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異世界源氏物語〜愛に形があるのなら私はあなたの翼になる〜  作者: 涼森巳王(東堂薫)
九章 つかのまの恋

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第75話 さよなら、ルビー1



 その夜の晩餐。

 ユスタッシュを見ながら、ルビーが不安げにたずねてくる。


「ユスタッシュ。食欲がないのね。それにお顔の色もよくないわ。まだどこか痛むの?」


 ユスタッシュはつとめておだやかな笑みをなげた。


「昼間、はしゃぎすぎたのです。一晩寝ればなおりますよ」

「そう? それならいいけど、なんだか変だわ」

「そんなにおっしゃるなら、ダンスの相手でもして元気なところを見せるしかありませんね。エルが食事のあと、音楽ホールへ来いと言っていましたよ」

「素敵。わたし、ダンス大好きよ。早くフルーツを食べてしまうわ。抜群にやわらかいお菓子も」

「私はもう少しかためが好きですね。やわらかいのは、たよりなくて」

「……変わってる」

「私は変わり者ですから」

「あら、そんな意味じゃ……でも、変わり者でもいいの。そんなあなたが……」


 好きだから——と、うっすら幻聴のように聞こえる。

 はにかんでうつむくルビーの薄く染まった頬が愛らしい。うるんだ目元が愛らしい。白い指さきが愛らしい。きれいに巻いた髪も、耳たぶのふっくらしたところも、小さな鼻の頭も、みんな、みんな、愛らしい。


「どうして、そんなに見つめるの? わたしはクリーム菓子ではなくってよ。ユスタッシュ」

「いいえ。あなたは世界中のどんなお菓子より甘い」


 晩餐の席にはもちろん、ベルモット家の人々もいた。ルビーはさすがに照れたようだ。無口になってフルーツとお菓子に専念する。


「ユスタッシュ。そろそろ星祭だろう? 支度はしないのかね?」と言ったのは、叔父のベルモット侯爵だ。

 父オルギッシュの弟で、ラ・マン侯爵家のとなりの領主の娘と結婚した。父にとてもよく似ている。


「ご心配かけて申しわけありません」

「いやいや。そなたはわしらの自慢の甥だ。胸くそ悪い宮中に年中入りびたっとる息子より、ずっと好ましい。わしも奥もそろそろ領地に戻るつもりだ。むこうで狩りなどしようではないか」

「今なら、まだ子をなさぬ獣がとれますよ。叔父上」

「うむ。楽しみだ」


 父に似ているのは容姿だけではない。まっすぐで、おおらかなところもそっくりだ。


(彼ならば信用できる)


 食堂を出たあと、ユスタッシュはルビーの手をとり、音楽室へむかった。


(最後の思い出だ。このくらいはゆるされよう)


 ユスタッシュはルビーとともに踊った。たしかに、ルビーはダンスの名手だ。かろやかで、優雅で、美しい。

 エルタルーサやシャンテが楽器をひき、盛りあげてくれる。この兄妹は音楽家の才能を持っているのだ。プロの楽士顔負けである。


 休みなく踊り続け、クタクタになるまで。頭がどうにかなって、何も考えなくてすむように。


「速いテンポね。素敵だけど、疲れたわ。ユスタッシュ。全速力で一刻も走ってたみたい」


 しまいには、ルビーがギブアップした。


「つい夢中で。すみません」

「でも、これまで踊ったどの人より、あなたのリードが素敵」


 二人で息切れしながら見つめあう。

 これからもずっとこんな日々が続けばいいのに。


「二人とも。今度は私たちのために楽器を演奏してはくれないか?」と、エルタルーサが言うので、ユスタッシュは苦笑した。


「いいとも。君ほどにはひけないが」

「わたしはピアノがちょっとひけるくらいね。でも、エル兄さまは誰と踊るの?」

「あなたをつれだしては、ユスタッシュに恨まれそうだし、妹たちと踊るのは不毛だ。サラエラを貸してください」

「ええ。いいわよね? サーラ」

「はい。姫さま」


 楽しい夜だった。

 かけがえのない、最後の夜。

 歌い、踊り、夜がふけるまで楽しんだ。


「さすがにもう休もう。明日もあるんだから」と、エルタルーサが言うので、おひらきになった。

 楽しい夜が終わってしまう。永遠にこの夜が続けばいいと願ったのに。


「おやすみなさい。ユスタッシュ」


 ルビーのために用意された寝室の前で、ユスタッシュは彼女のひたいにキスをする。


「あなたの見る夢が、いつも幸福でありますように」

「あなたもね。ユスタッシュ」


 いったん部屋に入りかけて、ルビーは気がかりげにふりかえった。なぜ、その日にかぎって、そんなことを言ったのかわからない。


「愛してるわ。ユスタッシュ」


 自分はどんな顔をしていただろう。


(その数倍、私はあなたを愛しています)


 そっと、心の内で告げる。

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