベッドに寝かされている。猫足のついた優美な家具。ミント色のカーテン。天井には天使の壁画がほどこされている。
「どうみても西洋な世界よね。」
神よ、チート発揮できそうにない私にどうしろと言うのですか。
改めて気絶した。
朝、侍女に支度される中で鏡で見る私 メアリー スカイスクレイパーは真っ直ぐな栗毛に深い青い瞳。顔立ちは整っているけど、良くて綺麗系。でも可愛らしさは無い無表情な顔。前世の私を思い出したからかしら?
お父様も無表情だから、そうでもないか。
お母様は二言目には私を可愛げがない、アンジェリカを見習って少しは笑いなさいと言うばかりで。妹のアンジェリカを可愛がってばかり。
アンジェリカはお母様そっくり。波打つ金髪できらきらした空色の瞳の絶世の美少女だもの。
お母様がなんでもアンジェリカの思う通りにさせるものだから。アンジェリカは私の物を奪うようになった。
はじめは、お菓子。それから服におもちゃに。アクセサリー。
あの子はあれでも賢いからちょっとした物しか欲しがらなかった。私もおねだりする姿が可愛らしくて妹を甘やかしたわ。
しかし、婚約者のレイモンド王子に対しては違った。一目見た時からレイモンド王子が気に入ったアンジェリカは機会があればすぐにレイモンド様に話しかけては引っ付いていく。レイモンド様も満更ではない様子で。今では私を無視して二人で仲良く話しこむようになった。
私がレイモンド様にやんわり抗議しても「君の妹だろ?将来の家族だから無下にできないよ。君も会話に加われば良いのに。」と言われる。
私が会話に加わればアンジェリカは不満そうな顔で私を睨むし、レイモンド様は「メアリー、私は今アンジェリカと話をしているんだよ。嫉妬は見苦しいよ」なんて言う。
アンジェリカが私から奪ったレイモンド様のプレゼントの髪飾りを着けてきても「メアリーよりもアンジェリカに良く似合うね」と言って済まされる。
私は両親と違って優しいレイモンド王子が好きだったから辛かった。だからアンジェリカには譲れなかった。
我慢できずに癇癪をおこせば妹はこれみよがしに泣き。レイモンド様は「妹を苛めるなんて君は酷いな」と呆れられた。お母様には折檻された。
でも。前世の記憶を取り戻した私は思う。婚約者の妹に適切な距離感とれない婚約者、本当に必要?なんならアンジェリカと結婚させて公爵家継がせてもよくない?
そもそも、私が 公爵家継ぐ必要あるかしら?お母様はアンジェリカばかり甘やかして私だけに辛くあたる。婚約者を欲しがる妹に、無関心な父。
こんな家族を養う為に私は公爵家の跡取り教育を頑張ってきたの?
将来、レイモンド様とは白い結婚になるだろう。公爵家を形ばかり継いで、あの贅沢好きで私を愛さない母親と将来の姉の夫を寝とる気満々の妹と寝とられる気満々の男の為に生涯、馬車馬みたいに働くの?そんなのごめんだわ。
それなら…。
「そう言えば。あの土地、変わった樹木が生えていると言ってたわね…。」
女性でも爵位が継承できる世界でよかったわ。私は改めて公爵領の地図と資料を調べ始めた。
◇ ◇ ◇
しばらくして。
私は婚約者の家である、王宮でのお茶会に呼ばれた。静養中は婚約者からは形ばかりのカードが届いただけ。見舞いと称して我が家に赴いて何度も妹と会っていたらしい。
両親よ、なぜ止めない。
ま、そういう事か。自分大好きで頭空っぽのお母様。お母様と末娘を御せずに仕事ばかりのお父様だもの。
「久しぶり、メアリー。身体が良くなってよかったね。」
「お久しぶりで…」
「レイモンド様、一昨日ぶりですね!」
挨拶している途中でなぜか同行してきた妹のアンジェリカが遮ってきて優越感丸出しの笑顔で私を見る。
アンジェリカ。公爵令嬢にあるまじき振る舞いに侍女達が微妙に顔をひくつかせているのが見えないのかしら。
どうしてお母様は妹をろくに躾せずに放置するのかしらね。公爵家の醜聞をばらまきたいのかしら?
