第64話 ルビーにだけできること
どうしたというのだろう?
ベルモット邸のようすがおかしい。
いつもみたいに遊びにきたルビーは、すぐに異変に気づいた。
本心をいえば、エルタルーサと仲がいいから、ユスタッシュが遊びにきていないかと思ったのだ。フォクサーヌが助かったらしいとウワサに聞いたので、そろそろ、この屋敷をおとずれているのではないかと。
だが、迎えにでたシャンテの顔つきは厳しい。
「シャンテお姉さま。どうなさったの? ご家族に不幸でも……?」
シャンテはいやに深刻な顔でルビーをながめる。
「あなたになら話してもいいわね。あなたの家族とも血のつながりがあるのだし。それに、あなたのお母さまならご容赦を願いでられる」
「お母さま? もと皇女だから? 皇帝陛下がベルモット家に無理難題でも?」
シャンテは暗いおももちのまま首をふる。
「わたしたちではないの。ユスタッシュよ」
「えっ?」
またブラゴールの大使へ行けとでもいうのだろうか? 一人が三度も同国へつかわされたなど、これまでないはずだ。
しかし、シャンテの表情はそのていどとは思えない。もっと重大な事態だ。
「まだ内密にしてちょうだい。いずれ、人の口にのぼるとは思うけれど。じつはね」
シャンテが言いかけたところへ、表からエルタルーサが帰ってきた。
「逆恨みもいいところだ! あの執念深い蛇どもめ。話にならん!」
ふだんは人をくったような態度のエルタルーサが、めずらしく怒りをあらわにしている。
「お兄さま。何かわかって?」と、シャンテがたずねる。
エルタルーサの目がシャンテからルビーに移った。その目つきが、なんとなく哀れむようなそれになっていく。
「ねえ、エル兄さま。ユスタッシュがどうしたの? シャンテお姉さまが、ユスタッシュに何かあったって——」
ルビーがすがりつくと、エルタルーサは嘆息した。
「ここではなんだ。私の部屋へ来なさい。シャンテ、おまえもね」
「待って。サラエラはいいわよね? サーラはわたしの姉妹みたいなものよ。絶対に信頼できるから」
内密の話なのだと悟って、そうお願いする。
「サーラはたしかに世界中でもっとも口がかたい侍女だ。いいだろう。来なさい」
四人でエルタルーサの部屋へ行くと、入念に人払いしたのち、彼は語りだした。
「もうシャンテから聞いたかもしれないが、今朝早く、ユスタッシュが皇帝陛下の近衛隊に捕らわれ、宮廷へつれていかれた」
それは予想もしていなかった答えだ。ユスタッシュの身に問題が起きたとしても、せいぜいブラゴール大使の任務だろうと。まさか、これほど深刻な事態とは。
ルビーは全身がふるえてくるのを感じた。恐怖で足がすくむ。
(嘘……よね? ユスタッシュが皇帝陛下に……でも、なぜ?)
