第72話 目覚め
ユスタッシュが目ざめたとき、目の前にルビーがいた。
愛しいルビー。
ユスタッシュの天使。
これは夢だろうか?
「あなたそっくりの天使をつかわせるなんて、神もたまには気のきいたことをしてくれる」
ユスタッシュがそっと手を伸ばし、その頬にふれると、ルビーそっくりな天使は笑った。
「ユスタッシュ、ここは天国じゃないのよ? あなたは助かったの。ベルモット邸よ」
ユスタッシュは戸惑いつつ周囲を見まわした。なるほど。ベルモット邸の客間だ。枕元にはルビーのほかにも、エルタルーサやエルヴェ、リードなどがいる。叔父のベルモット侯爵もだ。
どうやら夢ではないと気づいて、あわててユスタッシュは手をひっこめる。たぶん、ものすごく赤面しているであろう。顔が熱い。
「私はいったい、どうしてここに?」
近衛隊に捕らわれて、獄舎の塔の最上階へ押しこめられた。が、途中から意識がもうろうとしたので、最後のほうはよくおぼえていない。
そういえば、もう我慢の限界に達して、砂の上に倒れたんじゃなかっただろうか? そのとき、誰かの声を聞いたような気が、かすかにする。
しかし、砂上に倒れたなら、とっくに死んでいるはずだ。でも、まだ死んではいないらしい。
エルタルーサが笑う。
「安心するといい。君が倒れたとき、私がすぐ外まで来ていたんだ。牢番を処刑室へ押し倒してやって、砂虫がそっちに群れてるあいだに君をかかえだした。それでも、十匹ばかりに刺されていたがね。キャランで買ったという毒消しを飲ませて、今日で三日めだ」
「三日……」
おそらく、そのあいだ、生死の境をさまよったのだろう。まったく記憶がない。それでも死なずにすんだのは奇跡だ。キャランの毒消しがなければ、まちがいなく、ユスタッシュはすでにこの世にいなかった。
「ずいぶん憔悴していたよ。しかし、気づいてよかった。気分はどうだ?」
「悪くない」
むしろ、最高だ。何しろ、目の前にルビーがいるのだから。とはいえ、体力が落ちているのはわかる。体がとてもだるいし、起きあがる気力が出ない。
「どうして、私は解放されたんだ?」
「まあ、その話はおいおいにしてあげよう。とにかく、君の罪は晴れた。自由の身だ」
エルヴェがいるせいか、エルタルーサはくわしくは語らなかった。
かわりに、ルビーが心配そうに言う。
「何か食べたほうがいいわ。かるいスープでも。眠っているあいだも、水しか口にしていないのよ」
それにしても、なぜここにルビーがいるのだろうか?
ユスタッシュが死にかけていたから、エルタルーサが呼んだのだろうか? だからと言って、ルビーが招きに応じてくれるなんて、とんでもなく意外だが。
(おれは、うわごとでルビーを呼ばなかっただろうか?)
意識があるときなら自分を抑えられる。が、意識がないあいだまではコントロールできない。不安だが、でも、それもどうでもいいような心地になる。
今ここにルビーがいてくれる。ユスタッシュを優しい眼差しで見守ってくれる。それだけでいい。
「なんだか、また眠くなった」
「きっと安心したからよ。食事が来るまで寝てたらいいわ」
ユスタッシュはルビーに笑いかけて目を閉じる。
寝息を聞いて、エルタルーサが、みなにうながす。
「さあ、ここはルビーに任せて、我々は出ていこう。ただのおジャマ虫だろうから」
「う、うん」
エルヴェが兄とルビーのようすをちらりと見て、エルタルーサにしたがう。シャンテや侯爵もぞろぞろと出ていって、室内にはルビーとユスタッシュの二人きりになった。
「ユスタッシュ」
今度はルビーがユスタッシュの頬を、そっとなでる。
うわごとで何度もルビーを呼んでいた。かすかに目をあけたとき、ルビーを見て微笑んだ。とても幸せそうに。
(そうなのね? あなたはほんとに、わたしを愛してくれてるのね)
熱に浮かされて、いつもは隠している本心が透けてみえた。
(わたしもあなたが好きよ。ユスタッシュ。クルエルの叔父さまがアレコレ言ってくるかもしれないけど、いくら気のいいユスタッシュでも、叔父さまがあなたをおとしいれた張本人だと知れば、言いなりにはならないわ。わたしたち、結婚するの。もう誰にもジャマさせない)
ルビーは眠るユスタッシュの手を両手で包みこむ。




