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異世界源氏物語〜愛に形があるのなら私はあなたの翼になる〜  作者: 涼森巳王(東堂薫)
七章 陰謀は生贄を求める

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第60話 ユスタッシュの懸念



 そのころ、ユスタッシュはル・スター伯爵家の屋敷で、リードの帰りを待っていた。

 ベッドによこたわるフォクサーヌは全身が紫色に腫れあがり、高熱にあえいでいた。すでに死相が現れている。家族はみな、まわりで彼にとりすがって泣いていた。医者にも手のほどこしようがない。


「ウソよ。お兄さま。昼まであんなにお元気だったのに。こんなことで、お兄さまが死ぬはずないわ!」


 プリメラの泣き声が、ユスタッシュの胸をさらに重くする。


 医者は破傷風だと言ったが、ほんとにそうだろうか?


 ユスタッシュは昼間、競技場でかわしたフォクサーヌとの会話がどうしても忘れられない。



 ——ユスタッシュ。手から血が出てるじゃないか。


 ——たいした傷じゃない。布で縛っておくさ。


 ——よく洗わないと破傷風になるぞ。


 ——競技のために磨きたてられているんだ。破傷風にはならないだろう。



 そう。破傷風はおもに土のなかの菌が感染して起こる病だ。ユスタッシュがフォクサーヌに渡した槍は地面につく前に受けとめた。ピカピカに輝いて、いかにも清潔そうだった。ふつうなら菌がついているとは思えない。


 それに、ユスタッシュが槍を受けとめるとき、手にケガをしたのを見て、笑ったハリオット……。



 ——しかし、むこう見ずな人だ。その性格をいつか後悔しますよ。



 なぜ、ハリオットはあんなことを言ったのか?

 あれではまるで、ユスタッシュが毒にかかるとでも思っていたかのような?


(まさか、ハリオットがおれを殺そうとしたのか? だが、おれを傷つけた槍は、ハリオットが用意したほうではなかった? だから、もう一方でケガをしたフォクサーヌが苦しんでいる? フォクサーヌはおれの身代わりで毒を……)


 ハリオットはユスタッシュがルビーをけがしたと勘違いしている。あるいは復讐のため、そのくらいはするかもしれない。


 考えこんでいると、ようやく、リードが戻ってきた。


「ユスタッシュさま。遅くなりました! ここにお言いつけのものを」


 リードが手渡してきたのは薬包の入った箱だ。以前、ユスタッシュが使っていたキャランの毒消しである。これをノマン川の港に停泊中の北空の一星号までとりにいかせていたのだ。


 ユスタッシュは急いで、それを医者に渡した。


「ご典医。これはキャランの毒消しだ。これをフォクサーヌに」

「おおっ、キャランの。それは効くかもしれませぬな」


 キャランは古来より薬の都として知られている。古代の魔術の名残とさえ言われ、生成法は秘術とされている。世界一の薬だ。これで効果がなければ、もはや救いようがない。


 薬包が水に溶かされ、フォクサーヌの口へ流しこまれる。


(どうか、助かってくれ)


 誰もが願いつつ、じっとながめる。

 やがて、紫色に変色していたフォクサーヌの顔が白っぽく変化していった。鬱血うっけつがおさまってきたのだ。やや青ざめてはいるが、ふつうの人肌に戻っていく。腫れもひき、小刻みなふるえがおさまった。高熱による汗もみるみるうちにひいていく。


「お熱がさがってまいりました。これは、助かりますぞ」


 医者が告げるので、フォクサーヌの家族が今度は嬉し涙をこぼす。

 ユスタッシュはそれを見届けて、ル・スター邸をあとにした。ほかにも火急にやらねばならない所用がある。


(陛下にもおわびの手紙を書かねば。ご機嫌をそこねてしまったようだ。とびきりの献上品とともにお渡しせねばな)


 何よりも、ハリオットをどうするかだ。誤解を解かないことには、また襲ってくるだろう。いや、それ以前に、フォクサーヌが命をとりとめたからよいようなものの、親友を死なせていたら、それではすまないところだった。


 従兄弟を罪人にするのは気がひける。しかし、放置はしておけない。


(まずはエルタルーサにでも相談してみるか。そのあと、クルエルの伯父上にも)


 ユスタッシュはベルモット邸へ急いだ。

 が、敵は一枚上手だった。ハリオットが手かげんなどしない性格だと考慮しておくべきだったのだ。ハリオットと対峙するのに、遠慮は必要ないのだと。

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