ルビーの目が訴えていたのだろう。エルタルーサはうなずいて続ける。
「近衛隊は詳細を知らなかったから、私がちょくせつ宮殿へ行って聞いてみた。それによれば、ユスタッシュがフォクサーヌを毒殺しようとしたのだと。訴えの場を見ていた大臣に聞いたのだから確実な話だ」
「そんなバカなことってないわ! ユスタッシュは悪事を働く人じゃない!」
ユスタッシュに侮辱されたときには憤ったけど、ルビーにだって、そのくらいはわかる。ユスタッシュはそういうまがったことを嫌う人物だ。
「第一、そんなマネしなくたって、ユスタッシュが優勝するのは目に見えてたもの」
「もちろんだとも。だから、逆恨みだというんだ。ユスタッシュは馬術大会であまりにも見事だった。新皇帝はそうした臣下を嫌うのだよ」
苦々しげなエルタルーサの言葉に、ルビー自身、納得する。たしかに、サリウス帝は陰湿でいやらしい性格だ。そのくらいはするだろう。
「でも、ラ・マン侯爵家は皇室と永年守護の関係よ。いくら皇帝陛下でも……」
「そこはなんとかする気なんだろう。この件にはル・ギラン男爵とラ・クルエル公爵がからんでいる。蛇どもがより集まって、何事か企んでいるんだ」
そう言って、エルタルーサはまたあの哀れむような目をする。
「ルビー。ここに君がいるのも運命だろう。君はユスタッシュを好きか?」
「好きよ。お父さまより、お母さまより。わたし、あの人に恋してる」
エルタルーサは苦く笑う。
「いいね。君は正直で」
「でも、ユスタッシュはわたしを嫌ってるわ。いつも侮辱的な態度をとるの」
「それは……まあいい。私から告げるべきではないね。ルビー。君にはヒドイことを言わなければならない」
「まあ、何?」
エルタルーサは目を伏せる。
「皇帝陛下はユスタッシュがブラゴールのスパイだとおっしゃられたそうだ。だが、じつのところはただの嫉妬だ。本気で殺す気はない。そして、クルエル公爵が一枚かんでる。となればだ。陛下はいざとなれば、公爵が止めに入ると見越しているのだ。つまり、ユスタッシュを救うためには、クルエル公爵を動かさなければならない」
「どうやって?」
「クルエル邸の召使いにおしゃべりなのがいてね。聞いたら、昨夜、フォンナ姫がならず者に襲われたのだそうだ。それを指図したのがユスタッシュだと」
「またユスタッシュなの? ありえない」
「そうとも。おそらく、こっちがル・ギラン男爵の謀だろうね。公爵がそれを頭から信じてるかどうかはわからない。たふん、違うと思うがね。あの聡明なクルエル公爵がそのていどの策略を見ぬけないはずがない。だが、だまされたふりをすれば、彼に有利な見返りがあるわけだ」
ルビーは考えた。そして、いつもユスタッシュにひっついているフォンナを思い浮かべる。
「もしかして、フォンナ姉さまのためなの?」
「だろうね。いったんユスタッシュを窮地に立たせ、それを救ってやって、フォンナとの結婚を逃げられなくする」
ズキリと、ルビーの胸が痛む。愛する人が望まぬ結婚をしいられようとしている。それを自分にはどうしようもない。
それだけではなかった。さっきからエルタルーサの態度が妙なのは、ルビー自身にとってもツライ決断を求めるからなのだと、次の瞬間にわかった。
「ルビー。君がクルエル公爵に頼むんだ。ユスタッシュを助けてほしい。一刻も早くと」
「えっ? わたし?」
それは、クルエル公爵は親戚だ。しかし、公爵とルビーは年も離れているし、とくに親しいわけではない。息子のハリオットとは幼なじみであるが。
「わたしが叔父さまに? どうして?」
「これは君にしかできないことなんだ。君がハリオットと結婚するから、かわりにユスタッシュを助けてくれと乞えば、さすがの公爵も動くだろう」
ガンと頭をなぐられたような衝撃をおぼえる。
「なぜ、わたしがハリオットと……フォンナお姉さまの結婚に、わたしが関係してるの?」
「ハリオットが君と結婚したがっている。公爵にとってみれば、娘と息子の願いが一度に叶うんだ。喜ばしいだろう。しかも、君が結婚すれば、ユスタッシュもあきらめがつくだろうからね」
「なぜ、ユスタッシュが?」
エルタルーサは渋ったのち、低く告げた。
「ユスタッシュが君を愛してるからさ」
「嘘よね? そんなの」
「嘘じゃない。できれば、私から明かしたくはなかったが」
信じられない歓喜と絶望が、ルビーを同時に襲う。愛する人も自分を愛してくれている。だが、その彼を救うためには、好きではない人と結婚しなければならない。
エルタルーサはルビーの前に頭をさげ、頼みこんだ。
「今、こうしているあいだにも、ユスタッシュは牢にいる。あの皇帝だ。どんな残酷な仕打ちを受けていることか。二度と馬に乗れない体にされるんじゃないか。手足の一本でもなくして帰ってくれば、いいほうかもしれない……」
激情がルビーの心臓をなぶる。説明のつかない感情にしばし翻弄された。それでも、ルビーは決意する。
「いいわ。行きます。クルエル公爵邸へ」




