第78話 ルビーはあきらめない2
二人が抱きあうのを、苦虫をかみつぶしたようなおもてで、エルタルーサがながめている。
「きゃっ。いつのまに? エル兄さま」
「そんなことだろうと思ったよ。ルビー。君の性格は見ぬいているからね」
「止めてもムダよ。わたし、行くから」
エルタルーサは苦笑した。
「誰が止めると言ったかい? じっさい、お似合いだよ。君とユスタッシュは。ユスタッシュみたいに気をつかいすぎる男には、君くらい気性の激しい女の子がちょうどいい」
「聞きずてならないけど、まあいいわ」
「ユスタッシュは自分を責めるのが趣味なんだ。まあ、せいぜい、君が調教してやってくれたまえ」
「任せて」
エルタルーサは、しかし、じつのところ、最初からルビーに賭けてみる気だったようだ。
「ユスタッシュは六海州から南の密林にある古代遺跡にむかった。貴婦人がかんたんに行ける場所ではない。サイレス湖から川をくだってルーツ海へ出て、まっすぐヴァグラへ行く。そののち、レセキアを通って砂漠へ入り、密林へたどりつくまでに三月はかかるだろう。むろん、早く出発すればするほど、途中でユスタッシュに追いつく可能性が高くなる」
エルタルーサの言葉はルビーをおじけづかせるに充分だった。砂漠や密林など、冒険者でもなければ行かないところだ。それに猛獣が出る。途中の道すじでは強盗にも出会うだろう。
しかし、ルビーの決意は変わらない。
「わたし、行くわ」
「いい返事だ。じつはすでに、うちの船が出航できるよう手はずを整えさせている。ルビー。ユスタッシュをつれ戻せるのは君だけだ。なんとしても、やつを説得するんだ。いいね?」
「わかったわ」
そうと決まれば、行動は早い。ルビーはサラエラと二人で、いったん実家のリ・ドニイ伯爵家へ帰る。荷物をまとめなければならないし、家族に別れも告げなければならない。
「船まで私が送ろう。薬を山ほど持っていくように。ユスタッシュが持ち帰ったキャランの毒消しも渡しておく。それから、六海州まではユイラの金貨銀貨が通用するが、そのあとは砂漠の民と未開の謎の民族だよ。宝石と砂金を持っていくように。砂金はないか? 私が用意させたから、わけてあげよう。船をおりるとき、荷物は麻袋に移し、君たちは男の服装に着替えなさい」
馬車でルビーたちを送りながら、エルタルーサが助言する。
「ずいぶん、よくしてくださるのね。エル兄さま」
「ユスタッシュは私にとっても大事な従兄弟だからね。それに……ユスタッシュを助けるためとはいえ、一度は君たちを引き裂こうとした。これはおわびだ」
「ありがとう」
「地図はこちらで用意しておく。護衛の剣を忘れないように」
「ええ」
リ・ドニイ邸へつくと、ルビーは大忙しだ。
「お父さま、お母さま。ユスタッシュが国を出奔してしまったの。わたし、彼を追ってヴァグラへ行くわ。船はベルモット家が出してくれるから」
「ええっ? なんだって、ルビー? ヒルダ。ルビーがとんでもないことを——」
「悪いけど、急いでるのよ。お父さま。荷物もまとめないと。ユスタッシュにもらったブローチは絶対に持っていかないといけないし。ユスタッシュをつかまえて、お婿さんにして帰ってくるわ。いいでしょ?」
クレメントはルビーの言葉を鵜呑みにしたようだ。
「えっ? いつのまにユスタッシュとそんな仲に? だって、この前からクルエル家から婚礼の支度をしたいって何度も迎えが……」
「説明はあとで、エル兄さまから聞いてね。お父さま。愛してるわ」
「ルビー……これが娘を嫁に出す父の気持ちか。なるほど泣けるなぁ」
すっかり信じこんでいるクレメントとは違い、母のヒルダは少し厳しい顔をしている。
「ルビー。ほんとに帰ってくるの?」
「もちろんよ。わたしの家はここだけよ」
ルビーは母の首に両腕をまわし、あふれそうになる涙を抑えた。
もしかしたら、これが家族と会う最後になるかもしれないのだ。道中の旅の保証すらない。無事にユスタッシュに出会えるかどうかもわからない。
「ユスタッシュと二人で帰ってくるわ。お父さまやお母さまのほうが年の近いお婿さまだけど、わたしのワガママをゆるしてね」
ヒルダは泣いていた。ルビーの決心を見ぬいたのだろう。
「ルビー。大きくなったのね。わたしたちの娘」
ヒルダが精一杯、抱きしめてくる。
ルビーも我慢できなくなり、涙をこぼした。
「お父さま。お母さま。おじいさま。おばあさま。お元気で。ルビーは必ず帰ってきます」
それから一刻後。
見送る家族に手をふって、ルビーは旅立った。




