第57話 槍駆け戦
最終種目の槍駆けは勝ちぬき戦だ。弓駆けから上位十六人が選ばれ、くじによって最初の対戦相手が決められる。
ルールはかんたんだ。
一つ、相手を落馬させたとき。
一つ、相手の槍を落としたとき。
一つ、相手が降参したとき。
それが勝利条件。ただし、対戦相手を故意に傷つけてはならない。
やりかたは自由だが、武器が槍な上、たがいに馬に乗っているので、接近戦というわけにはいかない。遠くから両者がかけより、すれ違いざま槍をまじえる派手な動きの競技だ。いかにも男らしく見栄えがするので、観客からも好まれている。
使われる槍は穂先だけでも腕半分ある長槍である。片手で手綱をにぎり、片手で槍をあつかうのだが、そうとう重いので、持ちあげるだけでかなりの腕力を要する。
ユスタッシュはこの槍を手に競技場の中央へと馬を進ませる。早春の風が涼やかに頬をなでる。
むきあったところで、ハリオットが言った。
「やあ、ユスタッシュ。おたがい残ったじゃないか」
「腕をあげたな」
「いつまでも子どもじゃない」
ユスタッシュは正直な気持ちだったのだが、ハリオットの機嫌をそこねたようだ。ユスタッシュの知っているハリオットは十二、三の少年だ。ブラゴールへ行ったり、喪に服していたり、会わないうちにいつのまにか青年になっていた。馬術大会の最後の四人に残るほど成長しているとは思ってもいなかった。
だからといって、試合で手かげんはしない。負けてやればハリオットの怒りはおさまるかもしれないが、それではユスタッシュがルビーに不埒を働いたと認めることになる。
試合開始のラッパが吹きならされる。
「行くぞ」
静かに告げ、槍をかまえる。
ハリオットは返答もせず、いきなり馬をかけさせ、つっこんできた。
「やあッ!」
かけ声とともに、するどい切先がユスタッシュにむけられる。
ユスタッシュはがっちり槍の返しで受けとめ、押しかえす。受けた感じはたしかに重い。が、まだユスタッシュのほうが力は上だ。
ハリオットの馬はそのまま、かけすぎていく。槍駆けでの常套の動きだ。
ユスタッシュは馬を反転させ、それを追う。これだけ機敏に方向転換できるのは、馬の能力が高いからだ。馬術大会では馬の優秀さも勝敗に大きくかかわってくる。
ハリオットはあわてて馬首をめぐらせようとする。が、勢いよくギャロップさせているので、うまくいかない。そのすきに、ユスタッシュは背後からハリオットの槍の柄の手元近くを打った。
ハリオットは歯をくいしばり、なんとか持ちこたえる。が、槍をにぎる手は大きくふるえていた。その顔がにわかに蒼白になる。
あせったに違いない。
ふりむきざま、ハリオットがくりだしてきた攻撃は、まっすぐユスタッシュの喉を狙っていた。反則技だ。
とっさに槍をよこにふってふりはらったものの、手かげんができない。思いきりつき返したユスタッシュの槍は、勢いあまって、ハリオットの槍もろとも空中高く、はねあがる。
見物席がら歓声がわいた。
同時に槍が競技者の手から離れたときは——
(地面に落ちる前、さきに槍を受けとめた者が勝者となる)
まぶしい日輪のなかへ、白銀の軌跡を描いて、二本の槍が落下しつつある。鉄でできた刃のほうが重いから、とうぜん、穂先を下にして落ちてくる。それを受けとめるなんて危険きわまりない。一歩まちがうと大惨事だ。
しかし、ユスタッシュは臆さない。目にとまらないほどのスピードで落ちる槍にむかって、まっすぐ手を伸ばす。あと少しでつかめる。間合いをしっかり見計らった。
そのとき、なぜ、ハリオットが叫んだのかわからない。
「ユスタッシュ!」
心配して叫んだ感じではなかった。あきらかになんらかの意図を持って呼んだのだ。声の響きに悪意すらあった。自身は落ちてくる槍から逃げだして、遠ざかろうとしているのに、その途中で急にユスタッシュの気をひこうとしたのだ。
思わず、一瞬だけユスタッシュの集中力がとぎれた。チラリとハリオットを見た瞬間に、手にするどい痛みが走る。ユスタッシュの手をかすめて、槍が地面につきささる。
気をとりなおし、ユスタッシュはもう一本をつかみとった。槍は試合用に用意されたものなので、意匠が同じで、どちらのものか区別がつかない。どちらをつかんでも勝利条件には問題ない。
それにしても……。
「ハリオット。なぜ、呼んだ?」
「なぜとは?」
「危険だろう。かすり傷ですんだからいいが」
「ああ……」
ハリオットはなぜか、青ざめたまま、うっすらと笑った。
「そう。危険だと思ったからさ。ムチャをするなとひきとめようとした。しかし、むこう見ずな人だ。その性格をいつか後悔しますよ」
ニッと笑って、ハリオットは入退場ゲートへ帰っていく。
ユスタッシュはハリオットの背中を見つめた。なんとなく釈然としない。
しかし、いつまでもそうしているわけにもいかないので、自分もゲートへ戻った。
ゲートの外には次の試合をするフォクサーヌがひかえていた。ル・スター伯爵家のフォクサーヌはユスタッシュの学友であり、武術仲間でもある。
「ユスタッシュ。君ときたら、まったくヒヤヒヤさせる。死ぬ気かと思ったぞ——ほら、言わんこっちゃない。手から血が出てるじゃないか」
「たいした傷じゃない。布で縛っておくさ」
「よく洗わないと破傷風になるぞ」
「競技のために磨きたてられているんだ。破傷風にはならないだろう」
「念には念をだ」
フォクサーヌは武人にしては、ひどく潔癖なところがある。ユスタッシュから槍を受けとると、刃先を布でぬぐう。そのうち、小さくうめいて顔をしかめた。
「するどいな。指を切ってしまった」
「君のほうこそ気をつけろ。これから試合だ」
「何、かすっただけさ」
二人の頭上で鐘が鳴った。ユスタッシュの勝利を告げている。
「おめでとう。ユスタッシュ」
「ありがとう。決勝で君と会えることを願っているよ」
そう言って別れたが、決勝でフォクサーヌには会えなかった。準決勝のあと、気分が悪くなったというフォクサーヌは、せっかく勝ちぬいた決勝戦を棄権して帰ってしまったのだ。




