第58話 サリウス帝との対面
決勝前、ゲートで試合開始を待っていたユスタッシュは、直前になって、フォクサーヌの棄権を知らされた。
「フォクサーヌが帰った?」
「たったいまだそうです」
知らせに来た兵士はくわしく聞かされていないようだった。
ユスタッシュが急いでトンネルをぬけると、会場の出口付近で、フォクサーヌの妹プリメラに出会う。
「プリメラ」
馬車に乗りこもうとしていたプリメラは、ユスタッシュを見てかけよってきた。
「お兄さまがお倒れになったんですって。たいへんなお熱で、屋敷へ運ばれたというわ」
「しっかりしたまえ。フォクサーヌの熱はだいぶヒドイのか?」
「今にも死にそうだって。右手の指が紫色に腫れて」
ユスタッシュの脳裏に、槍をぬぐっていたフォクサーヌの姿が浮かぶ。指を切ったと言っていた。
「とにかく、君は今すぐ帰りなさい。私もじきに追いかける」
泣きじゃくるプリメラをはげまして馬車に乗せると、ユスタッシュはその足で皇帝陛下のための特別な貴賓席へむかった。
なんだか胸さわぎがする。よくないことが起こりそうな。
その理由がわからないまま、ユスタッシュは貴賓席へ入った。とりつぎに立とうとする女官を押しのけて、サリウス帝の前へひざまずく。
「無礼の段、なにとぞおゆるしくださいませ。皇帝陛下」
サリウス帝は細めた目で、じっとりとユスタッシュを見ている。
「せっかくの決勝戦だが、ル・スターが棄権したのだそうだな」
「はっ。そのことで、お話よろしゅうございましょうか?」
「そなたの不戦勝にするよりあるまい。優勝式の支度をさせよう」
ユスタッシュはこんなときでありながら、そこにルビーの姿を認め、一瞬、見つめた。どうしたことか、ルビーもまた、熱っぽい、うるんだような瞳で自分を見ている。視線がぬいとめられたように動かなくなるのを、ムリヤリにもぎ離す。
皇帝の目がますます冷たくなる。
「不満か?」
「いえ。しかし、せっかくのお初の御前試合。陛下にぜひとも決勝戦を披露させていただきたく、非礼を承知で進言いたしとう存じます。不戦勝を辞退し、なにとぞ、後日、今一度、ル・スター卿と一戦まじえさせてはいただけませぬでしょうか?」
サリウス帝の眉がピクリとあがるのを見て、ユスタッシュはヒヤリとした。どうやら機嫌を損じたらしい。が、優勝式に出ていたら、そのまま、あとの祝賀会の流れとなり、宴会場からぬけだせなくなる。どうしても今すぐ、フォクサーヌのもとへかけつけたかったのだ。
ユスタッシュの先祖は初代ユイラ皇帝に仕えた騎士だったという。そのため、ユイラに十二家しかいない神聖騎士と呼ばれる家柄だ。本来なら、皇室ととても関係の深い家系なのだが、この新皇帝と良好な関係を築ける気がしない。もし、初代皇帝がサリウス帝と同じ人柄だったなら、それに仕えた先祖の気が知れない。
しかし、皇帝は皇帝なので、ユスタッシュは彼の手を両手でささげもち、その指に忠誠を誓うキスをした。
「なにとぞ、おゆるしを。わが君」
しばし、沈黙があった。やがて、
「そなた、ル・スターとは懇意であったな」
サリウス帝のおもてにおだやかな笑みが浮かんだので、ユスタッシュはホッとした。
「はっ」
「友人のもとへはせさんじたいのだな?」
「御意」
「たとえば、決勝戦の二人が試合放棄したのだ。三位入賞者に優勝をゆずるとしてもか?」
「そのときは、いたしかたございません」
「美しい友情だ」
皇帝の表情はさきほどまでと同じだった。だが、それでいて、言葉の端々に、どことなく、人の心を冷んやりさせるものがあった。ゾッとして、ユスタッシュはサリウス帝を見なおす。
(このおかたのこういうところが苦手なのだ……)
ユスタッシュがこうべをたれると、サリウス帝は続けた。
「よかろう。行くがよいぞ」
「ありがたき幸せ。寛大な陛下に感謝いたします」
今一度、その手に接吻し、ユスタッシュは急ぎ退出した。が、背中に皇帝のつぶやきが刺さる。
「余は忘れぬぞ」
誰かになげかけた言葉にしては小声すぎた。ひとりごとだったのかもしれない。
ユスタッシュがふりかえったときには、変わらぬおだやかな笑みが刻まれていたが……。
これが重大な事態を招くひきがねとなったのだと、のちになってわかる。




