第61話 愛のための陰謀
ユスタッシュが穏便にすます方法を考えているとき、ハリオットはすでに次の手に出ていた。
(いくら気のいいユスタッシュだって、気づいてる。僕が毒を仕込んで、彼を殺そうとしたこと。しかも、そのせいで、ヤツの友人が倒れた。ことによると死ぬかも。ル・スター伯爵は十二騎士ラ・スター侯爵家の一族だ。同じ姓をゆるされてる直系。大貴族じゃないか。跡目が殺されて黙ってる相手じゃない)
そう考えるとすぐ、ハリオットは父、オニールの部屋へ急いだ。
「父上」
まだ爵位を継いでいないハリオットにできることは少ない。ここはどうしても、ラ・クルエル公爵である父の力が必要だ。
(父上だって、どんなにユスタッシュが可愛いからって、クルエル公爵家の名誉には変えられないはずだ)
ハリオットは自分が父親似だと知っていた。だからこそ、こんなとき、父がどのように思考するのか、手にとるようにわかる。
「父上。申しわけありません。大事なお話が」
父は宮中の祝賀祭から帰ってきたばかりで、小姓たちに手伝われて着替えていたが、ハリオットの表情から何かを感じとったようだ。小姓を去らせ、二人きりになる。父のこういうところは尊敬する。
「何があった?」
ハリオットは単刀直入に告白した。
「ユスタッシュを殺そうとしました」
「ほう」
公爵は顔色一つ変えない。
「では、しくじったのだな?」
「はい」
「事情を説明しなさい」
ハリオットは正直に話した。毒を購入し、それを試合の槍にぬりつけたこと。ユスタッシュを傷つけ殺すつもりだったが、手違いでル・スター伯爵家のフォクサーヌを死なせてしまったかもしれないこと。
父は苦い顔で聞いている。
「なるほど。軽はずみをしたな」
「申しわけありません」
だが、なんのためにユスタッシュを殺そうとしたのか、それについては詮索しない。
「一つ聞くが、毒をぬっているところを誰かに見られたか?」
「いいえ。試合のひかえ室で一人になったときにしました。絶対に誰にも見られてはいません」
「ならば、申しひらきはつく。それに、フォクサーヌは助かったようだ。最悪の事態だけはまぬがれたな」
「フォクサーヌが……それはよかった」
だが、肝心な点が残っている。ユスタッシュがおそらくは、ハリオットの仕業だと気づいている事実だ。
「さすがのユスタッシュも憤っているだろう。あれは仲間内が攻撃されると、自分のことより怒るタイプだ」
ハリオットは心のなかで賛同する。
(そうです。父上。だから、方法は一つしかない。ユスタッシュが訴えでる前に……)
父はまだ考えこんでいる。ユスタッシュが少年時代から、父はなぜか自分のほんとの子どものように彼を可愛がってきた。いつもより決断に時間がかかっている。
そのとき、廊下を走ってくる者があった。ヒールを鳴らし、泣きはらした赤い目で父の寝室にかけこんできたのはフォンナだ。
「お父さま! お父さま!」
泣きじゃくって父にすがりつく。
また姉の泣きごとかとハリオットは考えたものの、あとから入ってきたサワンを見てギョッとした。ひたいに乾いた血がこびりついている。あちこちになぐられたようなあともあった。
「公爵さま。わたくしがついていながら、姫君を危険にあわせ、まことに申しわけございませぬ」
ほとんど倒れるようにして、サワンは父の前にひざまずいた。
「何事だ? フォンナに何があったのだ?」
だが、答えたのはサワンではなかった。さらにもう一人、遅れて入ってきた人物があったのだ。
「ル・ギラン男爵にございます。失礼ながら、私からお話しいたしましょう。しかし、大事のことなれば、なにとぞ、お人払いを」
「よかろう」
クルエル公爵は使用人たちを呼ぶと、手あてしてやるよう命じてサワンをつれださせた。そして、ハリオットにも出ていくよう命じる。
