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2、「第一印象」が強すぎると、どうもなぁ?


 夏休み直前の登校日に、本を借りていった人が、同じクラスだったと気付いたのは始業日の四日前だ。

「あー、えーと」

 そう、確か、入学式の後の登校日に、窓際の後ろの方の席に座ってて、結構たくさんの人に囲まれて喋ってた。

 や……やま……なんだっけ。思い出せない。

 でも、あの顔は、はっきりと思い出せる。世間一般的に見ると、そんなにカッコいい部類に入る顔じゃない。そのはずなのに、身だしなみとか表情とか、いちいちちゃんと「意識してる」のが分かるのだ。嫌味でなく。

 すごいなぁ、と。ああいう男の子もいるんだなぁ、とほんのり思ったのが四月だ。そのあと全く思い出さなかったけど。

 でも、同じクラスだったのか。

 てっきり別のクラスだと思ってたから、見られた腹いせに、思いっきり突っかかったけど。……するんじゃなかったなぁ。

 志田くんへの対応は、間違ってたとは思わない。そりゃ、相手の言葉を途中で切って、失礼かな、とは思ったけど。

 ちなみに、初めて告られました。初めてです。最初です。

 相手のことを慮る余裕はこれっぽっちも御座いませんでしたとも。ええ、あれでもテンパってたんです、立派に。

 だから、あんな態度になっちゃったのは、情けなくも私に経験が全くなかったからなのだ。

 図星指されて怒った自分。でも、あの山なんとか君には、分かってほしいとまではいかなくても、察して欲しかった気もする。志田くんのことを、気持ちも含めて配慮してやれ、と言える彼なら。

 そして、他のクラスだったなら、こんなに気落ちすることもなかったはずなのに。

「……はー……」



 悶々としているうちに日は過ぎて、とうとう始業日になってしまった。

 あんまり意識しすぎて、かえって自意識過剰で思い過ごしだったらどうしようと思いながら、教室の扉を開く。

 ああ……いる。教室の前の方に。五人で喋ってる。相変わらず笑顔が眩しいなぁ。

「リンコおはよー」

「あ、おはよう、いっちゃん」

「あれ、リンコ、元気ない」

「ああっ、うんっ、何でもない!」

「あ、まさか、課題終わってないとか?」

「……違うよ」

 げんなりしながらいっちゃんの肩を押して、自分の席の方へと移動する。まだ余裕があるとはいえ、もう少しで始業だ。

 忘れてくれてると助かるんだけどなぁ、と思いながら、また教室の前の方にいる山なんとか君を見る。


 ばっちり視線が合いました。


 えーーー……えと。

 逸らせません。どうしたらいいか分かりません。

 困惑しきっていると、山なんとか君はふいっと視線を逸らしてくれました。そのまま男同士の談笑に再突入。

 助かった。けど、助かってない。

 あれは忘れてなどいない、きっと。



 夏休みが明けたら、すぐさま体育祭の季節だ。始業日から二週間後と言う強行スケジュール。やはりというか、さすがというか、こういう時だけ進学校だよなぁ、と思う。

「凛子、何かやるの?」

夕里ゆうりは?」

 たまたま後ろの席になった夕里が聞いてくる。女の子みたいな名前だが、立派な男の子だ。保育所からの腐れ縁で、彼の姉妹とも仲の良い私は、夕里を同級の癖に兄のように思っている節がある。実の兄よりはアレだ、扱いやすい。

「俺は……そうだなぁ、バレーとか?」

「ああ、無駄にタッパだけはあるもんね」

「凛子は去年と同じ卓球?」

「狙うよー、優勝!」

「……うん、存分に狙うといいよ、優勝としょけん

 うちの高校の何が良いって、進学校だからなのか、生徒に対するご褒美が基本的に図書券なのだ。生徒会が時たま思い出したように「お菓子」に変更したりするけど、そうなると私のやる気は急速に目減りする。

