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異世界源氏物語〜愛に形があるのなら私はあなたの翼になる〜  作者: 涼森巳王(東堂薫)
九章 つかのまの恋

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第73話 やすらぎの日々



 それから数日、ルビーはつきっきりでユスタッシュの看病をした。回復は順調だ。

 いったい、どんな体になって帰ってくるかと案じていたが、どこも失われてはいなかった。もう少し救出が遅ければ死んでいたというから、ほんとに奇跡だ。


「ねえ、ユスタッシュ。あなたがすっかり元気になったら、エルニルークのお城へ行きましょう。またガラスの小舟に乗りたいわ」

「いいですね。もうじき、星祭だ」

「お人形と花を流すのね。わたしも見たいわ」

「あなたがおっしゃるなら、特別に」

「わたし、あなたにもらったブローチをつけるわね。おぼえてる? 初めて会ったとき、あなたがくださったブローチよ」

「むろん、おぼえています」

「あのときのあなたは人魚の王だったわ」

「あなたは小さな妖精だった」


 今その瞬間が幸せすぎて、二人は言いだせないでいた。あなたを愛していますというひとことを。言わなくても、たがいの気持ちは手にとるようにわかっていた。だから、そばにいるだけでよかったのだ。


「ユスタッシュ。もう歩ける?」

「歩けます」

「庭を散歩しない?」

「少しずつならしたほうがいいでしょうね」

「わたしが肩を貸してあげる」

「あなたがつぶれてしまいそうだな。あなたは私の半分も体重がないでしょう?」

「それは、わたしの胸がまだ小さいという意味?」

「妖精のように可愛らしいという意味ですよ」

「それなら、ゆるすわ」


 二人で笑いあうようすは、誰が見ても仲むつまじい恋人同士だ。


「やけるじゃないか。ユスタッシュ」


 エルタルーサにからかわれても、ユスタッシュ自身、まんざらじゃない気分だ。


「どうだ? このまま結婚してしまっては? フォンナ姫の泣きごとなんて、ほっとけよ」

「それもそうだが」

「好きな娘を泣かせるのと、好きでない娘を泣かせるのでは、どちらがより罪深いと思う?」

「……それはもちろん、好きな娘を泣かせるほうだろう」

「そう。君のしてることだ」


 ユスタッシュは黙りこんだ。思いおこしてみれば、たしかにそうだ。これまで自分はわざと嫌われるようにしむけて、ルビーを遠ざけてきた。でも、それは、ルビーに愛されていると知らなかったからだ。

 今、ルビーの視線、笑顔、すべてに自分への愛を感じる。たしかに愛されている。同情などではなく。

 こうなってもまだ、ルビーを遠ざける意味があるのだろうか?


「そうだな。私はひどいことをしてきたのかもしれないな」

「そうとわかれば、君はルビーと二人、領地にこもって、もうユライナへは来るな。フォクサーヌを毒で殺そうとしたのも、フォンナを襲ったのも、ル・ギラン男爵だということで落着はした。ヤツは死刑だろうな。が、陛下が妬んでいらっしゃるのは君だ。君は砂虫の毒のせいで目が見えなくなったと、ウワサを立てておくから。そうすれば、陛下は満足しておられるだろう」

「ありがとう」


 一度は死にかけて、さすがのユスタッシュも素直になっていた。もう自分はルビーを手離せない。離れて暮らすなんて考えられない。このやすらぎを失いたくない。


 灼熱の砂漠で一昼夜飲まず食わずだったのだから、体力はまだ完全に戻らない。だが、元気になれば、すぐに城へ帰り、ルビーと結婚しよう。

 ユスタッシュはそう思った。


「二人で何を話してるの?」


 ユスタッシュの上着をとりに行っていたルビーが帰ってくる。やっぱり、妖精のように可愛らしい。背中に蝶の羽が見えないのが不思議なくらいだ。


 ユスタッシュが見とれていると、エルタルーサがニヤニヤ笑う。


「おてんば姫がやけにしおらしいと話してたのだよ」

「ヒドイわ。ユスタッシュがそんな悪口、言うはずないもの。ねえ、ユスタッシュ?」

「そうとも。誤解されることを言わないでくれたまえ。エル」


 二人が声をそろえるので、エルタルーサは苦笑いする。


「わかった。わかった。ジャマ者は消えるとも」


 肩をすくめて去っていく。


「イヤだわ。ジャマ者だなんて」

「ヤツはひがんでいるのですよ」


 冬咲きの花が華麗に咲きほこる庭。

 ユイラは年中、花盛り。


「あんなところに温室があるわ」

「私がブラゴールから持ち帰った、めずらしい花もありますよ」

「ぜひ見たいわ」


 温室への近道をして、石畳の散歩道プロムナードから庭木のあいだへ入る。ルビーの衣服のすそが冬薔薇のとげにひっかかってしまった。


「待って。私がとってあげますよ」


 ユスタッシュはルビーの前にひざまずく。冬なので、温暖なユイラとはいえ、ルビーは丈長のチャロと絹のくつしたをまとっている。めくれた衣の下から、くつしたと素肌の境がちらりと見えて、ユスタッシュの頬を赤くする。


「とれました」

「ありがとう。でも、ユスタッシュ。お顔が赤いわ」

「なんでもありません」

「またお熱がぶりかえしてきたの?」


 ユスタッシュのひたいにあてようと、ルビーが手を伸ばしてくる。ユスタッシュはかるくつきはなした。病後とはいえ二十代の男だ。理性を保つには、それなりの努力を要する。


「ほんとに、なんでもないのです」


 だが、少し力が強すぎた。ルビーは「きゃっ」と可愛い声をあげてころんでしまった。ユスタッシュはあわててひき起こそうとする。


「大丈夫ですか?」


 すると、ユスタッシュの手をにぎったルビーが、ニコリと笑って、その手を強くひっぱってきた。体力の落ちているユスタッシュは、そのまま、ルビーの上に倒れこむ。


 ふふふと、ルビーが笑った。


「お返しよ」

「ルビー……」


 少女のやわらかさを全身で感じた。以前、一度だけ、くちづけたことがある。二人で小舟に乗った湖礼祭……。


 気づくと、ユスタッシュはルビーの唇に唇でふれていた。以前はふれあうだけの一瞬のキス。でも今は、大人の女性にするように、深く、唇をあわせる。


「ユスタッシュ……」


 ルビーの両腕がユスタッシュの首にまわる。頬は桜色に染まり、甘い吐息をつきながら、かたく目を閉ざしている。ルビーはふるえ、ユスタッシュを抱く肢体にも折れそうな幼さが残っている。


 これは彼の宝物だ。大切に育てるべき温室の花。まだ、つむのは早い。


 ユスタッシュはルビーを抱きしめたまま起きあがる。


「失礼」

「……」


 しかし、ルビーの答えは熱っぽい視線だ。瞳がうるんでいる。

 ユスタッシュは笑った。


「続きは結婚式のあとで」

「約束よ」


 手をつないで歩きだす二人を、木陰からエルヴェが見つめていた。

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