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異世界源氏物語〜愛に形があるのなら私はあなたの翼になる〜  作者: 涼森巳王(東堂薫)
七章 陰謀は生贄を求める

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第59話 窮地のフォンナ



 フォンナは不機嫌だった。

 せっかく決勝まで勝ち残って、その時点でのユスタッシュの評価はまさしく英雄だった。令嬢たちの羨望の目がたいそう嬉しかった。


 しかし、ユスタッシュが優勝を辞退し、優勝式にも祝辞会にも凱旋がいせんパレードにも出ないで帰ってしまうと、とたんにまた『礼儀をわきまえない変わり者』と罵られた。「あんな人と結婚するなんて、かわいそう」と、フォンナまであてこすられたのだ。


 凱旋パレードには三位入賞者の弟ハリオットがくりあがり優勝で出ていたが、フォンナは途中でぬけだして屋敷へ帰った。

 だが、どうしても気が晴れない。姉たちにナイショで観劇に出かけた。とりまきの男爵や子爵令嬢を数人呼びだして、二枚目俳優のグランソワールをみんなでかこんだのだ。


 楽しいはずなのに、やはり気分が晴れない。すでにここまでユスタッシュのウワサがひろまっていて、廊下を歩く人たちが、笑いながら通りすぎていったからだ。


「いやぁ、たいそう凄腕だが、やはり変わり者ってのはホントらしいな。不戦勝が不服で優勝を辞退したっていうじゃないか?」

「へえ。貴族にもそんな型破りな男がいるんだな」


 はははははと高い笑い声が遠くなっていく。グランソワールの楽屋に集まっていた一同は一瞬、黙りこんだ。


「わたくし、もう帰るわ」


 フォンナが立ちあがると、とりまきの令嬢たちはあわてふためく。これから、グランソワールと高級料理店へ行こうと話していたところだ。みんなはフォンナが支払いをしてくれると期待していた。彼女たちは身分も低いし、お金持ちではない。娘たちに贅沢させるほどの余裕などない家の出だ。


「でも、あの、フォンナ」

「せめてお茶だけでも飲んでいけば?」


 フォンナの顔色をうかがうようすが、かえってイラつく。


「ほら、これで、あなたがただけで行っても困らないでしょ」


 フォンナが金貨の入った袋をテーブルに置くと、みんなは静まりかえる。気まずい沈黙が流れた。

 役者のグランソワールが気をつかって立ちあがる。


「フォンナ姫。ぜひ、あなたと行きたかったのだが、ムリじいはよくないですからね。また、来てください。私の初めてのファートライトは、あなたのためにささげます。さあ、表までお送りいたしますよ」


 気をつかっているのがわかって、フォンナは悔やんだ。


 グランソワールに手をとられて、楽屋を出る。扉がしめられたとたん、なかからヒソヒソ声が聞こえる。


「あんなだから婚約者にも嫌われるのよ」

「知ってるわ。フォンナといるときのユスタッシュさまの暗い顔と言ったら」

「いくら変わり者だからって、わたしならユスタッシュさまに同情しちゃうわ。あんなにワガママなお姫さまのご機嫌を一生とらないといけないなんて」


 フォンナはギュッと唇をかんだ。わかっている。どうせ、彼女たちは力の弱い小鳥だ。ほかに行き場がないから、フォンナの父が持つゆるぎない権力という大木のもとへつどってきているだけだ。フォンナを好きなわけではない。


(誰もわたしのことなんてわかってくれないんだわ)


 馬車に乗りこむと、フォンナは命じた。


「サワンや。近道してちょうだい。早く屋敷に帰りたいわ」


 いつものように劇場前は混雑している。フォンナが命じると、御者のサワンは脇道へと馬車を走らせた。


 しばらくして、とつぜん、馬車がとまった。小窓から見える景色はまだ建物にはさまれた小路だ。劇場など、大きな建物の裏口がならんでいるので、街灯がきょくたんに少ない。


「どうしたの? サワン」


 フォンナが窓をあけたとたんだ。サワンの悲鳴が聞こえた。


「姫さま! 出てはいけません」


 だが、そのときには遅すぎた。何者かが外から強引に馬車の扉をあけて、なかへ入ってくる。


「な、何? おまえたち……」


 どう見ても下賎げせんな者たちだ。ひげづらのならず者である。汚い服を着て、外国風の大きな両刃剣をにぎっている。


「こいつか?」

「馬車の家紋が渡された絵と同じだぞ」

「じゃあ、つれてこう」


 フォンナはふるえて身動きできない。両側から野蛮な男に腕をつかまれて、馬車からひきずりだされた。頼みの綱のサワンはひたいから血を流して、石畳に倒れている。うめき声をもらしているから生きてはいるようだが、フォンナを助けてくれるとは思えない状態だ。うっすら目をあけて、手を伸ばしてきた。


「姫……」


 すると、男たちがサワンの胸や腹をけった。

 動かなくなるサワンを、フォンナは凍りつくような心地でながめる。


(わたし……殺されるの? もしかして、こんなどこの馬の骨ともわからない男たちに? それとも、さらわれて外国に売られる?)


 そんなのイヤッ!


 フォンナは泣きながれ、必死に叫んだ。


「助けて! お父さま、お兄さま! 誰かー!」


 すると、まるでそれを待っていたかのようなタイミングで男がかけてくる。手に剣をさげた人影が遠くの街灯の明かりに黒く浮かびあがった。


(お兄さまなの?)


 フォンナは期待したが、そんなに都合よくいくはずがない。観劇に行くとは家族の誰にも告げていないし、ましてや、さきに競技場から帰っていったユスタッシュが知るはずもない。

 だが、男はたった一人で三人のならず者をけちらした。悪党はあっけなく逃げだしていく。

 そのなかの一人を追いかけて、助けてくれた男が、ならず者の喉元に剣をつきつけた。


「なぜ貴婦人を襲った!」

「た、頼まれたからだ。金をもらって」

「誰からだ?」

「ラ・マン侯爵だよ!」


 ならず者の告白が、フォンナの耳をするどくつらぬく。


(お兄さまが、わたしを……?)


 信じられない。しかし、そのあいだにもならず者はベラベラと白状する。


「ジャマな婚約者を殺すか外国へ売りとばすかしてほしいと。ちくしょう。こんなことなら、さっさと殺してしまうんだった」


 フォンナは恐怖とは別の昂ぶりでふるえた。愛されていないとわかってはいた。だからといって、そこまで嫌われていたとは……。


(お兄さまがわたしを殺そうとした。お兄さまが、わたしを……)


 フォンナが憤りにこりかたまっているうちに、ならず者はすきを見て逃げだしていった。助けにきた男が追おうとしたが、三人の逃げ足は速い。追うのをあきらめて、男が戻ってくる。


「大事はございませんか? 姫君」


 月光に男の顔がハッキリと見わけられる。どこかで見たおぼえがあった。


「あなたは?」

「ル・ギラン男爵と申します。ユスタッシュの伯父ですよ」


 レニードの目は月明かりを反射して、やけに冷たく光っていた。

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