「…殿下におかれましては、せっかくお見舞い頂いたのにお会いできず申し訳ございません。代わりに妹のアンジェリカの相手をして頂き殿下の優しさには感謝いたしますわ。」
「メアリー、殿下って…。レイモンド様と呼んでくれていたのに他人行儀な…。」
さらっと挨拶してお茶の席についたわ。
早速、二人だけの世界に入るレイモンド王子とアンジェリカ。
確かに、金髪で青い目の殿下と波打つ金髪で空色の瞳のアンジェリカ。麗しくてお似合いよね。見ているだけでお茶を美味しく頂けるわ、片方が私の婚約者でなければ。
あ、私の好きなショコラ味のフィナンシェ。さくっとした歯触りにふんわり漂うショコラの風味。美味しいわ。流石王宮ね。
「美味しいわ。」
「お口にあいましてよろしゅうございます。お茶のおかわりはいかがでしょう。メアリー様」
「お願いするわ。」
流石、王宮の侍女ね。気遣いが違うわ。
二人を放置してゆっくりとお茶を楽しむ私。全てを諦めるとこんなにも心穏やかに過ごせるのね。
ああ、こちらの世界でも空は青いのね。ここの一角だけ、自然を生かした薔薇やハーブを植えた英国式庭園でいいわ~。前世から美しい物を見るのは大好き。思わず笑みがこぼれる。
「お姉さま?」
「メアリー?」
気がつくと二人が訝しげに私を見ている。あら、せっかくの逢瀬に邪魔だったわね、私。お茶も堪能したしさっさと退散しますか。
「あ……。」
扇子で顔を隠してか細い声をだす。平安の姫君のように。
「申し訳ありません。少し目眩が…」
「お姉さま、大丈夫?」
あら、妹が珍しく心配してるわ。
「私、まだ病み上がりで体調が…。レイモンド殿下、お見苦しい所を御見せして申し訳ございません。御前失礼させて頂きますわ。」
「ああ、無理をさせてすまなかったね、メアリー。お大事に………」
アンジェリカを見る。
「アンジェリカ、いつもの様に殿下のお相手を頼みます。大丈夫、家の者も慣れているわ。迎えも言付けするから今日の内に帰ってきてね。」
「え、お姉さま…。」
「メアリー!な、何を言ってるんだ…。」
そうして、二人が呆気にとられている内にカーテシーをして退出したわ。
若干、王宮の人達の二人を見る目が冷たかったけど知ったことではないわ。
さて。兵は拙速を尊ぶというわ。公爵家に帰ってから、私は真っ先に父公爵に面会した。
ノックもそこそこに父の執務室に押しかけた。
「お父様、公爵家は要らないので少し土地を頂けませんか?」
父は書類に向けていた目をあげた。私そっくりな無表情な顔、深い青い瞳に不審を隠さなかった。
「メアリー、気でも違ったか?」
「いいえ。私、正気です。正気に返ったと言いましょうか。」
こうして、私は父にレイモンド王子とアンジェリカの事を話したわ。
でも父は無情だった。
「王家との縁談だ。簡単には覆せん。私は忙しい、下らないことを言ってないで退出してくれないか。」
少しピキッときたけど我慢だわ。
「アンジェリカも公爵家の令嬢です。跡取りとして問題ないのでは?」
父は呆れた目で言う。
「ろくに躾もできてないアンジェリカに公爵家は託せない。」
「躾をしてないのはどなただと?」
跡取りとして幼い頃から教育を受けた私と違い、アンジェリカはお母様が常に傍に置いて可愛がるばかりで教師がついている様子もない。
そんなアンジェリカに授業の復習と称して文字を教え礼儀作法を、勉強を教えたのは私。アンジェリカは喜んで身につけてくれた。あの子は決して愚かではないのだ。
スペアに。まして将来嫁に出すなら教育は必須だろうに、何を考えているこのボンクラが!
