第63話 レニードの訴え
蛇のような目をしたサリウス帝の前に、レニードはひざまずいていた。官職を持たない貧乏男爵風情が、一生お目通りなど叶うはずもなかった高貴の御方だ。
冷酷だとか、嫉妬深いとか、陰口を言われることの多い新皇帝だが、人を威圧する威厳は生まれながらの皇帝と言える。性格のよしあしはともかく、風格だけをとれば、なまじの人物ではない。
レニードみたいな小悪党は、サリウス帝の視線一つで、蛇ににらまれたカエルのようにすくみあがってしまう。
「今の言葉、まちがいないな?」
問われて、レニードは冷や汗を流した。
「まちがい……ございません」
クルエル公爵の迎えが来て、いきなり陛下のもとへつれてこられ、あわてふためいたが、疑われてはいないようだ。
レニードが訴えたのは、自分の企みではない。馬車のなかで宮殿にむかうあいだ、クルエル公爵が言いだしたのだ。
「フォンナがユスタッシュに襲われたことは、できれば内密にしておきたい。婚約者に嫌われて殺されそうになったなんて、ウワサにでもなれば娘が哀れだからな。だが、このまま、すませておくわけにはいかない。ル・ギラン男爵。昨日、馬術大会でル・スター伯爵家の子息が倒れたのだが、知っているか?」
「いえ、あいにく」
「何者かが彼に毒を盛ったらしい」
レニードはまだ公爵の言わんとする意味がわからなかった。恨んで憎んではいても、ユスタッシュがそういう卑劣をする人物ではないと知っていたからだ。だからどうしても、公爵の話をユスタッシュと結びつけられなかった。
「それが、何か?」
「じつはその犯人がユスタッシュなのだ」
「……」
違う、と思った。しかし、公爵は断言している。
つまり、娘の件で訴えられないから、別の事件をでっちあげて罰してやろうとしている——と、レニードは考えた。
(なるほどね。それならそれで、いいか)
ユスタッシュへの仕返しのためなら、どんなことだって、いとわない。
「さようでしたか」と、殊勝にうなずいておく。
「というわけで、昨夜、陛下に文を送った。だが、訴えはそなたから起こしてくれないか? 私では万一、フォンナの件が露呈したとき、恨みのためとも思われかねぬ」
「なるほど。それならば、おっしゃるとおりに」
クルエル公爵が切れ者だというウワサは聞いていた。なるほど納得だ。しかし、それはレニードの思うツボであった。
そして、公爵につれられて、皇帝陛下の前にいる。
はたして、皇帝はなんと思うだろうか? もしも、ユスタッシュの性格をよく知っている人物なら、何かおかしいと感じるだろう。
レニードは内心、ハラハラしていた。が、考えこんでいた皇帝は、やがて口をひらく。
「ル・スター卿は次のブラゴール大使に決まっていたのだ」
すると、そばにひかえる大臣だちが一瞬、怪訝げな顔をした。おそらく、そんな話はなかったのだ。だが、皇帝は平然と続ける。
「あちらの皇帝がいたくラ・マン侯爵を気に入っていてな。当人は送れぬゆえ、朋友の一人を任にあててはいかがかと思案したのだ。ル・スター卿ならば家柄もよく、まだ独身。大使にうってつけ。近々、卿に意向をたしかめる心づもりであった」
そういうサリウス帝の心の内には、しかし、ユスタッシュへの嫉妬がうずまいていた。
神馬と一体になったかのような大会でのかけっぷり。女たちの眼差し。男たちの感服。何よりも友人のためなら栄光も返上する潔さ。
すべて、自身にないものだからだ。
(できすぎた臣下は嫌われることを、侯爵は知らぬらしい)
幼き日より前皇太子エニティとくらべられていた。エニティの明るさ。周囲のすべての人を惹きつける魅力。太陽の気質。
ようやく、そこから解放されたと思ったのに、やはり、心の底に消えぬ思いがくすぶっている。
だから、エニティにわずかでも似た人間は、みな嫌いだ。
「ラ・マン侯爵がル・スター卿を殺害せんとした。それは侯爵がブラゴールの間者だからではなかろうか?」
皇帝の言葉を聞き、レニードはポカンと口をあけてしまった。
自分のでっちあげたユスタッシュの罪が、思わぬ方向にどんどんふくらんでいく。そのうち弾けてしまうんじゃないかというほど、パンパンにふくれあがる。
「……さよう、にございますな」
「前々から、あの気難しいブラゴール皇帝が、侯爵ばかり寵愛するわけがわからなかった。が、これでハッキリしたな。自分に親しい者がブラゴールへ行けば、秘密があばかれるやもしれぬと案じたのだ」
サリウス帝は近衛隊長を呼び、今すぐユスタッシュを捕えるよう命じた。
それを待って、レニードとクルエル公爵は広い謁見の間を退出する。
レニードがふるえているのを、クルエル公爵は見逃さなかった。
(バカなやつだ。策を弄する者は、いずれ策におぼれる。人をはめるときは身のほどをわきまえねばな)
こっちには切り札があると、オニールは考える。
まずはこちらの考えどおりに進んだ。サリウス帝は嫉妬深いタチであるから、馬術大会で人気をさらったユスタッシュを快く思っていないだろうと見ぬいていた。
だが、ラ・マン侯爵家はたとえ皇帝とはいえ、一存ではとりつぶせない。十二騎士の家系は、初代皇帝より永年守護を得ている。皇室は十二騎士を、十二騎士は皇室を、永久に守り続けるという誓いをかわしているのだ。
だから、ほんとにユスタッシュを処刑すれば、ほかの十二騎士が黙ってはいない。宮廷貴族たちや地方領主たちへあたえる不信感も多大になる。それでも、あんなムチャを言いだしたということは……。
(陛下は私が切り札を持っているとご承知であらせられる。その上で、私の策に乗られたまでだ)
問題なのは、いつ退くか——だ。そこを見あやまれば、ユスタッシュは真実、死ぬだろう。




