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第6話 悪役令嬢登場



 広間の中央でダンスを踊るルビーを、ユスタッシュは陶然と見つめた。


「美しい姫君だな」


 思わず、感嘆の声がもれる。

 人ごみをさけて、すみの長椅子に座していたが、つきしたがうリードがそっと返答してきた。


「まるで妖精の羽を背中に隠しているようです」

「ああ。まさに」


 正直、ユスタッシュは少女をひとめ見るまで、まったく念頭になかった。群れつどう招待客をかきわけて近づくあいだも、なるべく早く退場しようとしか考えていない。


「失礼。そこを通していただきたい。よこを失敬」


 失礼と失敬を連発しながら強引に通ると、まわりでひそひそ声がかわされる。


「あら、イヤだ。あれはどなた? ブラゴール人ではなくて?」

「スゴイ格好ですね。仮装大会でもあるまいに」

「肌に顔料でもぬってるのでは?」

「まあ。わたくし、さっき、ぶつかってしまったわ。ドレスが汚れていませんこと?」

「汚れてはおりませんね」

「では、本物のブラゴール人なのね」

「それにしては顔つきが……」

「あら、あれ! ユスタッシュではありません? ラ・マン侯爵家の」

「おや、ほんとだ」

「ガッカリですわ。あの肌の色。あんなに美男子でしたのに」

「あれじゃ、どこの国の人だかわかりませんね」

「まあ、彼は以前から変わり者でしたよ」


 コソコソかわされる声がユスタッシュの神経をさかなでする。母国だというのに、やはり、この国は苦手だし、嫌いだ。ブラゴールのほうがはるかに気性にあっていた。頭に血がのぼってしまって、令嬢のもとへたどりついたときには、まわりなど見えていなかった。


「ユスタッシュじゃないか!」


 とびついてくるクレメントにひっぱられるまま、てきとうに令嬢のあいさつをすまし、居心地悪いその場所をあとにしようとする。


 そのあいだにも全身に針のようにつきささる好奇の目を感じていた。

 これと同様の目をヒルダ皇女もしているのだろうか? だとしたら、耐えられない。主役の令嬢の母だから、必ずこの近くにはいるはずだ。でも、探そうとすら思わなかった。

 だから、令嬢の手に接吻するときも、まともに顔も見ていなかったのだが……。


「野蛮人みたいだ!」


 ハリオットの罵声をあびて、思わず顔をあげてしまった。そして、初めてまともに令嬢のおもてを視認する。


 それは、たしかにまだ十歳の少女にすぎない。華奢な手足も、折れそうな首も、ふくらみかけた小さな胸も……しかし、世の中にはツボミのときから咲きほこったときの馥郁ふくいくたる香気をすでに感じさせる花もあるのだ。


(ものすごい美貌だな)


 大人が圧倒されるほどの完璧な端麗さだ。ひじょうに美しい。

 宝玉のように、光に透けると色の変わる瞳。透きとおる純白の肌。小さな唇も、頬も薔薇色で、うっとりするような輝きを放っている。


 ぼんやり少女をながめていたので、自分がどんな受け答えをしたのか、よくおぼえていない。そういえば、年下の従兄弟にさんざんイヤミを言われていたような気もしたが、じつのところ、耳に入っていなかった。


「ごめんなさいね。人魚の王」


 令嬢がそう言ったので、初めて我に返った。


 人魚の王——

 父でさえ敵国人のようだとなげいたのに、少女はそんな美しい言葉でユスタッシュをたとえる。外見の美しさだけではない、内面の優しさも見てとれた。

 それだけのことではあったが、感動した。


 ユスタッシュが少女の言葉に酔っていたときだ。人の輪を離れて近づいてくる者がある。


「ユスタッシュ」


 父方の従兄弟のエルタルーサだ。六つ年上の彼は、変わり者あつかいされるユスタッシュにとって、数少ない心をゆるせる友人だ。


 ユイラ人は優美ではあるが、冷たい造作が多いのに対し、エルタルーサは目尻が少しさがりぎみであるせいか、甘い顔立ちをしている。背も高く、いかにも洗練されたユイラ人だ。


「もっと早く合流したかったが、しつこいラ・ミエル夫人にまといつかれて。よく無事に帰ってきたな。おかえり。ユスタッシュ」


 派手に抱擁してくる従兄弟に、ユスタッシュは苦笑した。とはいえ、気心の知れた友人との再会はユスタッシュ自身も嬉しい。


「言うほど危険ではなかったよ。ブラゴール人は思ったより、さばさばしていて気持ちがよかったぞ。それより、行き帰りの船のほうが危ないくらいだ。海賊が出る」

「それは君の性格ならブラゴール人も気をゆるすさ」

「ユイラ人らしくないからな」

「そう。腹芸ができない」


 肩をたたきあって笑うのもひさしぶりだ。言葉の裏にある親愛の情は変わらない。


 ところが、そのときだ。


「お兄さま」


 今度は集団で人がやってくる。その声を聞いて、ユスタッシュは顔をしかめた。


「お兄さまったらヒドイですわ。三年もお便り一つくださらないのですもの。わたくしのことなんて、お忘れだったのでしょうね」


 ユスタッシュはエルタルーサと目を見かわして嘆息する。


 声のぬしは、これまた従姉妹の一人。クルエル公爵家のフォンナだ。父が結婚相手に勧めてきた令嬢である。黒髪に銀糸を編みこみ、豪華な衣装をまとっている。まわりには彼女のとりまきがかしずいている。


 もちろん、ユイラ人なので美人だ。しかし、ユスタッシュはこの娘が苦手だった。現に今も、かけよってくると、いきなり抱きついてきて、頬ではなく唇に接吻してくる。ただのあいさつにしては親密すぎる。ユイラの貴婦人はたいてい、このくらい自己主張が強い。


 いちおう失礼にならないよう、フォンナの手をとってキスしたものの、できれば、今すぐ逃げだしたい。

 フォンナは前々からユスタッシュに気があるようで、何かと追いまわしてくる。たしかに三年ぶりに会うと成長して、すっかり大人の女性になっていた。でも、子どものころのワガママぶりを知っているので、いっこうにそういう気になれない。


「まあまあ。ユスタッシュ。彼女たちにブラゴールのめずらしい話をしてやるといい。ルーツ海に出る海賊とか」


 エルタルーサがとりなしたので、フォンナの機嫌はなおった。ユスタッシュの腕にとびついてくる。こうなれば、しかたあるまい。ムリに退散すれば、またフォンナの機嫌をそこねてしまう。


「わかった。では、話そう。腕を離してはくれないか」

「約束ですわよ?」


 ユスタッシュのまわりに女たちが群がってくる。

 最後にチラリと妖精のような少女をながめた。が、すでに男たちにかこまれて、少女の姿は見えなくなっていた。

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