 今年は例年通り図書券でいく、と言う情報を生徒会平役員の友達からゲットした私は、いつになく元気だった。

 団体競技ならいざ知らず、卓球と言う個人競技なら、ご褒美独り占めだ。五百円分。コミックス一冊が浮くというのは嬉しい。

「あ、じゃあさ、大縄飛びで優勝したら図書券三万円分だっていうのは知ってる?」

「……なにそれ」

「あれ、知らなかったの? てっきり知ってると思ってたのに」

「全く何にも知らなかったわよ! 何それ、どういうこと!?」

「いや、どうもこうも何も、そのまんま。大縄飛びで優勝したクラスには図書券三万円がもらえるって。一クラス三十人だろ? 一人千円は当る計算なんだって」

 何でも、去年の学祭ですげー儲かったらしくて、予算余ってる分使い切らなきゃいけないんだってさ。運営上それくらいならいけるだろうってことなんだって。

 夕里の説明が意識して聞けない。

 勝たなきゃ。

 コレは――勝たなきゃ。



 「山なんとか君」は「山階君やましなくん」という名前だった。普通にその日の最初の出席で「山階青史やましなあおし」という先生の声に「はい」って答えてた。

 良かった。名前分かって。名前の分からない人に脅えたくない。

 うちのクラス、二年C組は、運動部経験者・在籍者が半分以上という、そこはかとなく体育祭優勝を狙えそうなクラスだった。女子も男子も意外としっかりしてる子が多くて、さっそく始業日の放課後、受験に疲れて鬱憤を晴らしたい三年のクラスに混じって、体育館で大縄飛びの練習をするという運びになった。

 長い縄に対して、二十八人のクラスメートがそこそこの間隔をあけて二列に並ぶ。中央部には、運動部所属の現役さんたちが陣取る。あれ、山階君も。確か彼は帰宅部のはず。

 ……大丈夫かな。



 私の不安は素晴らしく的中した。嫌な鋭さだ。

 山階君は三十分間の練習中、ずっと引っかかり続けた。そう言っても過言じゃないくらい引っかかってた。おかげでうちのクラスは今まで十回くらいしか飛べてない。

 でも、誰もマイナスなことを言わないのは、クラスの面子が大人なのか、回数の多さに呆れたのか。多分どっちもだ。

「すみませーん、そろそろ時間なんで」

 そう言ってきたのは、生徒会の書記か何をやってる一年生だった。体育館はもともと、バスケ部とバレー部が放課後の練習で使っていて、その練習前の僅かな時間を体育祭まで生徒会が管理しているのだ。各クラスに均等に大縄飛びの練習時間を持ってもらうために。

「んじゃ、今日はここまでにしようか」

 クラス委員の佐々木さんが皆に声を掛ける。彼女はバレー部に所属していて、背が高く、すっきりとした精悍な容姿をしている。女子高だったら人気が出そうなタイプ。

 そんな硬派な佐々木さんが、荻原規子を借りていったことは、恐らく私しか知らない事実だ。

「はい、解散! んで、明日も同じ時間に同じだけ練習するから、用事ある人は俺に言ってねー。んじゃ、おつかれさまー!」

 佐々木さんと双璧を成す朝岡君は、大沢在昌をよく借りていく。本の趣味はいいと思う。まあ、どうでもいいか……。

 帰ろうと思って、友達と一緒に壁に寄せていた鞄を取りに行くと、三人の現役運動部所属の友達を前に、拝み倒している山階君の姿が目に入った。しかし振られている。そりゃそうだ、三人とも現役。ということはむしろ、これ以降の時間が本番だ。

