第71話 破滅の時
皇都の花街は世界一の華やかさだ。夜遅くまで明かりがともり、娼妓の笑い声や楽の音が響く。ユイラ人の娼婦はどれも美しい。ましてや貴族相手の高級娼婦ともなれば、目をみはるほどの美姫だ。
そうした高級娼婦のいる店は、建物からして違う。花宿というより邸宅だ。とくに帝立の娼家である『美神の息吹』は、そのへんの宿とは格が違う。貴公子たちの社交場だ。客は家紋入りの豪華な馬車で来なければ、なかへ入れてもらえない。
そのアレイラの息吹のまわりを、もう二周もしている馬車があった。ル・ギラン男爵レニードの乗り物だ。
「旦那さま。いかがいたしましょう?」
この日のために雇ったばかりの品のいい御者がたずねてくる。レニードは舌打ちした。
「ここでいい。おろしてくれ」
「よろしいのですか?」
「おまえはさきに帰れ」
「では、そのように」
馬車からおりて、レニードは宮殿それじたいにも遜色ない華麗な建物を恨みがましくながめる。
(ちくしょう。やっぱり落ちつかねぇや)
計画は大成功。公爵から多額の礼金をもらい、城までくれるらしい。これからはどんな贅沢でもできる。前々から一度でいいので行ってみたいと思っていたアレイラの息吹で楽しもうと思ったのだが……。
やはり、なれないことはするもんじゃない。どうにも居心地が悪い。
(どうせ、あんなとこの女はお高くとまって、つまんないヤツらさ。顔はちっと落ちても、いつものとこがいいに決まってるさ)
心のなかで負け惜しみを言って、下街のなじみの宿へ急いだ。辻馬車にも気前よく銀貨を一枚出してやる。やっと自分にも運がむいてきたと思うと気分がいい。
これからは金に困れば、クルエル公爵にせびればいい。何しろ、ユスタッシュをおとしいれたのは公爵だ。秘密を持つのがツライと言えば、そのたびに金を渡してくれるだろう。
ユスタッシュがブラゴールの間者だと皇帝が言いだしたときにはおどろいたが、復讐できるなら理由はどうでもいい。
そう考えつつも、あのときのクルエル公爵と皇帝のやりとりを思いだすと、なぜか背筋が冷たくなる。もう二度とかかわりあいになりたくない連中だ。
レニードは落ちつかないその感覚をふりはらい、いつもの宿へとびこんだ。
「今日はにぎやかに行こうぜ。みんな飲め。ほら、金はいくらでもあるんだからよ。なんでもおごってやるぜ」
「きゃあっ、素敵!」
「ほんとになんでもいいの?」
「だから好きよ。レニード」
女たちの白粉の匂いがレニードを安心させる。
「楽士でも踊り子でも呼んでこい。今夜はおれの貸し切りだ!」
ふところから銀貨を出してバラまくと、女たちが競って床をはう。
宿じゅうで大さわぎだ。
レニードはわが世の春を謳歌していた。これからはずっとこんな日が続くのだ。もう二度と誰にもバカにされることはない。ここにいるかぎり、楽しいことしか起こらない……。
なのに、なぜ、こんなにも不安なんだろう?
胸の底に暗い渦巻きがトグロを巻いている。必死に押さえるが、今にもソレがあばれだしそう。
レニードは自分が追いつめられた獣であるかのような気がしてきた。
そして、夜明けごろ。それはやってきた。皇帝の近衛隊だ。
「ル・ギラン男爵。陛下の命により、貴君を連行する」
ああ、これか。
これが不安の正体か。
原因がわかって、レニードはむしろ、ホッとした。




