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異世界源氏物語〜愛に形があるのなら私はあなたの翼になる〜  作者: 涼森巳王(東堂薫)
十章 風の旅人

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第90話 愛に形があるのなら私はあなたの翼になる



 酋長のはからいで、ユスタッシュたちは余人をまじえず、家屋を一つまるごと貸してもらえた。

 高床式の木造家屋だ。ヤシの葉で屋根をふかれている。

 ユスタッシュとルビー、マハド、フェアフォード、リード、ウィリス。それだけ入ると、もういっぱいだ。残りは庭にテントを張っている。


「砂嵐にまかれたときは、もうおしまいかと思ったけど、わたしたち、あなたのおかげで助かったのよ。ユスタッシュ」


 運ばれてきた料理をものめずらしげにながめるルビーは、日に焼け、手足には虫にくわれたあとがある。短く切った黒髪を見るのはツライ。


(苦労したのだな。私のせいで)


 だが、ルビーの声はほがらかだ。


「砂嵐に吹きとばされて、わたしたち、みんな気を失ったわ。そこに通りかかったのが、ムハムを岩山の村まで送りとどけにきたカジエバの人たちだったの。あなたがカジエバを助けてあげたので、みんな、とても感謝して、わたしたちを助けてくれたのよ。どう見ても、わたしたち、同国人ですものね」

「大事な薬をみんなにわけるなんて、あんたらしいよ」と、マハドも言う。


 ユスタッシュは話しながら、あれもこれもと皿をつついているルビーとマハドに微笑を誘われた。やはり、この二人は似ている。容姿はまるで違うのに、仕草がことごとくそっくりだ。


「砂嵐にまきこまれて、よく無事でいられましたね」

「砂嵐にしては小さかったわね? マハド」

「はしっこだったんだよ。まっすぐ来ないで、途中でそれたんだ」

「あれではしっこなの? まっすぐ来たら死んじゃうじゃない!」

「だから、死ぬって言ってるじゃないか。のんきだなぁ。ルビーは」

「マハドほどじゃないわよ」


 二人のようすを見ているだけで、ユスタッシュは幸せだ。しかし、マハドは不安に思ったらしい。


「しゃべんないんだね。ユスターハン。ぐあいが悪いのかい?」


 ユスタッシュが答えるより早く、

「バカだな。マハド」

 フェアフォードが何やらマハドに耳打ちした。マハドは赤くなって頭をかく。

「それもそうか」とは、何を言われたものか。


 話がとぎれるのを待って、ウィリスが言った。

「これで姫を閣下のもとへ送りとどけるという私の役目が終わりました。無事にお二人をおひきあわせできて何よりです」

「礼を言う。ベリンジャー卿。そなたは私の騎士ではないのに、危険をかえりみず、よくぞここまで姫を守ってくれた」

「エルタルーサさまのお言いつけなれば、これしきのこと。また、姫のご尽力なければ、ここまでは来られません。ただ、エルタルーサさまは、あなたさまのご帰国を心から願っておられます。どうぞ、我らとともにお帰りになられませぬか?」


 ユスタッシュはウィリスを見つめる。役目をはたした彼は、明日にもユイラへ帰っていく。指にはめていたラ・マン侯爵家の紋章をかたどった指輪をはずし、ウィリスに渡した。


「これをエルタルーサに渡してくれ。君は私の生涯の友だと伝えて。離れていても、君の幸せを願っていると」


 両手で指輪を受けつつ、ウィリスのおもては青ざめる。


「では、閣下はどうしても……」

「私は帰らぬ」


 ユスタッシュはハッキリ断言した。ルビーに説得されれば、あるいはと、誰もが考えていたのだろう。明るかった一座が、しんと静まりかえる。


「あの」


 気をきかせて、リードがあいだに入る。


「今夜はここですごされるのでしょう。我々はあらためて、酋長にそのむね伝えてまいります」


 リードにつられて、騎士たちも全員、外へ出ていった。二人きりになると、ルビーはユスタッシュの手をそっとにぎる。


「帰らないの?」

「帰りません」


 あんなことを言うのではなかった。愛してるなどと。でも、あの状況で我慢などできるはずもなかった。

 ユスタッシュはもう後悔している。このさきの危険な旅に、ルビーをつれていくなど言語道断だから。


「私は帰りません。わかったのです。あの国では生きていけない。これからの生涯は、いずこの荒野に暮らすものか、私自身にもわからない。あなたをつれて行くわけにはいきません。あなたはウィリスたちとユイラへ帰るのです」


 ルビーは黙ってユスタッシュを見つめている。二度、三度、ゆっくり、まばたきする。


「ルビー……?」


 すると、いきなり、頬をはたかれた。それもけっこう本気のやつだ。思いきりふりかぶり、ふりおろされた平手打ちは、ルビーのほっそりした指からくりだされたものでも、かなり痛い。


「ル、ルビー……」

「わたしを愛してるんじゃなかったのっ?」

「も、もちろん、愛しています」

「誰よりも?」

「世界中で一番。あなただけをです」


 ルビーの剣幕に気おされて、ユスタッシュはタジタジだ。なんとなく、こういう力関係になるだろうという予想はついていたが。


「だったら、なんの問題もないわ。わたしはあなたと行きますからね」

「しかし……」

「しかしじゃないわ。いい? あなたがわたしを置いていったら、今度はわたし、どこまで追いかければいいと思ってるの? ここまでは辺境といっても、まだしも言葉の通じる人たちがいたわ。でも、ここからはほんとに未開地なんでしょ? ユスタッシュ。あなた、わたしを殺すつもり? わたしがウッカリ毒虫にさわってもいいの? 蛮族にさらわれて頭からガリガリかじられても? それとも深い谷間をころげおちたり、巨大なドラゴンの巣に入りこんでしまっても?」

「そんなムチャをされては困ります」

「だったら、いっしょにいて、わたしを見張っていてよ。それが一番、安心なのよ」

「そんな脅しは卑怯ですよ」


 ルビーは両手を腰にあてて声高に叫ぶ。


「あなたがユイラをすてるなら、わたしもすてるわ。あなたが一人で飛べないなら、わたしがいっしょに飛ぶ。愛に形があるのなら、わたしがあなたの翼になる!」


 涙をこぼしながら、ユスタッシュの胸にすがりついてくる。



 愛に形があるのなら、わたしがあなたの翼になる——



 運命の半身。

 片方ずつの翼をあわせて、飛んでいく。


「……私に、それがゆるされるだろうか?」

「わたしがゆるしてるわ。それ以上の何が必要?」

「いいえ。何も……」


 愛して、愛される。

 それだけの、単純な、一つの答え。


「あなたを一生、離しません」


 自分のつぶやいた言葉に、ユスタッシュは深い満足感をおぼえた。

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