「リンコ帰ろー?」

「うん……」

 ちょっと図書館寄るわ、と私は夕里の首根っこを掴んで友達に言った。そして図書館に行って、すぐさま体育館に取って返すと、所在無げに立ちすくむ山階君が見えた。

「夕里、ちょっと付き合って」

「……ハイハイ」

 疲れたような夕里の声の雰囲気を敢えて察さずに、私は山階君に声を掛けた。

「どーも」

 にっこりと笑いかければ、山階君は狐につままれたような顔でこちらを見ていた。

「……どーも」

「練習付き合おっか? 私どうせ暇だし」

「へっ?」

「だから、練習するんだよね? 大縄の」

 どうやらあの並び順はあのまま固定らしーしね、と付け加えると、今度は怪訝な顔で私と夕里を見る山階君。

「何で?」

「えっ?」

「だから、何で練習付き合ってくれんの?」

 私は、浮かべられる最大級の作り笑いで、その問いに答えた。

「そりゃ、クラスメートが困ってるんだから、手助けするのは当たり前でしょ?」

 三万円のため。より直截的に言うなら、千円のためだ。

 バイトもしていない私にとって、クラスメートの大縄の練習にちょっと付き合うくらい、小遣い稼ぎと同じだ。後ろから夕里の胡乱な視線が投げ掛けられているのが分かるけど、分かるだけだ。

 私、嘘は言ってないもんねー。

 にこにこと、音でもしそうな笑顔で返事を待っていたら、「あー……」とちょっと困った声で頭を掻く山階君がいた。そして照れたような顔で私を夕里を見て、

「よろしくお願いしマス」

 と、頭を下げた。



 体育館のステージ上で、高跳び用のポールとバーを出して、ひたすらバーの左右を跳び続ける、という練習をした。体育館の使えなくなる時間まで、みっちりと。

 二人いれば出来る練習なので、「んじゃ、お疲れ」と、道具を出した時点で夕里は帰宅した。

 この重いポールを私一人で片付けろというのか、と視線で問いかけたら、

「あ、山階君、続木ってスタミナないけど、力はあるから」

 と訳の分からないフォローをして帰っていった。まぁ、確かに、百科全書五冊は持てるが。持てるがどうした。

「――81、82、83、84、85、はちじゅうろ」

 ガタン、とバーがポールから落ちる。山階君は肩で息をして、膝をつく。体育館にいる他クラブの人たちは、クールダウンや、道具の片付けにかかってる。

「今日はこれくらいにしよっか」

「……う、ん……さん……せい」

「おつかれ様。道具片付けてくるから、山階君はちょっと休んでなよ」

 言って、ポールを持つ。すると、いつの間に立ち上がったのか、山階君が汗をダラダラさせながらも、私からポールを取って、

「続木サンは、バーお願い」

 と、のたまった。

 私は若干モヤっとしながらも、言われた通りバーを持った。ポールより軽いのは当たり前だ。

 汗でちょっとだけ色の変わってしまった、山階君の青いTシャツの背中を見ながら、何でここまでやれるんだろうと思った。最初十回がせいぜいだったのに、三時間で百回近く跳べるようになったのは正直すごい。

 ……意外と、というか、予想通り、というか。

 彼が人をよく見てて、仲間内の輪みたいなものを大切にしてるんだろうな、ということは分かっていたけれど。

 それがただの「馴れ合い」なんだと、私は誤解していた。

 何だかんだ言って、クラスの練習が終わった四時から三時間、休憩なしで彼は跳び続けていた。

 うん、並の根性じゃないな。

 よっぽど悔しかったんだろうな。

 本のセレクトセンスはいただけないし、人の告白シーン盗み見するような人だけど。

 見直そう。

「山階君、お茶とジュースどっちがいい?」

「え……?」

「疲れてるなら甘いもの?」

「え、いいよ、自分で買うし」

「まあまあ、遠慮せず。私ものど渇いたから、ついでだよ」

「……じゃあ、なっちゃんの林檎」

「はいよー」

 汗をかいたTシャツとジャージを着替えようとしている彼を置いて、私は自販機へと向かった。



 ちなみに。

 うちのクラスは大縄で七十三回を跳んで、見事優勝した。

 手にした千円図書券は、新刊の新書サイズノベルに消えたとさ。




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