第84話 砂漠の旅1
ゴドラの親切でルビーが砂漠へむけて出発したのは翌々日だ。ほんとは翌日すぐに出たかったが、砂漠を旅するには準備を万端にしなければならないと言われ、ジリジリする思いで一日待った。
「それじゃ、姫さま。ご無事を祈っておりやす。はぐれてしまったお供の女の子も、こっちで努力して見つけやすから。あまりお気に病まないよう」
「ありがとう。親分さん。もしもユスタッシュをつれてユイラへ帰るときには、必ず立ちよるから。ほんとに、ありがとう」
手をふって旅立つ。
ラグセンからヴァグラの都を通過し、旅なれたマハドたちの助けで、最短距離を通って国境をこえた。
国境に近づくほど草原がゴツゴツした荒地に変わり、草木もまばらになっていく。やがて、いちめんの砂の海が見えた。
「ユイラ人の一隊が砂漠へ行かなかったかって? 知らないなぁ。つい先日、交代があったばっかりだからな。もしかしたら、前までの隊なら知ってたかもな」
関所を守る兵士にたずねてみたが、かえってきた返事は心もとない。
国境の最後の街で、マハドたちは乗ってきた馬をあずけ、ラクダを借りてきた。砂漠を行くには馬よりラクダがむいているのだという。
「さあ、ルビー。これに乗るんだ。初めはおれがひいてやるよ。すぐなれるから」
見たこともない生き物。砂のほか何もない風景。乾いた風。強い日差し。何もかもがルビーを不安にさせる。
単調な旅だった。どこまでも、ただ砂と空が続くばかり。ゆるい砂丘に深い谷間。風むきによって日々形が変わる砂山。退屈で苛酷な旅。
(この道をユスタッシュも行ったのかしら?)
ルビーの気力をふるいたたせるのは、いつか、このさきでユスタッシュに会えるという思いだけだ。同じ道をユスタッシュも行ったのだと思えば、不思議と愛しく感じられる。風のなかに、まだ愛する人の息吹が残っているのではないかと思って。
「あと何日で砂漠が終わるの?」
「もうじきだよ。もうじき。今夜にはオアシスにつくから。そこで一回、しっかり休もう」
「水が飲めるのね。コップ一杯でもいい?」
「コップ三杯でもいいよ。なんなら、五杯でも、十杯でも」
「嬉しいわ」
マハドは旅程をハッキリ言わない。きっと、言うと、ルビーがガッカリするからだ。
(エルはなんと言ってたかしら? 船でひと月、砂漠でひと月? 全部の旅で三ヶ月だった? 国境をこえてから、今日で何日たったんだっけ?)
(わたし、ほんとはもうとっくに死んでしまってるんじゃないかしら? なんだか意識がおぼろだわ)
(いいえ。たとえ死んだとしても、霊魂になれば、わたし、まっすぐユスタッシュのもとへ飛んでいくわ。だから、まだ死んではいないのよ。ちょっと砂漠に疲れてるだけ)
ラクダのゆれに身を任せて、ルビーはうたたねしていた。
「日が高くなってきたな。これ以上進むのはムリだ。ひと休みして、日暮れから出発しよう。水もまだ少しあるし、オアシスまではもつ」
なんだかゴチャゴチャ話し声がして、ルビーはラクダからおろされた。
「ルビーは寝ちゃってるよ。かわいそうに。こんなに細っこいんだもんな。いいかげん、グッタリするよ」
「男でもキツイからな。ラクダの影に寝かせてやんな。日があたらないよう布をかけて」
「起きたらパンでも食わせてやろうか」
またゴワゴワのパンなのね。口のなかがヒリヒリしてるのに、水気が全部持ってかれて、のどに張りつきそうになるのよ。
「寝ながら文句言ってるよ。大丈夫。次のオアシスは大きいとこだから。一年ぶんでも水が飲めるよ。体も洗ったらいい」
そう。それならいいの。
「可愛いお姫さまだ」
「でも、芯は強いね」
「強情なんだろうな。見ためによらず」
「ユスターハンは尻に敷かれるね」
笑いあう声。
ムッとしつつも、ルビーは眠くて言い返せない。
しかし、それでよかったのだ。でなければ、マハドたちはあんな会話をしなかっただろうから。
「ところで、マハド。平気なのか?」という声は年長のハグンだ。
「ああ、アレかい?」
「ソレだ。近ごろ、隊商を襲う盗賊が砂漠に現れるっていうじゃないか」
「ありゃ盗賊じゃねぇよ。もともと、このあたりの商売はブラゴール人がさきだからな。こっちがいい値つけるもんだから、商品がヴァグラに流れてきてる。それで怒ったブラゴールの商人が、盗賊のふりしてジャマしてるんだ」
「そうなのか?」
「しばらく、こっちの商売はやめたほうがいいって、ゴドラに話そうと思ってたとこだったんだ」
「それは気をつけなきゃな」
そこで会話がとぎれたので、ルビーは寝入った。




