第55話 恋におちたルビー
馬術大会二日めと三日めは速駆け。四日めは荒馬乗り。
速駆けは数人が一列にならび、いっせいにスタートし、その速さを競う。もっとも馬術大会らしい競技だ。上位三人が勝ち残る。
荒馬乗りはその名のとおり、とらえられてきたばかりの野生馬を乗りこなす。暴れ馬になれていない貴公子は、おもしろいようにポロポロ落馬した。
初めは数千人いた競技者が、荒馬乗りが終わるころには百人にまで減っていた。
そして、最終日。五日め。
朝は弓駆け。昼の小休止のあと、いよいよ決勝の槍駆けだ。
朝早く、競技場へむかう馬車のなか。母ヒルダはいささか興奮している。
「ねえ、あなたの従兄弟、スゴイじゃない。昨日の荒馬乗り、見た? 十人をふりおとした葦毛が、ついにあきらめておとなしくなったときには感動したわ」
「そうだね……ヒルダ。ユスタッシュは素晴らしいよ」
「ブラゴールで何度も野生馬狩りしてたんですって。どおりでうまいわけね。そりゃ、マルセラやフォクサーヌもがんばりましたよ。でも、ユスタッシュにくらべたら……そういえば、ハリオットも残ってたわね。あなたの従兄弟はみんな凄腕ぞろいね」
「そ、そうだね……」
自分の馬もつれずに馬車に乗って会場へ通っている時点で、クレメントの結果は知れている。初日敗退である。夫が落ちこんでいるのに、ヒルダは気づいていない。
「なんていうのかしらね? 障害物競走で前の走者を三人もごぼうぬきにする姿なんて、まるで……?」
「まるで白い稲妻だわ」
夫婦の会話にポツリとつぶやきが割って入る。
「稲妻? いいえ、風かしら? 一陣の旋風よ」
ヒルダとクレメントの目が声のぬし——ルビーの上にとまる。
「ヒルダ。ルビーがうわごとを言ってる」
「あなたったら、なんでそんなにニブいんでしょうね。娘の一大事だっていうのに」
「一大事? さては、ルビーは熱病かい? 早く医者に診せなけりゃ」
はあっと、ヒルダはこれみよがしに長いため息を吐きだした。
「そんなの医者に治せませんよ。あなたったら、昨日から何を見ていらしたの?」
「ええーっ? 医者にも治せないなんて! そんなに大病?」
「微熱、うわごと、食欲不振。誰が見ても恋じゃありませんか」
クレメントは笑った。
「なんだ。恋か——って、恋? 恋ぃー? ルビーが? 誰に? そんなわけあるわけないよ。ルビーはだってまだ子どもだよ」
ふっと鼻さきで笑って、両手をひろげるヒルダ。
「気づいてなかったのは、あなただけだと思うわ。ねえ、サラエラ?」
「はい。奥さま」
それでますます、クレメントは落ちこむ。
「父親の僕が気づかないなんて……」
「だから、あなたはニブいというのですよ。わかってらっしゃらないのねぇ。ルビーの好きな人には婚約者がいますのよ? 国喪もあけて、さすがに今年は式をあげるんじゃないかしら。もともと延期しただけで、とっくに結婚していたはずなのだし」
「えっ? それは誰だい?」
ヒルダはダメな夫にもう一度、両手をひろげて首をふる。
「まあ、そういうところが、わたしは可愛いと思うけど、クレメント。そんなの、ユスタッシュに決まってるじゃありませんか」
「ええー! ユスタッシュ? それはないんじゃないかな? だって、彼とルビーは十二歳も年が違うし、第一、前にルビーはユスタッシュの求婚を断ったじゃないか」
「あなた、何年前のことを言っているの? あのころと今じゃ、わけが違うわよ。ルビーはもう子どもじゃないもの」
「ええー! まだ子ども……」
「子どもじゃないわ」
「そんな……」
二人のおかしな会話をそっと見守るサラエラの目が、とても苦しそうなことにまでは、ヒルダも気づかない。
そして、ルビー自身は周囲などいっさい見えていないかのように、ただぼんやりと外をながめていた。




