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異世界源氏物語〜愛に形があるのなら私はあなたの翼になる〜  作者: 涼森巳王(東堂薫)
六章 ユスタッシュの帰還

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第53話 馬上のユスタッシュ



 晴天にめぐまれ、馬術大会は順調に進む。

 一日めの予選障害が参加者多数のため思いのほかのび、二日めの昼までかかった。観客席は満員だが、どこか、しらけてきていた。障害はやっているほうは難しいのだが、見ている側には派手さに欠ける競技だからだ。


 ボックスになった貴賓席のなかには、勝利の女神に選抜されたルビーのほか、ヒースから名前をあらためた新皇帝サリウス帝、皇妃となったイルーシャ姫がいた。背後に守りの騎士や侍女たちがひかえる。


 ゴール前の席なので、緊張した競技者のひたいを流れる汗まで見てとれる。観戦するには最高だ。

 しかし、ながめるルビーの顔つきはじつのところ、退屈そうだ。


「レリエルヴィ。楽しんでいるかな?」


 サリウス帝にたずねられ、ルビーは殊勝しゅしょうにうなずく。


「はい。陛下。光栄にございます」


 が、そのおもては例のとおりだ。

 サリウス帝は笑った。


「退屈ならばそう言えばいい」


 もともと、サリウス帝もイルーシャ妃も母方のいとこだ。ルビーは遠慮なく本音で答える。


「退屈にございます。陛下」


 ルビーの無邪気さにはたいていの者が笑みを誘われる。が、新皇帝は一瞬、無表情に目を細めたあと、冷たい作り笑顔になった。

 ルビーは首をすくめる。


(あら、いけない。この人はいるかいないかわからないくらい、おとなしい婦人が好きなんだっけ)


 と、そのときは反省するのだが、黙っていられるルビーではない。


「陛下。ここからだと、単調なバーが続いているように見えますのに、みなさま、かんたんにひっかかってしまいますのね」


 なんとなく蛇のように見える皇帝は、一見おだやかな表情でルビーを見つめる。


「あの連続で続いている五十のバーかな? あれは見ため以上の難物なのだ。同じ高さに見えて、微妙に違えてある。バーとバーの間隔もかなりせまい。つまり、わざとひっかかりやすく作られている」


 競技者の人数を減らすための予選なのだから、しかたないのだが、ルビーの性格的には、どうにもズルく感じられる。


 むーん、納得できないと考えこんでいると、とつぜん、どこかで「わッ」と歓声があがった。競技場がゆらいだような感覚になるほど、かなり大きなどよめきだ。


「まあ、どうしたのかしら?」


 ルビーは歓声が起こる前を見ていなかったから、何があったのかわからなかった。が、サリウス帝は蛇のような目で会場の一点を見つめている。皇帝の視線をたどっていったルビーはドキリとした。ユスタッシュが馬をかけさせている。


 競技場は広いので、能率よく大会を進めるために、参加者は一定間隔でコースへ出る。障害をさける競技のため、三、四人がコースに出ているのだ。みんな、ノロノロしているので、ぬかれることはまずない。


 ユスタッシュがいるのは、まだスタート地点の泥地だ。長いぬかるみが馬のひづめをとらえ、多くの脱落者を出している。今しも一人、ころんで泥まみれになっていた。


 ユスタッシュはころんだ走者のわきをかけぬけ、不安定な砂地をいっきに走りぬけた。砂地のすぐあとにある泥沼をかるがるとびこえる。

 まるで、風だ。

 白馬に乗ってかけぬけるユスタッシュの姿に、ルビーの胸はつらぬかれた。


(ユスタッシュ……)


 見ているあいだにも、ユスタッシュは連続五十のバーを難なくこなしていく。かろやかな手綱さばきで、馬の足どりもかるい。


 二番めの泥地で二人めの走者をぬいた。泥沼があちこちにあるので、どの人も走るうちに白い衣装がシミだらけになっているのに、ユスタッシュの服は純白のまま。一点の汚れもない。


 高いバーと低いバーが変則的に続く関門で三人めをぬき、階段の前までいっきに走破した。


 場内は総立ちだ。言葉にならない歓声が競技場を包みこむ。


 階段は十数段だ。反対側はくだり階段になっている。ユスタッシュはその頂点まで来ると、観衆にむかって、ゆっくりと手をあげた。


 歓呼がいっそう増した。が、しだいにそれは引き潮のようにひいていく。人々は気づいたのだ。これから、ユスタッシュが何をするつもりなのか。


 このあと、最後の関門がある。階段をおりてすぐのところに、高いブロックがある。助走距離があまりに短い。ここで何人も立ち往生し、棄権きけんしていた。こえられた者も、階段下をグルグルまわって馬に勢いをつけさせ、やっととんでいた。


 だが、ユスタッシュは射抜くような目でブロックを見つめている。誰もが息をつめ、ユスタッシュの次の行動を待った。しんと場内が静まりかえる。競技者でさえ止まってながめている。


 ユスタッシュはやがて手をさげ、手綱をひく。彼の白馬は勢いよく階段をかけおりた。そのまま階段下を走り、なかばで跳躍する。階段を助走距離として利用したのだ。


 人の身長ほどもある大きな障害物を、ゆとりさえ持って、かるくとびこえていく。一瞬、白馬の背中に翼が生えているとさえ見えた。

 しかも、馬上の青年は文句なしの美青年なのだ。

 その姿は神話の勇者。あるいは古代、ほんとにユイラにいたという神の姿とも見まごう。


 跳躍の勢いのままゴールするユスタッシュを、観客はとどろくような歓呼で迎える。


(ユスタッシュ……)


 意識するまもなく、ルビーの頬に涙がすべりおちていた。


 まだ心臓がドキドキしている。

 そして、初めて知った。自身の胸を白い恋の矢がつらぬいていったことに。いや、おそらくは、何年も前から、すでにつらぬかれていたのだと。


「わたし……好きだったんだわ。ずっと。ユスタッシュのこと」


 つぶやくルビーを、サラエラが、サリウス帝が見つめている。

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