第82話 思わぬ助け2
ひとめ見ただけでわかった。
(人さらいだ)
ルビーはギュッとサラエラの手をにぎりしめる。
あたりを見まわすが、助けてくれそうな人はいない。二階の窓から若いブラゴール人が一人だけ顔をのぞかせていた。それもサッと奥へ消えていく。
「ルビー……さま」
「逃げましょう」
ガクガクとひざをふるわせるサラエラの手をひいて、ルビーは走りだす。が、男たちはなれていた。反対側にまわりこんだ男が、ルビーの肩に手をかける。
「おいおい。おとなしくしな。傷がついちゃマズイんだよ」
「これだけの上玉だからな。逃がすもんかっての。男の子でも、ものすごい値がつくぜ」
かこもうとするので、ルビーはつかまえている男をにらみつけ、シャンテに習った痴漢撃退法を試みた。すなわち、男の急所を思いっきり、けりあげた。ギャーッとうめいて、男はくずおれる。
「逃げるのよ!」
ルビーはあとも見ずに路地にかけこむ。道というより、人が一人、やっと通れるせまいすきま。家と家のあいだの空間だ。細身のルビーやサラエラには有利だと思ったのだが、男たちは以外としつこい。
「待ちやがれ! くそ!」
「絶対、逃がさねぇ!」
走りまわるうちに、サラエラがくずれた煉瓦に足をとられた。ころんでしまう。
「サーラ!」
ひきかえそうとすると、サラエラがひきとめる。
「ダメ! 逃げてください!」
「いいえ。あなたもいっしょよ」
なぜか、サラエラは笑った。起きあがりながら、追ってくる先頭の男に自分からとびついていく。
「サーラ!」
「今のうちに、早く!」
「でも……」
「ルビーさまだけは、わたしがお守りします!」
サラエラの目には涙が光っている。
サラエラはずっと悔やんでいたのだ。自分がユスタッシュの本心を隠していたせいで、彼が獄舎の塔へ入れられたこと。それによって、ルビーがハリオットと強制的に結婚しなければならなくなったこと。
ユスタッシュの出奔だって、もしかしたら防げたのかもしれない。サラエラがユスタッシュの気持ちをルビーに告げていれば。二人はもっと早くにかけおちしていたに違いない。今ここで女の子二人で人さらいに遭遇することもなかった。
「早く、逃げてください!」
何しろ細い通りなので、誰かが立ちふさがると後続は通れない。サラエラは必死に男にすがりついて、行かせまいとした。
今なら、ルビーだけなら逃げだせる。でも、子どものころからいっしょに育ってきた乳姉妹だ。一人娘のルビーには、ほんとの姉妹のようなもの。
「サーラ!」
ひきかえそうとするルビーの手を、とつぜん、誰かがつかんだ。ハッとして、ルビーはかえりみた。さっき二階から見ていた若いブラゴール人だった。
「何してる。逃げるんだ」
「離して。サーラが」
「あんたも捕まる気か?」
ルビーは手をつかまれたまま、うむを言わさずひっぱられる。力強い手はユスタッシュを思いださせる。
「ユスタッシュ。ユスタッシュ……」
いつしか抵抗力を失い、ひきずられながら、ルビーは涙を流した。
「ここまで来りゃ、もう大丈夫だ」
表通りへ出て、男は息を切らす。
「サーラが……サーラが……」
ルビーは声をあげて泣いた。父よりも母よりも、つねにかたわらにあったサラエラ。親友で乳姉妹の彼女の喪失は大きかった。
「お願い。ユスタッシュ。サーラを助けて。あなたならできるでしょ?」
頼もしい力にしたがううち、それがユスタッシュであるかのように錯覚してしまった。だが、それはユスタッシュではない。
「ごめんよ。おれにはムリだよ。あいつら、このへんで一番大きな盗賊団の連中だ。あの子が犠牲になってくれなけりゃ、あんたも助けられなかった」
困惑しきった返事を聞いて、ルビーは顔をあげた。黒目がちの大きな瞳が自分をのぞきこんでいる。掘りの深い甘い顔立ち。小麦色の肌。まだ少年と言ったほうがいいくらい若い。まったく知らないブラゴール人だ。
「あなた、誰? どうして助けてくれたの?」
「あんた、ユスタッシュを知ってるの?」
「えっ?」
「さっき、ユスタッシュを呼んでたろ? もしかして、あんたの名前、ルビーかい?」
かなりブロークンなユイラ語だが、ちゃんと通じる。
「なんで、あなたがわたしの名前を知ってるの?」
ルビーが思わず警戒してあとずさると、ブラゴール人はあわてた。いかにも困ったようすが微笑ましい。身ぶり手ぶりが大きく、表情がクルクル変わる。なんとなく、憎めない。
「怖がらなくていいよ。おれ、ブラゴール人だけど、ユイラ人の友達だよ。だから、捕まりかけてるユイラ人を見て助けに行ったんだ。それに、あんたがルビーなら、おれの知ってる人かもしれない。ほら、これ」
ふところをゴソゴソして、一枚の布をとりだす。
「二年前から、ずっと肌身離さず持ってるんだ。だいぶ汚れちまったけど、見てくれよ。ここんとこ」
少年が指さすのは、ハンカチにほどこされた刺繍だ。
「これは、ラ・マン侯爵家の家紋よ。なぜ、あなたが持っているの?」
「もらったのさ。ユスターハンに。おいら、マハド。ユスターハンの友達さ」
海に落ちて死んだと思われたマハドだった。
長々続いていますが、次から最終章の十章『風の旅人』です。もうしばらくおつきあいいただければ嬉しいです。