何かが切れる音がした。
「何をおっしゃいます。お父様。
アンジェリカこそ当主の器ですわ。
教育を受けていないにも関わらず、あの子は私の立ち居振舞いを見よう見真似で学んでおります。
もちろん公爵令嬢として、後継としては不十分でしょう。それでも王宮に赴いても叩き出されないのは最低限の作法を身につけているからです。
レイモンド王子の心を手に入れる情熱と人心掌握、何よりも人を惹き付ける美貌。お母様が絶賛する可愛げがあります。」
そんなに可愛い娘をなぜ教育をせずに放置する?姉の婚約者に手を出すなんて真似をさせる?愛人にさせる気か?
「見目よく才たけた娘に手をかけて教育をするのは貴族として当然の義務でございましょう?選択と集中。上に立つものとして当然の判断です。」
私の凍てついた眼差しにお父様はたじろいでいる。
「ええ。例え、姉娘を蔑ろにする血も涙もない公爵と言われても。血を分けた娘すら切り捨てる冷血だ当然身内も配下も切り捨てるだろう。そんな冷酷な公爵を担いで良いのかと言われてもやり抜くべきですわ。」
目が据わっていくのが自分でも分かるわ。
「ええ、大勢は変わりませんもの。今だって、頭空っぽで妹娘可愛さに暴走し躾せずに野生児のまま放置する公爵夫人をろくに制御できない無能、節穴と言われてますわよ。
奥方と末娘を褒めればいいだろ、チョロいカモだと足元見られてぼったくられても気がつかないお人好しと陰口を叩かれているのですから。」
最後にニッコリと笑ってやったらお父様は顔を真っ青にさせて冷や汗をかき出したわ。
「という訳で。私、メアリーは婚約者の妹に心を向ける未来の夫や、姉の将来の夫を寝とる気満々な妹、そんな妹を唆し応援する馬鹿な母親の為に身を削り働く気はございません。どうか後継はあなた方が可愛がるアンジェリカに。」
「そ、そんなメアリー。お前はスカイスクレイパー公爵家を見捨てるのか?」
私はため息をついた。
「ですから、あなた方の可愛い可愛いアンジェリカの教育を急げばよろしいではありませんか。死ぬ気で詰め込めばよろしい。あの子は後継になる頭はありますわ。それとも、王族とは言え無分別に婚約者の妹に手を出す男に公爵家の全てを託します?」
「そ、それは…。」
「宝石もドレスも要りません。ましてや公爵家も。土地を下さい、お父様。それとも。 もっと言いましょうか?」
そう言うとお父様は苦々しい顔をする。
「いや、勘弁してくれ。大人しいと思っていたメアリーが、私の母に中身まで似ているとは。」
お父様が私にそっくりなお祖母様を苦手にしていたのは知っている。
お母様がそんな私を嫌い抜いている事も。
「そうさせたのは、お父様とお母様ではありませんか…」
ポツンッと涙が床に落ちた。
「メアリー…。」
罪悪感を覚えたのか居心地がわるそうに顔を背けるお父様。でも。顔を上げて言う。
「お父様。大人しくて良い後継になれば、いつかお父様に振り向いて貰えると期待していたメアリーは消えました。立派な淑女になれば、いつかお母様に愛して貰えるかもと願っていたメアリーは死んだのです。あなた達のせいで。」
お父様はがっくりと項垂れた。
「せめて、私を哀れと思うなら。願いを叶えて頂けませんか?」
◇ ◇ ◇
こうして、私は公爵家後継とレイモンド王子の婚約者から外れる事になった。念願の土地を譲渡されて従属爵位を継ぎ、スカイスクレイパー女男爵となる。
領地で香木を見つけて。苦心の末に優しい香りを放つ線香や練り香で事業を起こすのはしばらくしてからである。
元婚約者がよりを戻そうと追いかけてきたのを撃退したり、泣きついてきた妹を叱咤激励するのは別の話。
なぜかしらね。皆、私とお話すると「怖い」って言って素直になるの。
改めて話し合いって大切だと思うわ。
最後までお読み頂きありがとうございます。
ブクマ、ご評価頂いた方々、イイネボタン押して頂いた方々ありがとうございます。ご感想頂き励みになります。また誤字報告頂き大変助かります。
4/16 [日間]ヒューマンドラマ 1位、 [日間]異世界転生/転移〔文芸・SF・その他〕 1位、になりました!
皆様のおかげです。感謝申し上げます。
続編あります。お暇な時にどうぞ。
「爵位も婚約者もお断り。天辺目指して、妹よ」