「しかし、父上……」
「またあとで話そう」
「はい」
しかたなく、ハリオットも退出する。
三人になると、馬車が襲われた事件のてんまつを、レニードは話す。
しかし、聞きながら、オニールは皮肉な思いでいっぱいだ。
(ユスタッシュが命じただと? 笑わせる)
ユスタッシュが心優しい性格であると、公爵はずっと昔から見てきた。自分の息子のように愛してきたのだ。そんな卑怯なマネができるかどうかぐらい、とっくにわかっている。
それに、オニールはレニードがラ・マン侯爵家を乗っ取ろうとした件を察していた。
(ふん。自分が雇った男たちを、たまたま通りかかったふりをして追いはらっただけだろう。ユスタッシュに対する逆恨みだな。ユスタッシュを破滅させ、あわよくば、私から多額の謝礼をもらいたい——そんなところか。しかし、私をだまそうなど、百年早い。復讐の手段に娘を利用したことといい、ゆるしがたいぞ。しかし……)
これは、使える。
ハリオットから相談を受けたとき困りはてた。クルエル公爵家を守るためには、ユスタッシュに悪者になってもらうよりほかにない。ユスタッシュがフォクサーヌに毒を盛ったと主張するよりないのだ。だが、そうなれば、可愛がってきたユスタッシュが処罰を受ける。その二律背反にオニールは悩んだ。が、これで、ようやく落としどころが見つかった。
(だまされたふりをしてやろうではないか。今はな)
オニールは感謝にたえない父を演じて、レニードの手をとった。
「礼を言う。そなたはわが娘の命の恩人だ。褒美をとらそう。が、一つだけ頼みがあるのだ」
「はっ。と、おっしゃいますと?」
「この一件、秘密にしてはもらえまいか? これは身内の問題だ。私の裁量で片づけたい」
「しかし……」
「そして、今後、もしもユスタッシュの身に何か起きても見逃してはくれぬか?」
「それは……」
「わかるだろう? 許嫁に裏切られたわが娘。ユスタッシュを信じて愛していた娘の傷は深い。すておくことなどできぬ」
「それは、もちろん、そうでございましょう」
「わかってくれるか? では、約束だぞ」
「はっ」
オニールはたっぷりの金貨を渡し、レニードを部屋から送りだす。
「そなたには後日、ちゃんとした礼をしよう。城の一つもあたえねばならぬな。が、今夜のところはこれで勘弁してくれ」
「そのような。めっそうもございません。私は金欲しさにやったわけでは……」
「いいから、とっておいてくれ。そして、私の手紙が届いたら、あらためて来てはくれまいか」
「ははあ」
小姓を呼び、レニードを送らせた。
二人きりになると、フォンナは不安そうに口をひらいた。
「お父さま。ユスタッシュお兄さまに何をなさるの?」
「おまえは心配するな。悪いようにしない」
「ほんとに?」
「フォンナ。ユスタッシュはそなたを裏切ったのだぞ」
「……そうね。お父さま」
フォンナもうなずいて出ていく。が、そのうしろ姿はしおたれていた。よほどショックだったのだろう。
(かわいそうに。フォンナ。だが、のちには必ず、この父に感謝するだろう)
オニールはペンをとって、急ぎ手紙を記す。蝋封をすると、また人を呼んだ。
「お呼びでございますか? 公爵さま」
「この文を皇帝陛下に届けさせるのだ。そう。リンドがよいな。彼ならば口がかたい。ひじょうに大切な手紙だ。一刻も早くと伝えなさい」
「かしこまりました」
封筒をささげもって、小姓が出ていく。
(これでユスタッシュはイヤでもフォンナと結婚せざるを得なくなる。ハリオットの行動もごまかせる。これでよい。これで)
ときには愛のためだけに企てられる陰謀もあるのだ。
オニールは自分の奸計に満足していた。だが、心の奥で痛むものがあった。それはおそらく、彼のなかに残る良心のうずきだったろう。




