第65話 少女二人
エルタルーサが宣言する。
「これから私は大急ぎ、エルニルーク城へ行き、ル・ギラン男爵の悪行の証を手に入れる。ユスタッシュは慎重だ。証拠を何一つ残さず処分するとは思えない。おそらく、男爵が書きかえた書類を無効印をした上でとってあるだろう。往復に丸一日はかかるが、ルビー。君は私が帰ってくるまでに、クルエル公爵を説得してくれたまえ」
そう言い残して、エルタルーサは出ていった。途方に暮れていたリードをともない、北空の一星号へむかったのだ。
ルビーも追うようにベルモット家をあとにした。乗ってきた馬車で、今度はラ・クルエル邸をめざす。
(神様もイジワルね。やっと、ユスタッシュを好きだとわかったのに。やっと、あの人もわたしを好きだと知ったのに。わたしたち、ほんとはずっと相思相愛だったのね)
もっと喜びにむせび泣いてもいいはずの事実。でも、実った瞬間にその恋を断念しなければならない。そうでなければ、愛する人は死ぬかもしれない。死なないまでも、五体満足では戻ってこれないかもしれない。
もしも、あの深い海のような青い瞳が失われたら?
それとも、ルビーをかるがると抱きあげてくれた腕がなくなってしまったら?
いや、もっとヒドイ状態だって考えられる。もはや誰なのかわからない一塊の肉になりはてていたら……?
そんなこと、あってはならない。そうなる前に必ず助けだすのだ。
ルビーの決心はかたい。だからといって、悲しくないわけではなかった。
(そうよ。わたし、初めて会ったときから好きだったわ。わたしの人魚の王。素敵な笑顔を隠していたあなた。わたしだけに笑いかけてくれた。湖礼祭では、そのたくましい腕でマストからおろしてくれた。ガラスの底の小舟に乗って、二人でただよった。あれは星祭だったかしら?)
今なら、わかる。ユスタッシュがルビーを侮辱したのは、ほかに婚約者がいたからだ。わざと、ルビーに嫌われようとした。ルビーが別の人を好きになるように。
(あなた、バカよ。ユスタッシュ。そんなの優しすぎるわ。言ってくれないとわからないじゃない。わたし、子どもだったんだもの)
何より悔しいのは、一度は求婚されていたという事実だ。あのとき、もしも……もしもだが、ルビーがときめきの正体に気づいてさえいれば、プロポーズを反故になどしなかった。年齢差はあるけど、二人はあっさり結婚して、めでたしめでたしですんでいた。それが悔しい。
(どうして、あのとき、わたしは子どもだったの? 愚かだったわたし。幼すぎた。今なら絶対に手放しはしないのに)
優しすぎるあなたと、幼すぎたわたし。
今なら、結ばれるはずなのに、それはゆるされないことなのね。
涙がするりとすべりおちる。
泣きふすルビーを、胸を痛めながら、サラエラが見つめていた。
(申しわけありません。姫さま。わたしがもっと早く告げていれば、こうはならなかったかも……)
サラエラは気づいていた。先日、ユスタッシュに助けられたとき、もしかしたら、彼がルビーを愛しているのではないかと。
ルビーの体面を気づかう優しさを持つ人が、あえて侮蔑的な態度をとるのは、そこにモラル以上の深い愛情があるのではないかと。
侯爵さまは姫さまを好いていらっしゃる——
女の直感だ。
でも、それをルビーには教えなかった。嫉妬したからだ。
ルビーを知る貴公子はみんな、ルビーを好きになる。それが誇らしかったはずだ。でも、ユスタッシュもそうなのだと思うと、やるせない心地になった。
(わたしは誰にも愛されない。誰の目にも透明な、いてもいなくてもわからないもの。わたしの愛した人はこれからさきずっと、一人残らず姫さまを好きになる……)
だから、言えなかった。それどころか、ハリオットの魔の手から、ユスタッシュに助けてもらった事実さえ告げなかったのだ。
でも、あのとき、サラエラが打ちあけてさえいれば、何かが変わっていたかもしれない。ユスタッシュはルビーとかけ落ちして、馬術大会には出なかった可能性だってある。
そうしておけばよかったと、今になって悔やんでも遅すぎる。
ルビーがイヤな結婚をする必要もなかったし、ユスタッシュが無実の罪におとしいれられもしなかった。
(わたしさえ、あのとき……)
ルビーの押し殺した泣き声が、サラエラの良心につき刺さる。




