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異世界源氏物語〜愛に形があるのなら私はあなたの翼になる〜  作者: 涼森巳王(東堂薫)
八章 古代の処刑場

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第67話 そのころのユスタッシュ



 少し前。

 近衛隊に捕らえられたユスタッシュだ。

 皇帝の前で申しひらきでもさせられるかと思えば、それさえもなく、牢屋へ連行された。宮殿の裏手にある獄舎ごくしゃの塔だ。


「私は陛下に目通りさせてはいただけないのか? そもそも、私の罪とはなんなのだ?」


 先導する近衛隊長にたずねるが、沈黙が返ってくる。隊長に聞く耳はない。そして、サリウス帝もまた話しあいなど求めていないのだと、ユスタッシュは知った。


(やはり、恨まれてしまったのだな)


 サリウス帝にとって、ユスタッシュの罪などなんでもいいのだ。ただ、気に入らない相手だから罰したい。それだけだ。


 ひさしぶりの馬術大会で友人たちと競えることか嬉しくて、つい目立ちすぎてしまった。もっと抑えていなければならなかったのだ。


 だが、それももう遅すぎる。


 その名にふさわしからぬ白亜の塔が、澄んだ青空にそそりたつ。これがユイラの暗い歴史にその名をとどろかせる、おぞましい場所だとは思えない優雅さだ。

 獄舎の塔の門扉がひらかれ、ユスタッシュはそこで近衛隊から牢番へひき渡された。


 牢番はたった一人だ。この男だけなら逃げだせる。が、塔の外にはまだ近衛隊がいて、ユスタッシュを見つめていた。隊長に肩を押され、塔のなかへ入れられる。外から無情に鉄の扉が閉ざされた。さらにはかんぬきのかけられる音が響く。これでもう逃げだせない。


 ひひひと笑いながら、牢番がユスタッシュを流し見る。


「わたくしを殺そうなどと思われますな。あなたさまの世話をする者がいなくなり、餓死するだけですぞ」


 たしかにそうだ。しかも、ユスタッシュは剣をとりあげられ、両手をうしろ手に縛られている。牢番はムチを持っているから、よほど好機を見計らわなければ、むやみに逃げだそうとしても、いいようにムチを浴びるだけである。


「ささ、行きなされ。わたくしは猛毒の針も持っておりますれば、言うことを聞かねば、チクッとひと思いにやってしまいまする。まあ、そのほうが、あなたさまはお喜びでしょうがね。投獄中に罪人がウッカリ死ぬことは、よくあるもので。陛下も何も言われませぬよ」


 言葉つきだけは丁寧なのがシャクだ。が、ここは言われたとおりにするしかなかった。


「さあさあ。では、高貴のおかたには、ちとキツイですぞ。侯爵さまには最上階まで行ってもらわねばなりませぬからな」


 獄舎の塔の最上階。

 その場所については、ウワサがある。何やら、古代に造られた処刑場だというのだ。これまでに大勢の罪人がそこで帰らぬ者となり、今でもその魂は救われず、塔内をさまよっているのだとか。


「とても恐ろしい場所だそうだな。大の男でも泣きわめいて命乞いするとか」

「ヒヒヒ」


 ダメだ。処刑人なんて、やはり、どこかおかしいのだろう。話にならない。見ためはむしろ、ほっそりして、そこそこ整っているのだが、目つきがとてつもなく薄気味悪い。


 両側を壁と牢屋にはさまれた細いらせん階段を、ただひたすらあがっていく。これじたいが拷問かと思うほど長い。

 牢屋はどれも無人だ。獄舎の塔は貴族の罪人専用なので、投獄される者はほとんどいないのだ。


「さあ、どうぞ。侯爵さま。こちらへ」


 ようやく、最上階にたどりついた。牢番が扉をあけ、手招きする。


 不快だが、ユスタッシュは自らそこへふみこんだ。

 泣きわめいても、ユスタッシュを痛めつけたい皇帝を喜ばせるだけだ。たとえ、ここで死ぬとしても、毅然きぜんとした態度を失うまいと決意していた。


「ヒヒヒ。美しいばかりか、潔い侯爵さまですなぁ。まあ、そんなところが嫌われたのでしょうがね」


 背後でバタンと扉が閉まる。もちろん、それに続いて鍵の音も。

 ヒヒヒと笑いながら、牢番が去っていった。


 ユスタッシュは首をかしげる。処刑場というから、てっきりあの牢番が何かすると思っていたのに、これは予想外だ。


 なかは思っていたより広い。最上階全体が一室になっている。円形の部屋。その丸い部屋の床いちめんに砂が厚く敷きつめられている。部屋の中央に一つだけ椅子が置かれていた。


 そして、処刑場というから暗いふんいきを想像していたのに、思いがけず、室内は明るい。陽光がさんさんとあふれていた。そのせいか、温暖なユイラにしては、かなり暑い。まるで温室のなかだ。


 そのときだ。

 とつぜん、足がチクリと痛んだ。針で刺されたような、するどい痛み。


 ユスタッシュは足元を見おろして、ゾッとした。

 この部屋の処刑の仕組みがわかったのだ。


(砂虫だ!)


 それはブラゴールの砂漠で、イヤというほど見た生き物だ。ひと刺しでラクダや馬でさえも倒す猛毒を持つ。

 室内に敷きつめられた砂。その下に、おびただしい数の砂虫がいる……。


 ユスタッシュはあわてて、中央の小さな椅子まで走った。ガサガサと砂をかきわけて砂虫が追ってくる。どうにか群がってくる前に椅子へあがれた。


 しかし——


(砂虫に刺された。ラクダが死ぬんだぞ。今ので、もうダメかもしれない……)


 でも、それなら、案外ラクに死ねる。砂虫の毒は即効性だ。さほど苦しまなくてすんだことだけはラッキーだった。


 幼いエルヴェを一人にしてしまうと思った。が、さすがにユスタッシュがいなくなれば、セブリナを城へ呼びもどすだろう。むしろ、昨今のギクシャクした兄弟関係が続くより、エルヴェは喜ぶに違いない。


(そうか。おれが死んでも、悲しむ者がいないのか)


 なんだか、バカバカしい。

 息をつめて生きづらい思いを我慢する必要なんてなかったのだ。


 するりと涙がすべりおちた。


「ルビー……」


 ただもう一度だけ、あの人に会いたかった。それだけが心残りだ。

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