第77話 ルビーはあきらめない1
ルビーがそれを知らされたのは、翌朝だった。真夜中のうちに、ユスタッシュが一人で旅立っていったのだと。
「た、たいへんです! 姫さま!」
昨夜のダンスで疲れたルビーが寝坊していると、サラエラにゆりおこされた。
「……どうしたの? サーラ。まだ眠いわ」
「ラ・マン侯爵さまが出奔なさいました!」
ルビーは一瞬、出奔の意味を理解できなかった。ユスタッシュを表すのにふさわしくない気がしたのだ。
「ユスタッシュが出産? そんなのありえない」
「出奔でございます」
「出奔?」
「出奔でございます」
「出棺ではなく? あらやだ。縁起が悪い。出航? 出国かしら?」
「いろいろ違うけど、姫さま。なぜか、出国は正しいところに戻ってまいりましたわ」
「出奔して出国した?」
「そのようです」
ようやく、ルビーの頭もちゃんと覚醒する。
「ユスタッシュがいなくなった? どういうことなの?」
「わたくしも今、台所のウワサを聞いたばかりで。ベルモット卿に聞かれてはいかがでしょう?」
サラエラに言われて、ルビーは寝巻きのまま廊下へ走りだす。エルタルーサの部屋へ行くと、ベルモット家の人々やエルヴェが集まっていた。
「エル兄さま。どういうこと? ユスタッシュがいなくなったって」
エルタルーサも暗い顔つきだ。その真剣さに、ルビーはこれが冗談などではないと察した。もしかしたら、昨日が楽しすぎたから、誰かがタチの悪いイタズラでも考えたのではないかと、内心、疑っていたのだが。
エルタルーサはルビーを見て首をふりつつ、だが、少しだけ瞳に輝きが戻ってくる。策略をめぐらすときの宮廷人の彼の顔だ。
「こっちには君がいる。いいか? ルビー。ユスタッシュは昨夜のうちに、この屋敷を出ていった。エルヴェに爵位をゆずるために、いったん、エルニルーク城へ帰ると言っていたが、船足の速い北空の一星号だ。おそらく、すでに手続きをすませ、ルーツ海へむかうためにユライナの水門をぬけているだろう」
「なんで? だって、昨日はそんなそぶり、まったく……」
好きな人がとつぜん、自分を置いて、別れさえ言わずに国を出ていった。そんな衝撃を受けたら、ふつうの娘なら失神してしまってもおかしくない。ルビーだって全身がわなわなふるえるのを感じた。
(違うわ。昨日のユスタッシュはどこか変だった。沈んでいたり、おかしいくらい、はしゃいだり……)
あのときすでに、国を出る決心をしていたのだ。
「ぼくのせいだ。ぼくが……あんなこと言ったから」
エルヴェが泣きだす。
「ぼくはただ、兄上が遠くなってくのが悲しくて。このまま、忘れられてしまうんじゃないかと……」
兄弟のあいだで何があったのか、知る者はいなかった。が、誰もエルヴェを責めない。
というより、ベルモット侯爵とエルタルーサはユスタッシュの行方を探す算段で忙しいし、ほかの人たちは口をきく気力もないのだ。
「とにかく、ユスタッシュを追うのだ。わが家の船を出せ」と、侯爵が言えば、
「しかし、父上。北空の一星号はユイラの造船技術の粋を集めて造られた船です。今からでは追いつけるかどうか」
「しかし、何もせぬよりはマシだろう」
ルビーはたまらなくなって部屋をとびだした。サラエラが追ってくる。
「姫さま」
「嘘よ。嘘。ユスタッシュがわたしを残して、どこかへ行ってしまうなんて! そうよ。わたしを置いていったりしない。だって、わたしたち、運命の相手だもの」
昨夜、愛してると言ったとき、ユスタッシュは泣きそうな顔をした。あのとき、むりにでも部屋へひっぱりこんでおくのだった。あと少し勇気がたりなかったばっかりに。
(わたしが足手まといだったの? それとも、ほんとはやっぱり、わたしがまだ子どもだと思って? 口ほどにはわたしを好きじゃなかったの?)
いや、違う。ルビーを見るときのユスタッシュの瞳は嘘偽りなく澄んでいた。あの輝きは本物だった。
ルビーは決意した。今は泣いてる場合じゃない。ハリオットとの結婚を約束してから、もうひきかえせない道を歩いている。ここであきらめて実家へ帰れば、クルエル公爵家の馬車が迎えに来るだけだ。
(バカね。ユスタッシュ。こんなことで、わたしがあきらめると思ってるの? わたし、とっても強いのよ?)
ルビーは不安げに見ているサラエラにうなずきかける。
「わたし、あの人を追うわ。ユスタッシュといっしょなら、どんな苦しい旅だって平気」
「いけません! 姫さま」
「止めてもムダよ。わたしが一度決めたら、あとにはひかない性格だって知ってるでしょ? あなたや、お父さま、お母さまとお別れするのは悲しいけど」
すると、サラエラもしばらくソワソワしたあと、ギュッと服の端をにぎって、きっぱりと断言する。
「わかりました。サーラもお供いたします。そして、命にかえても姫さまをお守りいたします」




