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第8話 贈り物の意味2



 フォンナがにらんでいると、ふいに耳元で声がする。


「姉さん。姉さんったら」


 ハリオットがよこに立っている。


「まあ、何よ。大きな声を出さないで」

「姉さんがぼんやりしてるからだよ。ユスタッシュなんかにらんでさ」

「ほっといて」

「そんなことより、早くルビーを返してくださいよ」

「あなたがつれてお行きなさいな。わたしは知らないわ」

「そんなことしたら、僕がルビーに恨まれる」


 フォンナはユスタッシュのすぐとなりにいたから、この会話はいくらなんでも、ユスタッシュの耳に届いた。


 話に熱中していたユスタッシュは、令嬢たちの輪の外から、貴公子たちが不機嫌に見ていることに、あらためて気づいた。変わり者だとか、粗野だとか、礼儀をわきまえないと揶揄やゆされるユスタッシュが、結果的に現状、招待客のほとんどの婦人を独占している。


「ねえ、早く。早く。どうやって狼をとらえましたの? 続きを話して」


 無邪気にせがむルビーを見つめたあと、ユスタッシュは立ちあがった。


「失礼。今宵はここまでといたしましょう。ラ・マンの城は遠いので」


 まわりの貴婦人や令嬢たちは、とうとつなユスタッシュの行動に眉をひそめる。自分が中心になって語る席からの中座なんて、通常ありえない。無礼きわまりないことだ。

 あわてて、フォンナがひきとめる。


「ダメよ。お兄さま。ね? もう少し。今夜はうちへお泊まりになってよ。それならいいでしょ?」

「いや。伯父上にはいずれ、あいさつに行く」


 ユスタッシュはすげなく断り、ルビーの手にキスをする。


「では、令嬢。これにて」


 ルビーはかすかに悲しげな目をした。


「ごめんなさいね。人魚の王」


 ユスタッシュは胸をつかれた。

 遅れてきた宴で中座する。これ以上の無作法はない。当然、ユスタッシュは覚悟の上でやっている。ルビーをとりもどしたい令息たちに、これ以上、恨まれては、さすがに変人のユスタッシュでも、今後の社交界がすごしにくい。それなら、この場を悪者になったほうがまだマシだ。


 フォンナもほかの令嬢も責めるなかで、だがしかし、わずか十歳の少女が言う。あえて悪役を買ってでたユスタッシュの意思をくみとったのだ。


(わたしが悪かったのだわ。わたしがつまらないイタズラ心でお姉さまたちの集まりに割って入って)


 主役の自分を無視して盛りあがっている一団に、ルビーの少女らしい自尊心をつつかれたせいもあった。

 しかし、そのせいで、ユスタッシュの立場を悪くしてしまうなんて思いもしなかったのだ。


「ごめんなさいね。人魚の王」


 これは心ない自分の行いへの当然の反省だった。が、ハリオットはそうは考えなかったようだ。


「ルビー。君があやまる必要はない。悪いのは勝手に中座する彼だよ。ねえ、ユスタッシュ?」


 怒った顔で問いつめる。


「ハリー。ダメよ。遠くから、わざわざ来てくださったんだもの」

「だからって、あんまりバカにしてるじゃないか。遅れてきた上に途中で帰るんだ。君のデビューにケチをつけに来たとしか思えない」

「よしなさいよ。ハリー」


 ルビーがかばうものだから、ハリオットはいよいよ声高になった。


「贈り物の一つも持ってこないでさ!」


 まわりの貴公子たちもあれこれと文句を言ってくる。ルビーをひとりじめされた意趣返しだ。


(ユイラというのは、ほんとにすごしにくい国だな)


 ユスタッシュは嘆息すると、背をむけた。

 ハリオットの声が追いかけてくる。


「逃げるのか! ユスタッシュ。叔父上自慢の息子も口ほどではないな!」


 それはユスタッシュの前で言ってはならない言葉だ。自分をどれだけ責められても、それは我慢できる。しかし、父を悪く言われることだけは耐えられない。


 ユスタッシュはふりかえり、ギロリとハリオットをにらんだ。つかつかと一座へ帰り、少女のもとへひざまずく。


 プレゼントの用意はない。自分の衣服がまにあわなかったのに、贈り物どころではなかった。でも、ここであとにはひけない。なんとしても、父の体面を守らなければ。


 ユスタッシュは自分の胸の星輝石のブローチを外した。一点のくもりもない虹色の最上級の石。ラ・マン侯爵家の家紋をかたどった家宝だ。それも、いわくつきの。


「これを受けとっていただけますか? 令嬢」


 人々の口からどよめきがあがる。家宝をプレゼントしようというユスタッシュの豪快さにもだが、それ以上に理由があった。ユイラでは古くから、男が身につけた品を女性に贈るのは、求婚を意味しているのだ。つまり、この瞬間、公衆の面前で、ユスタッシュはルビーにプロポーズしたとみなされている。


 ユスタッシュはブローチをルビーの手に押しつけた。ハリオットの鼻を明かすには、これ以上の方法はない。が、少女がこんなとつぜんの求婚を受け入れるとは、はなから思っていない。それはそれで年端もゆかない女の子にふられて、ユスタッシュは赤っ恥をかくわけだが、その点はかまわなかった。父の面子は保たれる。


(それに……)


 この少女なら、ほんとに結婚してもいい。

 そんな気持ちもどこかにあった。


 ドキドキしながら返事を待っていると、何やら考えこんでいたルビーが急に微笑む。


「つけてくださらない?」


 ふたたび、どよめき。

 ハリオットなんて青くなって硬直している。


 これで、ルビーはユスタッシュの求婚を受けたことになる。


「わたしにくださるんでしょ? つけてくださらない?」


 言われて、ユスタッシュはブローチを手にとった。緊張で指がふるえる。少女の胸元の薄い布に慎重に針を通す。


「どう? 似合う?」


 見あげるルビーの目を、ユスタッシュは見つめた。

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