第69話 処刑場の恐怖
暑い。暑さで意識がもうろうとする。頭はガンガン割れそうだ。
処刑場に入れられてまもなく、ユスタッシュはこの部屋の真の恐怖に気づいた。
砂虫はたしかに恐ろしい。しかし、やつらはどうやら定期的に毒をぬかれている。ユスタッシュが刺されても即死しなかったのが、その証拠だ。
もちろん、それだって、毒が皆無というわけじゃないだろう。何度か刺されれば、いずれ必ず致死量に到達する。
現に、一度かまれたユスタッシュの視界はグニャグニャとゆがんで見える。
(砂虫の毒は、助かってもあとで目にくると聞いたな)
しかし、ほんとに砂虫のせいなのか、それとも、この部屋の特殊性のせいなのかは、どちらとも断言できない。
なるほど。ここは処刑場だ。この部屋に数日入れられているだけで、たいていの人間が死ぬだろう。あるいは、もっと早く。
最初に入ったとき、やけにまぶしい、そして暑いと感じたのは気のせいではなかった。
この部屋の天井の大部分は巨大な水晶でできている。つまり、陽光を何倍にも増幅させるレンズなのだ。ユイラの気候はおだやかだが、一年のほとんどが晴天だ。陽光を増幅するこの部屋では、それは炎熱地獄を意味する。
もはや、ユイラの気候ではない。灼熱の砂漠だ。空気は極限まで乾燥し、日をよける影もない室内に、ハレーションを起こすほどの陽光があふれかえる。
夜になれば日差しはおさまるものの、昼間あぶられた砂と空気が、いつまでも熱気を放出し、体感温度はまったくさがっている気がしない。
そして、また朝——
喉がカラカラだ。昨日から一滴も水を飲んでいない。
食事は日に三回、あの牢番が運んでくる。鉄の扉をあけて、盆ごとパンやスープが戸口に置かれる。水差しもいっしょだ。しかし、どうしろというのか?
そこまで飲食をとりに行けば、そのあいだに砂虫に何度刺されることか。
だから、水を渇望しながら恨めしくながめるしかない。
それにしても、もう限界だ。暑さと水分不足、それに睡眠の不足。
椅子のすぐ下に砂虫がひそんでいるのはわかっている。かすかな気配が感じられた。椅子の上にヤツらがあがってこないのは、単にそういう習性だからだ。砂に身をひそめ、獲物が頭上に通りかかるのを待ちぶせする。それが砂虫の狩りの方法だ。
ユスタッシュはそれを知っていたから、椅子の背もたれに腰かけ、座板部分に足をのせていた。そうしていなければ、数分で足が骨だけになってしまう。その体勢でバランスを保つためには寝るわけにいかなかった。一睡もしていない。
もう汗も流れない。目が乾いて痛むが涙も出てこない。
意識がふととぎれそうになったとき、あわてて自分を叱咤する。椅子から落下した瞬間、どうなるかわかっているから。
砂虫に刺されたのに、さほどの症状が出なかったわけは、昨日の段階で判明した。日に一度、あるいは数日に一度、あの牢番が砂虫の毒をぬいているのだ。
一匹ずつ捕まえて毒ぬきするわけじゃない。もっと原始的な方法だ。
とつぜんドアがあき、ドサリとなげこまれたのは、まだ生きた野うさぎだった。すくむウサギを、またたくまに砂虫がかこみ、わさわさと群がって、あっというまに骨にしてしまった。まだ、その骨は入口付近にころがっている。キレイなものだ。肉片が一つもない。
おそらく、牢番はそれをわざとユスタッシュに見せた。おまえもいずれこうなるんだぞと、見せつけたわけだ。
ウサギの肉が少しずつかじりとられていくさまを、つぶさに見た。自分もああなるのかと思うとゾッとする。生きたまま食われるのはどれほど痛いだろう。それも、じわじわとだ。
その恐怖に抗うためだけに、これまで耐えてきた。もうとっくに限界だ。眠いし、苦しい。意識をハッキリ保てない。
(もういいじゃないか? どうせ、おれを愛してくれた父はもういないし、母もいない。エルヴェはおれがいなくなったほうが幸せだ。誰にも必要とされていないなら、このまま……)
あきらめの気持ちがよぎる。いや、あきらめとか、もうそんなものでもなかった。ただ眠いのだ。このまま、あのやわらかい砂地によこたわれば、どれほど心地よいだろうか……?
意識が十秒ほど、とぎれた。真っ白な空白に飲みこまれる。
椅子がガタンとゆれた。
ハッと我に返る。
でも、どうにか目をあけようとしても、すぐにまた混濁してくる。世界中がグルグルまわっている。
もういい。眠ろう。
おれは何に対して抵抗してるんだった?
何もわからない……。
どこかで物音がしたような気がした。自分が倒れたのだろうか? でも、それにしては痛くない。いや、痛むってなんだ?
「——タッシュ!」
まぶたがひっついたように、あけられない。誰かが呼んでいるような? しかし、ユスタッシュには聞きとれなかった。




