第85話 砂漠の旅2
「ルビー。起きて」
マハドに起こされたとき、砂漠は西陽の名残に染まっていた。日没直後だ。
「ルビー。そろそろ出発するよ」
「わたしたちの朝の始まりね」
「夜になったばっかりだよ」
「わたしたちにとっては朝じゃない?」
「まあ、そう。ここから南に一刻も進めば、オアシスがある。食事もそこでするから」
ルビーはおとなしくラクダに乗った。
オアシスについたのは、たしかにマハドの言ったとおりの時刻だ。砂しかない景色のなかに、とつじょ草地と丈の低い木が現れ、顔を出したばかりの月が泉を照らす。
しかし、オアシスには先客がいた。
「マハド。たいへんだ」
先頭でラクダをひいていたハグンが、それを認めると全体を止まらせる。
マハドは顔をしかめた。
「なんかあったのかい?」
「ブラゴール人だ。隊商みたいに見えるが、どうだろう?」
例の盗賊に化けたブラゴール隊商を警戒しているのだ。
大きな黒い目をオアシスにむけて、マハドは厳しい顔をした。
泉のまわりにラクダをならべ、休憩をとっているブラゴール人の一団。たしかに隊商のように見えるが、少なくとも二十人はいる。しかも、全員、幅広の半月刀をたずさえていた。
こっちの隊はルビーを数に入れても総勢七人だ。もしも争いになれば、ぜんぜん、勝負にならない。一方的にやられるだけだ。
「マズイやつらと鉢合わせしたかも。とにかく、話してみる」
「マハド。おまえ一人で平気か?」
「ハグン」
マハドがハグンに耳打ちする言葉を、ルビーは聞きのがさなかった。
ヤツらが襲ってきたら、おれにかまわず逃げてくれ——マハドはそう言ったのだ。
「待って。マハド」
呼びとめると、マハドは安心させるように笑う。
「大丈夫。すぐすむから」
マハドは一人でオアシスへむかっていく。相手もこっちに気づいて、ひそひそと仲間内で話している。
「よお、砂漠の兄弟。景気はどうだい?」
マハドは隊商同士がかわすあいさつをなげた。
「まずまずだな」
相手もお決まりの文句を返してくる。が、目つきに殺気がみなぎっていた。
マハドは相手を刺激しないよう細心の注意をはらいつつ、ようすをうかがう。
「水が底をつきかけてるんだ。皮袋にくませちゃくれないか? ジャマはしないから」
「いいとも。兄弟」
男たちはニコリとも笑わず答える。
「助かるよ。ありがとう」
「勝手にしな」
マハドたちのやりとりは、離れて見ているルビーにも聞きとれた。ホッとしたのだが、ひきかえしてくるマハドの背中に、男の一人が告げる。
「水一袋につき、二十ギールだ」
「なんだって?」
顔をこわばらせて、マハドがふりかえる。
「バカ言うなよ。金をとるのか? オアシスはみんなのものだ」
「知らんね。二十ギールだ」
「ラクダが一頭買えるじゃないか。そんな金、どこにある?」
「なければラクダと交換でもいい」
「むちゃくちゃ言うなよ。ラクダを渡したら、水や食料を運べなくなる」
すると、口ひげを生やしたリーダーらしき男が、無言のまま手をあげる。ぴたりとその指がルビーをさす。
「あの子どもと交換でもいい」
「バカ言うな。うちは人間を売り物になんかしない」
「キレイなユイラ人は高く売れる。あの子どもは男か、女か?」
「男に決まってるだろ。あの短い髪を見ろよ。おい、兄弟。男を売って儲けようなんて、神をも恐れぬマネはよしな。天罰がくだるぜ」
「敵国人に魂を売ったおまえに言われるすじあいはない。裏切り者め」
ブラゴール人は砂地に、ペッとツバを吐いた。
マハドの顔が怒りに染まる。
「……おれは、おまえらに助けられたこと、一回きりもないからな? みなしごのおれに優しかったのは、いつも外国人だ。パンをくれて、ひきとってくれると言ったユイラ人。溺れてたおれを助けてくれたのはヴァグラ人。おまえらがしたのは、子どものおれに石をなげたことだけだ。同朋が聞いてあきれるぜ!」
「いかん」とつぶやいたのは、ハグンだ。
「サージ。おまえは姫をつれて逃げろ。ナーキ、ティランダ。スヴァン。マハドを助けに行くぞ」
早口のブラゴール語で罵りあうマハドたちを見て、交渉は決裂、危険を読みとったハグンが全員に命じる。
ブラゴール人はすでに半月刀に手をかけている。
「ダメよ。ハグン、マハド!」
ルビーは必死にひきとめた。
「もうイヤよ。わたしのために、大切な人が犠牲になるのはイヤ! わたしも戦うわ!」
「姫ッ!」
思わぬ強い口調で、ハグンにさえぎられた。
「しっかりつかまってろ!」
「待って——ハグン!」
ハグンにかかえられ、ドサリとラクダに乗せられる。ハグンがラクダの尻をけりとばす。ラクダはおどろいて走りだした。
「マハド! ハグン! みんな……みんなが——」
ふりむくと、男たちは剣をぬき、ひとかたまりになって切りあっている。少数のマハドやハグンは圧倒的に不利だ。さして時間もかからず、全滅するに違いない。




