第75話 さよなら、ルビー1
その夜の晩餐。
ユスタッシュを見ながら、ルビーが不安げにたずねてくる。
「ユスタッシュ。食欲がないのね。それにお顔の色もよくないわ。まだどこか痛むの?」
ユスタッシュはつとめておだやかな笑みをなげた。
「昼間、はしゃぎすぎたのです。一晩寝ればなおりますよ」
「そう? それならいいけど、なんだか変だわ」
「そんなにおっしゃるなら、ダンスの相手でもして元気なところを見せるしかありませんね。エルが食事のあと、音楽ホールへ来いと言っていましたよ」
「素敵。わたし、ダンス大好きよ。早くフルーツを食べてしまうわ。抜群にやわらかいお菓子も」
「私はもう少しかためが好きですね。やわらかいのは、たよりなくて」
「……変わってる」
「私は変わり者ですから」
「あら、そんな意味じゃ……でも、変わり者でもいいの。そんなあなたが……」
好きだから——と、うっすら幻聴のように聞こえる。
はにかんでうつむくルビーの薄く染まった頬が愛らしい。うるんだ目元が愛らしい。白い指さきが愛らしい。きれいに巻いた髪も、耳たぶのふっくらしたところも、小さな鼻の頭も、みんな、みんな、愛らしい。
「どうして、そんなに見つめるの? わたしはクリーム菓子ではなくってよ。ユスタッシュ」
「いいえ。あなたは世界中のどんなお菓子より甘い」
晩餐の席にはもちろん、ベルモット家の人々もいた。ルビーはさすがに照れたようだ。無口になってフルーツとお菓子に専念する。
「ユスタッシュ。そろそろ星祭だろう? 支度はしないのかね?」と言ったのは、叔父のベルモット侯爵だ。
父オルギッシュの弟で、ラ・マン侯爵家のとなりの領主の娘と結婚した。父にとてもよく似ている。
「ご心配かけて申しわけありません」
「いやいや。そなたはわしらの自慢の甥だ。胸くそ悪い宮中に年中入りびたっとる息子より、ずっと好ましい。わしも奥もそろそろ領地に戻るつもりだ。むこうで狩りなどしようではないか」
「今なら、まだ子をなさぬ獣がとれますよ。叔父上」
「うむ。楽しみだ」
父に似ているのは容姿だけではない。まっすぐで、おおらかなところもそっくりだ。
(彼ならば信用できる)
食堂を出たあと、ユスタッシュはルビーの手をとり、音楽室へむかった。
(最後の思い出だ。このくらいはゆるされよう)
ユスタッシュはルビーとともに踊った。たしかに、ルビーはダンスの名手だ。かろやかで、優雅で、美しい。
エルタルーサやシャンテが楽器をひき、盛りあげてくれる。この兄妹は音楽家の才能を持っているのだ。プロの楽士顔負けである。
休みなく踊り続け、クタクタになるまで。頭がどうにかなって、何も考えなくてすむように。
「速いテンポね。素敵だけど、疲れたわ。ユスタッシュ。全速力で一刻も走ってたみたい」
しまいには、ルビーがギブアップした。
「つい夢中で。すみません」
「でも、これまで踊ったどの人より、あなたのリードが素敵」
二人で息切れしながら見つめあう。
これからもずっとこんな日々が続けばいいのに。
「二人とも。今度は私たちのために楽器を演奏してはくれないか?」と、エルタルーサが言うので、ユスタッシュは苦笑した。
「いいとも。君ほどにはひけないが」
「わたしはピアノがちょっとひけるくらいね。でも、エル兄さまは誰と踊るの?」
「あなたをつれだしては、ユスタッシュに恨まれそうだし、妹たちと踊るのは不毛だ。サラエラを貸してください」
「ええ。いいわよね? サーラ」
「はい。姫さま」
楽しい夜だった。
かけがえのない、最後の夜。
歌い、踊り、夜がふけるまで楽しんだ。
「さすがにもう休もう。明日もあるんだから」と、エルタルーサが言うので、おひらきになった。
楽しい夜が終わってしまう。永遠にこの夜が続けばいいと願ったのに。
「おやすみなさい。ユスタッシュ」
ルビーのために用意された寝室の前で、ユスタッシュは彼女のひたいにキスをする。
「あなたの見る夢が、いつも幸福でありますように」
「あなたもね。ユスタッシュ」
いったん部屋に入りかけて、ルビーは気がかりげにふりかえった。なぜ、その日にかぎって、そんなことを言ったのかわからない。
「愛してるわ。ユスタッシュ」
自分はどんな顔をしていただろう。
(その数倍、私はあなたを愛しています)
そっと、心の内で告げる。




