第86話 砂漠の旅3
「みんな死んでしまう。イヤ……イヤよ」
あれほど乾いていると思った体のどこに、これほどの水が残っていたのか。涙があふれて止まらない。
「誰か助けて。みんなを助けて」
そのときだ。いっしょについてきていたサージが大声をあげた。
「姫、あれを見てくれ!」
砂丘のむこうから砂ぼこりが舞いあがりながら、こっちへ近づいてくる。
「砂嵐なの?」
いや、違う。砂嵐なら砂丘の形を変えるほどの竜巻だ。そこまで激しくはない。だが、ルビーにとっては、この上なく力強いものだった。
「姫! そこにおられるのはレリエルヴィ姫ですか?」
なんということだろう。
それはラクゼンの港で別れたウィリスだ。十名近い騎士をひきつれている。
「ウィリス! 早く、みんなを助けて! お願いよ」
「お任せください。剣には自信のある者ばかりです——みんな、行くぞ!」
ユイラの騎士たちの働きはめざましかった。泉のわきにひとかたまりになって追いつめられていたヴァグラ人たちを救いだし、ブラゴール人をけちらしていく。
「クソッ。逃げろ!」
ブラゴール人は退却していった。
「きさまもヤツらの仲間だな? 容赦せぬぞ」
「わあっ、おれは違う! ルビー、助けてくれよ。こいつらに説明してやってくれ」
ウィリスに剣をつきつけられて青くなっているマハドのもとへ、急いでかけつける。
「ウィリス。その人はわたしたちの味方よ。ユスタッシュの大切なお友達なの」
すると、騎士たちのなかから声があがる。
「マハド?」
「マハドじゃないか。おまえ、生きてたのか?」
ウィリスがつれてきたのは、北空の一星号の乗組員だったのだ。
「姫は誤解なさったようですが、このウィリス、あなたの味方です。ラクゼンでは、一星号の乗組員の力を借りて、姫のもとへ帰るところでありました」
ルビーの勘違いだったのだ。てっきり、ベルモット侯爵側に寝返って、侯爵の騎士をつれてきたと思ったのに。
「ごめんなさい……」
「しかし、こうしてご無事な姫と会えた。これほどの幸運はございません」
ウィリスは有頂天だが、ルビーはいっそう、うなだれた。
「わたしはいいの。サーラがさらわれてしまったわ。わたしをかばって……」
あのとき、おとなしくウィリスに捕まっていれば、サラエラが犠牲になることもなかった。そう思うと、とても悔しい。
「ラミアンは姫といっしょではなかったのですか?」と、ウィリス。
「あなたを探しに港へ行ったのよ」
「すれ違いになったのですね」
サラエラの不在は悔やまれるが、それにしてもウィリスとの再会は嬉しいものだった。
マハドがとりなす。
「さあ、ルビー。泉で食事をして、夜のうちに進もうよ」
総勢十七名に一同は増えた。それも強い騎士が十人もいる。今後の旅に頼れる存在が来てくれて、ルビーたちを安心させた。
「閣下はこうおっしゃった」
一星号の一級船員であり、ユスタッシュの騎士でもあるフェアフォードが語る。
「ラクゼン港以降、閣下の供を認めるのは、独身者であること。許嫁、恋人がいないこと。継嗣でなく、扶養すべき家族がいないこと。それ以外の者は認めぬとおっしゃった。むろん、我々は全員、閣下のお供を望んだのですが」
「ユスタッシュらしいわね」
故郷に悲しませる人がいる者を残していった。自分のワガママにつきあわせるわけにいかないと考えたのだろう。
フェアフォードは続ける。
「閣下はご自身が出立されたのち、我々はすぐに一星号でユイラへ帰国せよともおっしゃいました。しかし、ヴァルシア船長が少なくとも三月はラクゼンの港にて、閣下をお待ちしようと決断したのです。もとより、我らもそのおつもりでした。我々の主君はユスタッシュさまを置いてはございませんから」
勇ましく思いやり深い主君は家臣一同から愛されていたのだ。
(こんなにあなたを好いている人たちをみんな置き去りにして行ってしまうなんて、ヒドイ人ね。ユスタッシュ。このわたしまで……)
人数が増えて、旅は楽しいものになった。
あいかわらず、砂漠の夜は寒く、昼は灼熱の地獄だったが。
ある日、マハドが言った。
「東に岩山が見えてきた。あの岩山のふもとに未開地の種族と交流してる砂の民の村があるんだ。未開種族の言葉がわかるのは、あの村の連中だけだ。いつも、ハベシュって男を橋渡しにしてる。ユスターハンたちも必ず、あの村へよったはずさ」
つらく長い砂漠の旅が、ようやく終わりに近づいていた。




